第3話 協力者
「まず一つ。どうして私に連絡してくれなかったの?」
穏やかな眼差しから一転、するどい目つきで問い詰めてきた。
「え、いや、ごめん。なんて連絡すればいいかなって考えてるうちに今日になってた」
クラスのマドンナである西園寺さんに連絡するともなるとやはりそれなりのプレッシャーがかかるのだ。
変に思われないだろうかとか、違和感はないだろうかとか、あまり親しげすぎる言葉選びだと引かれてしまうのではないだろうかとか、余計なことを考えているうちに日を跨いでしまった。
「なるほど。やっぱりあなたは思っていたよりも繊細なのね」
「そうか?」
「だってそうでしょう? 転校生が自己紹介している最中に連絡先を大声で聞いたりとか、普段はデリカシーギリギリくらいの物言いを平気でするじゃない? それなのにチャットの文言一つ考えるのにこれだけ時間がかかるなんて」
言われてみればその通りだった。お調子者キャラとしての学校での自分とはかけ離れた振る舞いだったかもしれない。
「あなたの……浅野くんのキャラに従うなら、放課後すぐにでも連絡したはず。そうね……『西園寺さんの連絡先を一番にゲッツしてしまった浅野でーす!』みたいなメッセにおちゃらけたスタンプでも添えられているのが順等なところかしら」
俺の声真似をしながら想定したメッセを読み上げる。
「まあいいわ。別に変な気なんて使わなくていいから、気軽に連絡はください」
「お、おう」
「ひとまずは今、もらっておこうかしら」
「今? 目の前にいる相手にか?」
「そうよ。だってあなたから一度連絡をくれないと私から連絡できないじゃない」
「わ、わかった」
主人公の親友である俺に、正ヒロインからわざわざ連絡する用事なんてあるのだろうか。
ブレザーの内ポケットからスマホを取り出すと、さっそくロインで一言のメッセにスタンプを添えて送った。お望み通り、パンツを履いた猿がぴょこぴょこ飛び跳ねているおちゃらけたスタンプだ。
それに反応して西園寺さんのスマホが通知音を鳴らす。
自分のスマホをチラッと見ると、彼女は俺のことをまじまじと見つめていた。
「どうしたの?」
「いや、ほんとに昨日は私に送るメッセを一生懸命考えてくれていたんだなーと思って」
「なんで?」
「今、私が渡した昨日のメモ、見なかったわよね?」
「そうだけど……」
「ということは、ロインIDの検索歴から私のアカウントを調べたのか、あるいはすでに友達に追加していたけれどもメッセを送っていなかったことになる。IDを覚えていたという線もあったけど、私のIDは長くて複雑で普通の人が記憶するのは大変だし、なにより今の操作時間で打ち込めるものではない。実際に送られてきたのはスタンプ一個と『よろしく』の一言。短い操作に相応しい入力だったわ」
その大きな青い瞳で俺を捉えたままに話を続けた。
「私に連絡しなかった理由を聞かれた時、単に忘れていただけだけど、そんな風に返事をすると失礼だと思って咄嗟に嘘をついたのではないかとちょっと思っていたのよ。普段の浅野くんのキャラならこれもありえることね。でもやっぱり、本当にあなたは私に連絡しようとしてくれてたけど、文章を考えているうちに今日になってしまった。だから私のアカウントは見つけていたのに、連絡だけしていなかったという中途半端な状態だった。ということになるかしら」
怒涛の分析もさることながら、状況をぴたりと言い当てられたことで、俺は呆気に取られていた。
「そ、そんなこと考えてたのかよ……まあ、その通りだけど」
「フフフッ、やった! 当たり!」
鋭い顔つきから一転し、無邪気な笑みを浮かべてみせた。
まるでゲームに勝って喜ぶ少女のようだ。
「もちろん私からロインIDを受け取ってすぐにアカウントを探すのだけは済ませておいて、後から連絡しようとしたけれども忘れてしまった、という線もあったのだけど、今のあなたの反応でこの線もなくなったわね」
「俺はそんなにしっかり者じゃねーよ」
「うん、だからもともとこの線は薄かったからそこまで気にはしていなかったわ。怠け者さん?」
「う、うるせぇ」
「ちなみに私のために一生懸命考えてくれていたメッセはどんなのだったのかなー?」
ニヤニヤしながら首を傾ける。
「は!?」
「わざわざ下書きまでしてたんじゃないの? 意外とそういう所、かわいいんだね?」
「い、いや、別にそこまではしてねーし」
誤魔化そうとしていると、西園寺さんは腰を屈めて顔を近づけ、俺の顔をじっくりと覗き込んだ。
「嘘」
「……」
「だって今の操作で下書きを消しちゃってたでしょう? だからどんなのだったのか気になっちゃって」
「いや! なんで消したって分かるんだよ!」
「さっきの一連の操作の中で、ロインの入力欄の辺りを長押ししてるのがわかったもの。あれはテキストを全選択してから削除するためでしょ? 昨日途中まで打ち込んだメッセがデフォルトでテキストボックスの中に入っていたわけだ」
「お前……ほんとよく見てるのな」
「うん、あなたには興味があるから。よく観てるのよ」
自分の眼球を人差し指で指しながら答える。
「それにスマホを操作してる人の手元を見て、どんなことをしてるのかなーって想像するのが好きなのよね」
「変わった趣味だなぁ。まるで読唇術だ」
「ああ、そうね。画面を見ずに手の動きから入力を予測するのと、声を聞かずに口の動きから発声を予測するのとは確かに似てるわね。それ、なかなか良い
やはりあまりに聡すぎる気がする。
俺の知っていた西園寺玲亜は確かに頭は良かったけれど、その頭をこんなにもインテリジェンスのように使う子だっただろうか。
何か胸の内を見透かしてくるようなそんな感じがする。
彼女の鋭さを感じ取った俺は先ほどの行動の意図に今更ながら気がついた。
「って、もしかしてこの場でわざわざ俺に連絡させたのって、はじめからこれを確かめるためだったり……」
そういうと西園寺さんは何も言わずにペロっと舌を出しながら、小悪魔的な表情でにやりと笑った。
「ま、まじか……」
「ごめんね? でもこれはどうしても確かめておきたかったから」
「そうなの?」
「あなたが学校でのキャラとは裏腹に、本当は繊細で気遣いをしすぎちゃうくらいの人だということ、それは確信しておきたかったの」
「どうしてだよ」
「言ったでしょう? 私はあなたに興味があるの。ただそれだけ」
昨日会ったばかりだというのに、俺のことをここまで知られるとは思ってもみなかった。
彼女の洞察力はやはり恐ろしいものがある。
「あ、それと! もう一つ聞きたいことがある」
「な、なんだよ!」
小さな反応一つで多くの情報を察知してしまう彼女の前で、問いに答えるとというのはどうにも警戒してしまう。
ボロを出してはならないと思わず身構えた。
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