正ヒロインの素顔
第1話 正ヒロイン
「えー、突然だが、今日はみんなに転校生を紹介する」
キタぞ。まさにラブコメ始動のテンプレといっても過言ではない先生のこのセリフ。
ついに西園寺さんの転校イベントがやってきた。
一学期の中頃という半端な時期に彼女はやってくる。
クラスのグループが徐々に固まりはじめる頃合いにやって来る彼女は、周りと打ち解けるのに時間がかかる。
まさに高嶺の花といった状態になり、みんなからマドンナ扱いされる学園生活にうんざりしてしていた。
しかし、そこで図書委員で一緒になった信はわけへだてなく自然に接し、徐々に打ち解けていくというのが、信と玲亜、すなわちシン&レアルートという恋路の初動となってくる。
「えっ! なになに! 転校生だってー!?」
白々しく驚いて見せてやろう。
ここは調子のいい親友キャラらしく、美少女転校生初登場の演出を盛大に盛り上げていこうじゃないか。
「なーなー! 信! 女の子かな! 女の子だよな!」
「え、それは分かんないけど……」
「センセーッ! 女の子ですか! それとも女の子ですかー!?」
「お前には女の子しか選択肢にないのか……まあ女の子だが……」
「お前ら! 聞いたかー! 女の子だぁぁーーー!!!」
「うおおおーー!!」
盛り上がれモブ共。お調子者キャラの俺が振るこの旗に続き、メインヒロイン登場のファンファーレを存分に奏でるがいい。
俺の目論見通り、君を迎え入れるための演出とお膳立ては十全へと至った。
さあ、現れるがいい。完全無欠の超絶美少女、西園寺玲亜よ。
「西園寺、入れー」
「は、はい」
ガラリと扉が開いて、彼女が登場する。
純白の髪をなびかせながら、教卓へとゆっくり歩みを進めていく。
その
「わあ、綺麗な人……」
水崎さんも思わずそう口にする。思考がすぐに漏れてしまう彼女らしい素直な反応だ。
西園寺はチョークを左手に持ち、自分の名前を黒板に書いていく。
字も彼女の顔つき同様に綺麗に整っており、そのまま書道コンクールの金賞をかっさらってしまいそうな勢いだった。
「西園寺玲亜です。ロシアから来ました。日本のことよく分からないので色々と教えてもらえると嬉しいです。その……よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をする。
西園寺が顔を上げると、その垂れた銀の髪を耳に掛け直す。
こうした所作の一つ一つが彼女の美しさを際立たせていた。
しばしの沈黙の後、クラスのみんなはドッと盛り上がる。
「やべー! 西園寺さんまじ天使じゃん!」
「なになに! ロシアから来たって外人さん!?」
「出身もロシアなんですか!?」
「はい! はーい! 俺、
どさくさに紛れて
「こら、浅野! お前という奴は相変わらず節操のない! 後で職員室にこい!」
「え、そ、そんなー」
「アハハハハッ」
教室に笑い声が響き渡った。
アイスブレイクのためならクラスの道化役はしっかりと演じきる。
これがお調子者親友キャラの甲斐性というやつだ。
「じゃあ、まずは委員会を決めないとな……確か図書委員の席が一つ空いていたが、西園寺に任せてもいいか?」
「はい。私でよければ」
「よし、じゃあ頼んだぞ」
ここまでは俺の見てきたシナリオ通り。
しかし、ここから先は物語が変化してくる。
なぜなら、俺が布石を打っておいたからだ。
本来であれば信が男子の図書委員になっていたはずなのだが、新学期の委員会決めで、俺が早々に立候補することでこの席は入れ替わっている。
俺はこのラブコメの正史、すなわちシン&レアルートをみるつもりはない。
西園寺さんには悪いが、このルートは阻止させてもらう。
水崎さんと信ががくっつき、水崎さんが報われるifルートを必ずや実現させてみせる。
「えーっと、男子の図書委員、誰だったっけ?」
「あ、俺ですー」
「な、浅野……お前か。西園寺、すまない。あんな奴と一緒なんだが、嫌なら今から断ってもいいぞ」
「ひでぇー! 先生! あんな奴とはなんですか!」
「アハハハハッ!」
ここでもしっかりと笑いをとりにいく。
「いえ! 嫌なんてそんな……あ、あの、浅野くん……よろしくお願いします」
「え、あ、はい! よ、よ、よろしく、お願いしまぶっ!」
その吸い込まれそうなほどに青く綺麗な瞳に捉えられた俺は、不覚にも緊張してしまい噛んでしまった。
まあ、俺はモブ代表みたいな立ち位置なのだから結果的に相応の振る舞いだったといえるのでこれで良い。
しかし、彼女の容姿はアニメで何度も見ていたのに、スクリーンで見るのとでは迫力が違う。
もちろん俺の心は水崎さんのものだが、やはり西園寺さんも勝るとも劣らないかわいさを兼ね備えていた。
「アハハッ!
水崎さんが気さくに言葉をかけてくれた。
ああ、水崎さんにからかってもらえるなんて、なんて幸せなのだろうか。
そんな幸せの余韻に浸っていると、先生は話を次へと進めていった。
「じゃあ席は……水崎の前がいいかな。水崎、浅野だと不安だからちゃんと西園寺のこと、しっかりサポートしてやってくれ」
「はいセンセ! この私にお任せあれ!」
そう言いながら誇らしげに胸をとんと叩く。かわいい。
こうして西園寺さんは水崎さんの前の座席に座ることになる。つまり、俺の右隣だ。
主人公である信は窓側最後列、その隣は幼馴染ヒロインの水崎さん、そして前はお調子者親友キャラの俺と、正ヒロインの西園寺さん、いささか出来すぎなくらいの黄金ラブコメフォーメーションがここに相成った。
昼休み、水崎さんは西園寺さんにこの学校を案内することにしたらしい。
「西園寺さん! お昼は持ってきてるの?」
「いえ、私、お弁当は持ってなくて」
「じゃあ、学食だね! 場所教えてあげるから一緒に行こ! ついでにちょっと校舎も案内させてよ!」
「ほんと? ありがとう。じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「うん! もちろん!」
やっぱり水崎さんは優しくていい子だ。
休み時間ともなると、おそらくクラスのみんなが西園寺さんに殺到して質問攻めにされてしまう。
そうなる前に水崎さんは自然と外へ連れ出したのだろう。
「あ、図書委員のこととか、
「そうだな。じゃあ俺もいくか」
「ありがとうございます」
「なあ信、お前も行こうぜ! どうせ暇だろ?」
「うん、いいよ。行こっか」
水崎さんが信と話せる機会が少しでも増えるように、俺はさりげなく信も誘うことにした。
食堂に行き、おすすめのメニューなんかを紹介しながら4人でご飯を食べていると、水崎さんが同じ部の子に話しかけられる。
「あれ、綾っち、備品の整理終わったの? 昼休みにやるって言ってなかった?」
「あーーーーーっ!!!」
大声をあげて立ち上がる。その勢いで水崎さんは周りの視線を一点に集めていった。
「わ、忘れてた! や、やばい! 先輩に怒られちゃう!」
「なに、どうしたの?」
「え、いや! 朝練の後に備品整理をやるつもりだったんだけど、他の仕事もお願いされちゃって時間なくて! お昼休みにやるつもりだったの忘れてた!」
「え、じゃあ今から行くの?」
「うん! やばい! 急がないと!」
大盛りのヒレカツ2倍カツカレーをガツガツとたいらげていく。
この小さな体のどこにこれだけのご飯を吸収する隙があるのかは謎だが、水崎さんはよく食べるのである。
「ウゲッ!」
もぐもぐしているかわいい水崎さんを眺めていると、急に苦しそうな声をあげた。
「ゲホッ! ゲホッ!」
どうやら喉につっかえたらしい。
「ほら、急いで食べるからだよ。全くしょうがないな」
信はさっそうと自分のお水を口元へと運んでいく。
それを見ると水崎さんは顔を赤らめて小さく拒んだ。
「え、べ、別にだいじょ……ゴホッ! ゴホッ!」
おそらく信との間接キスだのなんだのと考えてしまったのだろう。かわいい。
「いいから、さっさと飲めよ」
「う、うん……」
観念してゴクゴクと水を飲んでいく。
信にしばらく背中をさすられると、だいぶ落ち着いたようだった。
「あ、ありがと……」
「どういたしまして。それより部室、行かなきゃじゃない?」
「そ、そうだ! いかなきゃ!」
勢いよく立ち上がる。
さて、ここで一つアシストをしてやろう。俺は信に向けて視線で合図を送った。
『水崎さんのこと手伝ってあげなよ』という合図である。
『そうだな。ちょっと行ってくるわ』と頷きで返事をした。
さすが親友。言葉を介さずともばっちりコミュニケーションがとれる。
「ちょっと待てよ」
そう声をかけながら、すかさず信は水崎さんの手首を掴んだ。
「なに! 急いでるから早くして!」
その場でピョコピョコと走る素振りをしながら、信の方へと振り返る。
「分かってるって。俺も手伝うからさ、一緒にいくよ」
「え? いいの?」
小走りのモーションがピタリと止まる。
「うん、どうせまた頼み事断れなくて沢山抱え込んでるんだろ?」
「あ、ありがと……」
「ほら、行くぞ」
「う、うん」
さすがラブコメ主人公。さりげなく二人きりの時間をつくっていく。
いつも君のやさしいところを見ているのだと、さらりと伝えるところもポイント高い。
それにしてもやはりこの二人はお似合いである。ぜひともしっかりとくっついていただきたい。
「あ、でも食器片さないと!」
「わりぃ、
「ああ、任せろ。しっかりフラグ立ててこいよ」
「え?」
「い、いやなんでもない! こっちの片付けは気にすんな」
「サンキュ! こんどジュース奢るわ!」
「いいってこのくらい! じゃあがんばって!」
「おう!」
これは中々良い状況かもしれない。
信と水崎さんを二人きりのにした上に、彼らの仲睦ましさを西園寺さんに見せつけることができた。
ここまで見せつけられたら、この先に彼女が惚れてしまうようなイベントがあったとしても、流石に間に入る隙はないだろうと思い身を引いてくれるかもしれない。
しかし、なんやかんやでこちらも俺と西園寺さんの二人になってしまった。
二人だとどうも何を話していいのか分からないのだが、俺はなんとか会話をつなげようとしていた。
「あ、あの二人仲良いよなー。幼馴染なんだよ」
「そうなんだ。浅野くんも川村くんとは仲良しなんですね」
「え、まあそうかな。なんつーか腐れ縁みたいな感じだよ」
「へー、いいなー」
会話が終わってしまった。
この沈黙はさすがに気まずい。
次の言葉を俺の貧弱なボキャブ・ライブラリーから必死で探していると、彼女の方から口を開いた。
「ねぇ、浅野くん」
「ん?」
「朝の自己紹介の時、連絡先教えてくださいって言ってたの、浅野くんだよね?」
「え、あ、あれはその……周りを盛り上げるためといいますか……冗談というか……ごめん、それにしても急にあんなこというのおかしいよな。てか、あの後結局、調子に乗るなって先生からもこっぴどく叱られちゃってさー。あははは……」
「分かるよ。場を和ませようとしてくれたんでしょう?」
「え?」
「おかげで緊張しなくて済んだの。だからありがとう」
「えーっと、どういたしまして……でいいのかな?」
こんな美少女に真っ直ぐ見つめられながらお礼を言われるとさすがに照れ臭くなってしまう。
「フフフッ、なんか浅野くんって変だよね」
「ま、まあ変な奴とはよく言われるけど」
「違う。そういう変じゃないの。どこかこう……何か悟ってるみたいな……」
「そ、そうかな?」
「そうよ」
俺の振る舞いには違和感があっただろうか。確かに前世で知ったこの世界の知識がある分、不自然な言動が不意にこぼれ落ちてしまうこともあるかもしれない。
ちょっとした思案が込み上がり、余計に言葉を失っていると西園寺さんはポケットからメモ帳を取り出し、何やら書き込んだ。
そこから一枚だけ切り取って俺に手渡す。
「はい」
「えっ?」
「私の連絡先。欲しかったんでしょ?」
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