第4話 違い

「私ね、川村くんのこと好きなのよ。だから協力してくれないかしら?」


「えっ!?」


おかしい。西園寺さんは信と出会ってまだ二日しか経っていない。


本来のシナリオならこれから様々なイベントが発生し、その中で徐々に二人の関係は進展していく。


こんなにもフラグもへったくれもなしに西園寺さんが落ちるわけがない。


「フフフッ、どうしてそんなに驚くの? もしかして私のこと狙ってた? いや、それも違うわね。もしかすると……」


「な、なんで信のこと好きなんだよ? 昨日会ったばかりだろ? 西園寺さんってなんとなくだけど一目惚れとかするようなタイプでもなさそうだし」


「うん、その通り。一目惚れなんてできるほど私の恋愛脳はおめでたく発達していない。けどそうね、しいて言うなら好きというより、好きになるというか、させられるような、そんな奇妙な感覚なのよ」


「どういうこと?」


「私にも分からない。いや、むしろこの奇異の感こそが恋なのだという見方もできるのかもしれないけれど」


そう言って自分の胸にゆっくりと手を当てた。


「さて、そんなわけでどうかな? 私に協力してくれない?」


「いや、わるい。それはできない」


西園寺さんは少し目を見開いたが、すぐに平静に戻った。


「あれ、私の読みだと二つ返事でうまくいくと思ったいたのだけれど。理由を聞いてもいいかしら?」


「それはさ……水崎さんってきっと信のこと好きなんだよ。それで結構がんばってきてるみたいだから、俺は水崎さんのことを応援してる」


「えっ、あ、そうなの? ますますおかしいわね」


「なんで?」


「だってあなた、水崎さんのこと好きでしょう?」


「はっ!? べ、別にそんなこと……」


「あ、やっぱり。そこは間違ってなかったのね」


「いやまて。俺はまだ好きだとは言ってないぞ」


「いや、言ってたわ。あなたの口ではなく、あなたの仕草が──」


ゆるりと右腕をあげると、俺の手の甲に人差し指を突き立てきた。


「あなたは何かを誤魔化そうとすると、決まって鼻の下を隠す」


慌てて自分の手を引っ込めてしまった。


「アハハッ、素直ね。やっぱりちょっとかわいい」


「こんなのたまたまだろ!」


「いや、そんなことないわよ? 例えばさっきも私へのメッセに下書きなんて書いてないと嘘をついていた時も、同じことしてた。昨日、食堂から帰る時に私が図星をついた時もそう」


「……」


「それに『俺はまだ好きだとは言っていない』なんて言い方もおかしいわよね?」


「うっ……」


「どう? 観念してくれた?」


「ああ……お前には敵わないな」


「ウフフッ、それはどうも」


満足げな笑みである。


自分の予測が当たると毎度嬉しそうにする。西園寺さんの鋭さにはヒヤヒヤさせられるが、この時ばかりはなんだか愛らしく感じてしまう。


「でもやっぱりおかしいわ」


「何が?」


「だって私と川村くんがくっつけば、水崎さんが好きなあなたからしたら都合がいいはずよね? 強敵が消えるもの。だから私には喜んで協力してくれるかと思っていた」


なるほど、それで協力を拒んだことに驚いていたのかと合点がいく。


「そしてなにより、水崎さんが好きなら川村くんと結ばれることを応援するなんて余計に変よね?」


「そ、それは……俺よりも信の方が相応しいと思うからだよ。二人はお似合いだし、水崎さんには幸せになってもらいたいんだ」


「ふーん、それは嘘じゃなさそうね」


お察しの通り、まさにこれは俺の真意であった。


「まあ確かに、好きとは言ってもその好きは恋愛というよりは……そうね、父性愛のような、そんな感じもするわね。あなたの好意は」


「そこはどう解釈してくれても構わないよ」


その予想もそこそこ近い。恋愛的な愛情もなくはないだろうが、強いて言うならこれは推し愛だ。


「ちなみに他にも理由はありそうだけど……」


再び俺の目を覗き込まれ、思わず唾を飲み下す。そのまま俺はできる限り硬直していた。


確かに他にも理由はあるが、これ以上は

前世の話に関わってくるので問い詰められると厳しいものがある。


「まあいいわ」


そう言って西園寺さんがその洞察眼を離して背を向ける。俺はホッと胸を撫で下ろした。


すると彼女はすぐさま振り返り、薄笑いを浮かべる。


「ああ、やっぱりまだ他にもあるのね」


「なっ!」


「呼吸のリズムで分かったわ。私が様子を伺うのを止めた瞬間にあなたは窒息を解いた。さっき私に素振りを観察されることで真意を推察されたから、今度はその反省から体の動きを意識的に止めていたわけだ。他に隠している理由がないならそんなことしなくてもいいはずよね」


「ほ、ほんと、怖い奴だな……お前」


「フフフッ、そうかも。ああ、でも心配しないでね。別にあなたの秘密を引き出して揺さぶってやろうとか、私の傀儡にしてやろうだなんて考えてはいないから。ただあなたがあたふたしているのがなんだか可愛く思えちゃっただけよ」


確かに不思議と悪意のようなものは感じられないし、西園寺さん自身の魅力故なのか何故だかあまり悪い気分にはならない。


要するに高度な洞察力と明晰な頭脳を駆使して俺をからかっているわけだ。才能の使いどころはさておき、彼女からすれば推理ゲームのようなものなのだろう。


「まあ秘密ってことはこれ以上は言えないということでいいかしら? 水崎さんの幸せをそこまでして願う理由について」


その理由というのは、前世で水崎さんがひどい失恋の様子を見てきたからである。加えて作者に嫌われているのか、とてもいい子なのにどうにも彼女の身には不幸が降りかかってくることも多い。


前世の自分の一番の推しキャラに、もうあんなつらい思いはさせたくないのだ。


さらに加えてもう一つ、前世に関わる事情があるのだが、そんな話するわけにはいかない。そして話したとしても理解してもらえるはずがない。


しかし、ここで変に嘘を取り繕おうとしても、西園寺さんにはバレてしまう気がする。


ここは正直に黙秘することにした。


「言えない。これに関しては」


「そう、聞いちゃいけないことだったりしたらごめんね?」


「いや、大丈夫だよ。全然」


「そっか。私、色んなことを読み解いていくのは好きなのだけど、そのせいで踏み込んじゃいけないところまで行ってしまうことがあるの。だからそうなりそうになったら教えて欲しい。推理するさがは邪推という悪癖へきでもあるから」


「わかった。けど、なんにせよ、今ので気を悪くしたりはしていないから安心してよ」


「うん、よかった。ありがとう」


そう言いながらニッコリと微笑みかけてくる。やっぱり西園寺さんは心の根はいい子のままなのだろう。


そう思った矢先だった。


「さて──」


再び目つきが鋭くなる。


「じゃあ頼み方を変えようかしら。私に協力してくれたら、私もあなたに協力してあげるわ」


「協力?」


「ええ、まずあなたが水崎さんの後押しをすることについて、私は一切の妨害をしない」


「えーっと、元々、妨害するつもりだった、と解釈していいか?」


「もちろん。私の恋路を阻む相手を放っておくわけないじゃない──私はね、悪辣あくらつなのよ」


先ほどまでの笑みならば小悪魔的であると言えたのだが、今のこの笑みはそのまま悪魔的であるという表現の方が似つかわしいだろう。


「目的のためならなんだってするわ。この私に妨害されないというのは大きなメリットだと思うのだけれど、どうかしら?」


「まあ、確かに西園寺さんの本気の妨害というのは想像するのも恐ろしいな」


「でしょう?」


再び可愛らしい笑顔に戻る。


「よかった。ちゃんと私の狡猾さと悪辣さは伝わってたみたいね」


「ん?」


「ああ、さっきから私の頭の中をくまなく開示していたのは、私の思考力をデモンストレーションするためでもあった。じゃなきゃ、あなたの嘘をつく時の仕草なんて指摘しないわ。そのままにしておいて、あなたの嘘をいつでも見抜ける状態でいた方が有利でしょう? けど、それをわざわざ伝えたのは私の洞察力を知ってもらい、私を敵に回した時の脅威を感じてもらうためだったの。加えて、こうやって私の手札を開示しているのはあなたに信用してもらうためでもある。これから協力者にする人だからね。誠意を見せないと。もちろん、私が胸の内を吐露したからという理由で、あなたの考えも素直に開示してくれたなら儲け物。返報性心理ってやつね」


「全く、お前……ほんとに怖いやつだな」


「ウフフッ、それは褒め言葉として受け取っておくわ」


「ああ、確かにこれは賞賛だよ」


賞賛に加えるならば畏怖のような感情もあった。


「さて、もう一押し」


「まだ何かあんのか?」


「ん? あと十三通りほど手札は残してるけど」


「まじか」


「そのくらいあなたと組みたいってこと」


「そいつはどうも」


「まあ次の交渉は我ながら卑劣なやり方ね」


「な、なんだよ……」


「あなたが水崎さんのことを好きだってこと、それとなくクラスにバラすわ」


「はっ!? まてまて、それはやめろ。いや、西園寺さんが言っても俺は全力で否定するからな!」


「普段おちゃらけたクラスの道化役のあなたと、いつも清廉潔白なクラスのマドンナの私、みんなどっちの言うことを信じるかしらね?」


「ぐっ……」


交渉というよりこれはほとんど脅迫だろう。悪辣を自称するだけのことはある。


「さて、じゃあお次は──」


「待て待て! 分かった! 分かったから! 協力する……させてくれ」


そう言うと、悪魔的な雰囲気から一転し、天使のような笑みを浮かべて俺の手を取った。


「ほんと!? よかった! 決まりね! チェックメイト!」


そういいながら俺の手を両手でガシッと握りしめる。


やっぱりこの天使のような微笑みは悪魔的にかわいい。


「で? 俺は具体的には何をすればいいんだ?」


「川村くんと仲良いだろうから、川村くんの好きなものとか教えてよ。あとは……そうね、当座は私とあなたと川村くんと水崎さん、四人がちゃんとグループになれるように計らってもらえると助かるわ」


「水崎さんもか?」


「ええ、言ったでしょう? 協力してくれる限り妨害はしない。それに水崎さん、いい子そうだし……友達にはなりたい……かな」


「ヘヘヘッ、そっか!」


「なんでそんなに嬉しそうにするのよ」


「いや、水崎さんの良さが分かってもらえているのは嬉しいことなんだよ」


「ふーん、変なの。やっぱりその好意は恋愛とはちょっと違うのかしら。どうしてそういう感覚になったのかは分からないけど……あ、いけない。これは詮索しない方がよかったのよね。ごめんなさい」


「いや、大丈夫。西園寺さんの考えは間違ってないよ」


「そっか。あ、でもあなたの水崎さんへの想いが膨らんで、ちゃんと付き合いたいって思えたなら、私は全力で協力することにするわ」


「お、おう……」


「さっきは協力しなかった場合のあなたの損失回避の提示しかしなかったけれど、私と組むメリットはちゃんとあるから安心してね。他にも基本的に私はあなたの味方でいてあげる。頼もしいでしょ?」


「はははっ、そうか。そいつは期待しておくよ」


「ええ、そうしておいてもらおうかしら。それじゃあこれからよろしくね? 協力者さん?」


そう言いながら、右手を差し伸べる。


俺はその綺麗な手を取り、ゆっくりと頷いた。


「あ、あともう一つ!」


「まだあんのかよ……」





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