ラブコメ主人公のお調子者親友キャラに転生したので、前世で推していた青髪負けヒロインを全力援護射撃しようと思います。
トバリ
プロローグ 転生
まず最初に、転生という現象そのものへの認識が甘かったということを告白しておきたい。
転生者という物語の異物が、世界に及ぼす影響を決して軽んじてはならない。
この世界でもう一度死んだのならば、同じように他の物語の、他のキャラクターとして、再び転生を遂げるものなのだろうか。
もしもそんなことが起きるのであれば、今世において涙と共に飲み下したこの教訓は、更なる来世へと、私の魂と共に携えていかねばならない。
さて、転生にはチートがつきものである。
反則級の力を持った伝説の武器だとか、卓越した魔法のセンスだとか、一見弱そうでも工夫次第で大化けするスキルだとか。
ファンタジーものであればそんな特典がついてくるわけだが、学園ラブコメの世界に転生した自分はどうだろうか。
気の利いた言葉でヒロイン達を無自覚に惚れさせてしまうような罪な話術力だとか、転んだ拍子にパンツが見えてしまうようなラッキー不可抗力だとか、ひとたび走り出せば食パン加えた美少女転校生と衝突し、恋仲に発展しかねない妙な因縁をつけてもらえる前方不注意力だとか。
そんなラブコメ主人公が持つ波瀾万丈、ワクワクドキドキな恋愛スキルがついてくるものなのだろうか。
否。
何故なら俺が転生したのはラブコメ主人公ではなかった。
転生したのはその親友、気の良いお調子者の男友達だったからである。
モテモテの主人公に気さくに声をかけ「全く、うらやましいぜ! この野郎!」とかいかにも言ってそうな明るくて元気なただのいい奴。
主人公が女の子ばかりとつるんでいるというわけではなく、ちゃんと男の友達もいるんですよと読者に伝えることで人間関係の男女バランスを調整するために生まれたキャラクター。
はたまた他のモブキャラを代表してクラスのマドンナのかわいさを絶賛することで、無条件にそこに賛同しにいかない静観した主人公の特別さや誠実さを強調するための引き立て役。
そんななんとも微妙な役回りを当てがわれてしまった。
「おーっす! おはよう!
教室に着くなり俺はラブコメ主人公の親友らしく気さくに挨拶をする。
「ああ、
川村信。
うん、さすが主人公だ。平凡な高校生という設定の割にはやけに顔が整った黒髪のさわやか男子である。
控えめに言ってただのイケメンだ。考えてみればこんなのを平凡というのはずいぶんと無理がある。
港区女子が言う最低ラインくらいのスペックはあるだろう。
「今日も平凡な高校生やってるなー」
「なんだそれ? 新手の嫌味か?」
「いやいや、褒め言葉だよ」
それも非常にメタ的な。
「あれ? 今日は水崎さんと一緒にじゃないのか?」
「ああ、今日は水曜日だから、水崎は朝練なんだよ」
「そっかーテニス部はそろそろ大会だって言ってたもんな」
俺は信の前の座席にカバンを置く。
親友キャラの席といえばここだ。
授業中に主人公に向かって振り返り『最近〇〇ちゃんとはどうなんだよー?』とか聞くも、さらっとあしらわれた上に先生に私語を叱責されるのが目に浮かぶ。
そして主人公の席は後方左の窓側と相場が決まっている。もちろんその隣はヒロインの椅子となる。
噂をすれば水崎さんが朝練を終わらせて元気よく教室に駆け込んできた。
入ると同時にチャイムが鳴りだす。
「あー! あぶなかった! もうだめかと思ったよ!」
すごい。本当にCV.
そんなかわいらしい声を枯らしながら、隣の席につく。
「おはよう、水崎。今日もギリギリだね。また先輩に片付け押しつけられてたの?」
「そうなんだよー! うちの学年人数少ないから片付け大変でさー! おかげでいっつもこの時間は全力ダッシュよ。ま、これもトレーニングになると思えば全然いいんだけどね! この走り込みで先輩からレギュラー奪い取ってやるわ!」
「ハハハッ、水崎らしいね。今日もがんばったんだ。おつかれさま」
「う、うん! あ、ありがとう……」
水崎さんは頬を赤らめて目を伏せていた。これはもう見るからに信に好意がある。
残念ながらラブコメ主人公特有の鈍感スキルによって、このラブ信号は全くもって受信されることはない。
それにしてもテニスウェア姿でデレる水崎さんには誠に眼福である。
肩まで伸ばした青いツヤのある髪をクリクリといじりながら照れ隠しをする様子はたまらない。
まさかスクリーンの中でしか見られなかった大好きだった彼女を、現実で拝むことができるなんて夢にも思わなかった。
こんなかわいい幼馴染がいたならもう結婚するしかないだろうに。この子を選ばなかった信はなんとも憎たらしい奴である。
俺が知っていたラブコメの世界では、これから転校してくる美少女、
水崎さんは信とご近所の幼馴染というアドバンテージを生かしきれず、負けヒロインになるという可哀想な境遇にあった。
そんな最終回に至るまで、かくかくしかじかかくかくしかじかな経緯はあるのだが、このシナリオの中で俺に恋愛の機運がやってくることなど微塵もない。
ストーリーの進行上、俺の恋路なんかを書き足したらテンポが悪くなるからしかたないだろう。
10週打ち切りコースにならないためにも余分なサイドストーリーは排除せねばならない。
とはいえそんな作者と漫画誌の都合によって自分のセカンドライフが左右されているのもなんだか
なんにせよ、少なくとも最終回まで俺に彼女ができないというのはシナリオによって決められている。
せいぜい高校生の間の恋愛は見る専としてこのラブコメを間近で見ながら楽しむつもりだった。
しかし、まさか彼らの恋路にただの親友キャラの自分が、これほどまでに意外な形で巻き込まれていくなんて、この頃には思ってもみなかった。
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