第6話 スタンプ

次の日の昼休み、西園寺さんに提案した通りさっそく四人での勉強会をとりつけることにした。


「これ、そこの青年。試験勉強は捗っておるかの?」


「ま、まだそんなにかな……」


「ほう、そいつはいかんのぉ。若いうちは勉学に励むべし。勤勉こそ美徳じゃぞ?」


「分かったけど、たける……なんだその口調は……」


ジトついた目で俺を見つめる。『またいつものだる絡みか?』とその目が言っている。


「これこれ、年寄りの言うことは最後まで聞くものじゃ」


「はいはい」


「さて、ちこう内に勉強会なるものを開催しようと思うておるのじゃが、もちろんお主も参加するであろう?」


「ま、まあいいけどさ」


「よろしい」


深く頷くと、信の隣にいた水崎さんの方へと目をやった。


すると水崎さんは元気よく名乗り出る。


「はい! はーい! タケ爺! 私も参加するー!」


「ホッ、ホッ、ホッ。感心感心。学友は多いにこしたことはないからのぉ」


大袈裟に体を揺らして演技していると、プリントの裏紙にのり付けして作ったつけヒゲがはらりと落っこちていった。


「ほら、タケ爺? ヒゲが落ちてますよー!」


水崎さんはそれを拾うとニコニコしながら俺の鼻の下に付け直してくれた。


なんていい子なのだろうか。俺のダル絡みにもいつもこうして笑顔で付き合ってくれる。


控えめに言って天使だ。孫にしたい。


このつけ髭は我が家の家宝とし、子々孫々、末代まで受け継ぐとしよう。


「あ、あ、ありがとうございます」


しまった。不意の神対応、いや、女神対応にやられて、思わず変な敬語が出てしまった。


そんな俺の様子を見て隣の西園寺さんが小さくクスリと笑ったのが分かる。


彼女はそのまま小さな声で俺に耳打ちしてきた。


「やっぱり好きなんじゃない?」


「う、うるせぇ」


素直になれと言いたげな表情を向けてくる。


「なになにー? どうしたの?」


俺らのやりとりを見て水崎さんはキョトンとした顔つきで聞いてきた。


「あ! いや! な、なんか西園寺さんも来てくれるってさ!」


「えー! ほんと! やったー!」


たけるが誘ったの?」


「そうだよ」


「うん、いいね。西園寺さん、前の学校とテスト範囲違うだろうからさ、こっちで出題されそうなとことか共有してあげられたらいいなって思ってたんだ。健もそのつもりだったんだろ?」


さすが平凡主人公。非凡なさわやかさだ。


そんなことは微塵も考えていなかったが、ナチュラルに花を持たせてくれた。


「ま、まあそんなとこだ!」


「さっすがたけるくん!」


「ホーッ、ホッ、ホッ、年甲斐もなくがんばったわい」


「何? まだ続いてたの……それ?」


信の目つきがジトみを増している。


まあ、そんなことは些細なことだ。俺のおふざけで水崎さんが喜んでくれたのだから。


「じゃあそんなわけで放課後に! 場所は図書室な!」


「はーい! 合点承知!」


「あれ? 綾ちゃん、部活は?」


「ああ、試験前だからしばらくないんだー」


「あ、そうだったね。帰宅部だから気づかなかったな」


「だからしばらくは水崎さんと一緒に帰るんだよなー? 帰宅部さん?」


「え、まあ、そうなるか。帰り道同じだし……って、なんでお前そんなにニヤニヤしてんだ?」


「いやいやいやー別にー」


「変な奴」


放課後、テスト期間中は四人で勉強をしてから家に帰る。もちろん四人で帰ることになるだろう。


帰り道が違う俺と西園寺さんは途中で離脱するので、必然的に水崎さんと信が二人になれる時間ができる。


夕日に染まる河川敷を、並んで歩く二人。半歩遅れる水崎さんに歩幅を合わせてあげる信。ああ、素晴らしい構図だ。ナイスショットに違いない。


我ながら中々のプランである。





昼休みも終わり、5時間目の授業中、俺のスマホにロインからの通知が届いた。西園寺さんからだ。


隣に目をやると、相変わらず清々しい顔で授業を受けているが、いつの間にメッセを打ったのだろうか。


開いてみると一言『よくできました』というテキストとともに、でっかいグッドマークを掲げるかわいらしいデフォルメキャラのスタンプが添えられていた。


ところでこのキャラだがどこか見覚えがある。よく見てみると前に俺が貸した英語の教科書の隅に描いてくれた西園寺さんのアバターイラストだった。


『え、スタンプ化してたの?』


すかさず机の下で返事を打ち込んだ。


『うん、いいでしょ? 結構人気なのよ』


『ドヤッ』というオノマトペが貼り付けられた調子に乗った西園寺さんスタンプが添えられる。


スタンプストアを覗くと2万件以上ものダウンロードがあった。タイトルは『それいけ、レアさん』。こんな間抜けな名前だが、なんと第六弾まである。


『すげーなこれ』


『欲しかったらあげるわよ? もちろん有料で』


『有料かい』


『ストアで買ってくれたら私に収益がでるしね』


今度は親指と人差し指で輪っかをつくりながら、がめつい表情をしたスタンプを添えてきた。


『何でもあるなーそれいけレアさん』


『お買い得ですよ?』


再び同じスタンプが連投される。


50ポイントで買えたのでポチッとすることにした。


さっそくダウンロードして『よろしく』と手を振るレアさんスタンプを送ってあげる。


すると『でかした!』と叫ぶレアさんが帰ってきた。


西園寺さん同士が話して盛り上がっているという謎トークが爆誕する。


こちらもなんだか楽しくなってきてしまい、スタンプを送り合っていると、突如先生に当てられた。


「浅野! 問5だ。答えてみろ」


「えっ! あっ! はいっ!」


ロインに夢中で全く意識が抜けていた。何の問題かすらも分からない。


「……」


「なんだ?分からんのか?さっき解説しただろ」


「あ、いえ、これは……」


ここは調子良く誤魔化すという浅野健らしい切り抜け方をすべきだろうか。


ややテンパっていると西園寺さんがボソッと囁いた。


「ソクラテス」


俺は妾もつかむ思いで、その回答にしがみつく。


「ソ、ソクラテス!」


「……」


「あ? 浅野、寝ぼけてんのかー? 何で近代日本史にソクラテスがでてくる」


ちくしょう、はめられた。隣で西園寺さんが声を殺しながら腹を抱えて笑いだす。


「あーいや! なんかほら、ソクラテスタイムトラベラー説、みたいな? ハハハハ……」


「アハハッ! たけるくん、何言ってるのー?」


そう言うと周りも水崎さんにつられて笑い出した。


よかった。水崎さんのおかけで滑り倒して場を凍りつかせるという最悪な展開は免れた。救済の女神である。


うらめしそうに西園寺さんを見ると、再びボソッと囁いた。


「伊藤博文」


念の為、問5をチラッと見ると今度こそ当てはまりそうな解答だった。


「す、すみません、伊藤博文っす」


「ああ、そうだ。ったく、分かってるなら、ふざえてないでちゃんと答えろよー」


「すいませーん、タイムトラベルして過去の俺ぶん殴ってきますー」


「お前、放課後職員室な」


「え! ま、またっすか!?」


再びクラスに笑いが湧き上がる。


窮地を切り抜けたと思い、油断して調子に乗ってしまった。今週2回目の職員室呼び出しである。


席につくと、西園寺さんはペロリと舌を出しながら、悪戯な顔つきで手を合わせて『ごめんなさい』をした。


すかさずロインでメッセを送る。


『てめぇ、この野郎』


本気で怒っているわけではないと伝えるために、念の為スタンプを添えた。


『ごめんごめん』


『それにしても西園寺さん、よく答え分かったな』


『そう?』


『だって西園寺さんも俺とロインしてて授業聞いてなかったでしょ?』


『聞きながらロインしてたのよ』


『天才!』とレアさんがスタンプでドヤ顔をしてくる。


『へぇー、さすが器用なもんですね』


『まあね』


後から聞いた話なのだが、どうやら西園寺さんは高校の課程は全てインプットし終えているため授業が退屈らしく、こうして俺で暇つぶしをしているのだという。


結局、この日の日本史の授業では、レアさんスタンプの応酬合戦が続くのであった。



さて、これでひとまず四人でグループをつくりはじめるという西園寺さんから受けた協力要請の一つは達成できそうだ。


そこで彼女がどう立ち回るつもりなのかを何となく想像しながらロインのやりとりを続けていく。


そして授業が終わったら勉強会だ。いや、その前に俺は先生からの呼び出しを消化しなければならない。それが終わるまで西園寺さんには待っていてもらうことにした。

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