アリーのドタバタ魔法生活!

港丘凪咲

取り憑き者を退治せよ!

第0話 そもそも私がこうなったわけ

  ゴロゴロゴロゴロ……。

 桜の花びらがひらひら舞い落ちる。せっかくきれいなのに、キャリーバッグの引きずる音でだいなし。

 重いし、道はでこぼこ。

 「一体、いつになったら学園に着くのよー!」


 二週間前。私の出身地である天空の島·マライカできっかけは起こった。

 マライカは「天空の島」だから、地上から一万キロメートル離れたところにある、巨大な雲の上にあるんだ。

 自然がとってもきれいだから、地上からも人が訪れるの。私の自慢のふるさとなんだ!

 そんなマライカの一の島・四番地の、水色の屋根の家で。

 私のお母さん、マリーがため息をついていた。

 「どうしよう……。これじゃ、決まらないわ。」

 今はニ時半だから、暖かい光が窓から差してくる。だけど、私もお母さんも、心は晴れないまま。

 私はもうすぐ十歳になるから、どこかの学校に通わないといけない。本当はマライカの学校に行くのが、一番楽なんだけど……なぜか一つしかないし、その学校はろくなもんじゃないの。

 暗くて不気味だし、問題児ばっかり集まる不良校。学級崩壊も絶えないらしい。

 さらに、一つ上の大嫌いなジゴンも(めちゃめちゃいじわるな男子)、うるさい近所のピーナンおばさんも(会うたびに説教をしてくる)、迷惑でしかないバッツァおじさんも(いつも酔っ払っていて、お構いなしに怒鳴る)、その学校の出身。

 そんなところに通うって?冗談じゃない。絶対、イヤ!

 だからお母さんが、いい地上の学校を探しているんだけど……。

 どこも授業料が高かったり、ろくな学校じゃなかったり、危険な場所にあったりと、なかなか見つからない。

 親友のエミリア(エミ)やミーシアラ(ミーシャ)、その他何人もの友だちは、もう決まっているのにな。

 友だちと同じ学校に行こうかな?と思っても、みんなお金持ち。勇気がある子もいるから、平気で授業料が高いところや、危険なところに行く。

 私には、到底、無理。

 「もう一回、パソコンで調べてみようよ、お母さん。」

 「そうね。見つかるといいけど……。」

 ということで、またパソコンで調べることにした。もう七、八回目かな。ずっとこの繰り返しだ。

 お母さんがまたパソコンを起動し、検索を始めた。

 私も画面をのぞくと、何回も見た学校のホームページ名が、ズラズラ載っている。

 本当に、大丈夫かなあ。すごく心配だ。

 どれくらい時間が経ったんだろう。

 「あっ!」と、お母さんが声を上げた。

 「えっ、見つかった!?」

 思わず、私も声を上げる。

 「ウソ!授業料が無料!?そんな学校、他にはなかったわ!」

 そ、それはすごいよっ。あ、でも本当にいい学校?

 「……内容を見る限り、悪くはなさそうね。転入出も自由みたいよ。」

 すごっ。それは本当にすごいよ!

 だって、「いかなる理由でも、転校、退学などの学校を去る行為は、許しません。」っていうところもあったんだから。ね、ひどいでしょ?

 興奮で、一回画面から目を離したけれど、もう一度、画面をのぞいた。そして、目に飛び込んできたのは。

 「」の文字。

 えっ!!魔法を学ぶの!?っていうか、魔法って、実在するわけ!?

 ひたすら驚いていると、お母さんがニコッと笑った。

 「なあんだ。ミラール女学園だったの。懐かしいわ。」

 そう言って、遠くを見つめるお母さん。

 懐かしいって……まさか。

 「お母さんって、魔女!?」

 家中がビリビリ震えるほど、大声で叫んでしまった。

 こんなに驚いていたのに……お母さんったら、子どもみたいに、クスクス笑って、

 「冗談よ。私だって魔法があるなんて、驚いているもの。」とおちゃめな顔で言った。

 冗談かいっ!もう、やめてよ〜。

 まったく……お母さんは冗談好きなんだから。いつも振り回されるんだよね、私って。

 「まあまあ、ともかく。」

 ともかくじゃない!と怒りたいところだけど、大事そうだから、黙っとこ。

 「無料だし、明るくて開けたところにあるし、教育方針もよく分かるわ。私たちが求めている条件は、すべてクリアしているしね。どう?アリー。行ってみたい?」

 「う〜ん。行ってみたい、かな。でも、魔法は初めてだから、不安だな……。」

 悩む私に、お母さんはさらに言った。

 「あと、学校は全寮制よ。休暇まで、その学校で過ごすんですって。」

 ウソ!?つまり、お母さんやお父さん、エミやミーシャなどの友だちや、島のみんなと別れるの!?

 「ええ〜……それはちょっと……。」

 打って変わって、小さい声になった私に、お母さんは優しく言った。

 「まあね。気持ちは、分かるわよ。でも―。」

 でも?

 「―結局、そのうち別れる日は、来るのよ。」

 あ……。考えたくないけど、たしかにそうだ。

 大人になったら、きっとこの家を出ていく。地上に住むかもしれない。永遠に別れないというのは、天国に行かない限り、ありえない。

 頭では分かる。でも、なあ……。

 まだ悩んでいる私の手を、お母さんが取った。

 「それに、魔法が初めてなのは、きっと他の子も同じよ。」

 「たしかに。そう、だね。」

 お母さんは、さらに言葉を続けた。

 「そして、永遠の別れじゃないわ。……七月十九日には、学校が終わって、また帰ってこれるから。」

 そこまで言うと、トドメの一言と言わんばかりに、言い放った。

 「私は、この学校は信用できるわ。今まで調べた、どの学校よりも。」

 お母さんは見る目がとってもいい。そして、だまされない。

 私がついついだまされてしまうことも、お母さんは絶対にだまされない。

 うちに詐欺電話が、何件かかかってきたこともあったけど、だまされずにすべて、撃退した。

 そのお母さんが信用できるって言うんだから、不適切なところはなさそう。

 「どう?この学校に行ってみる?」

 「……うん。行ってみる。」

 もちろん、不安やさびしさが完全に消えたわけじゃない。

 でも、またここで「イヤ。」って言ったら、お母さんはまた、学校を探さないといけない。もし見つからなかったら、「人類の恥だー!」などの、世間からおびただしい数の批判が殺到する。

 前に、本で読んだんだ。そこまで言われるぐらいなら、素直に学校に行ったほうが、賢明だ。

 それに、新しい友だちができるかもって、少し期待しているんだ。

 「よし、じゃあ、学校について説明するわね。」

 お母さんがはにかんだ。

 「説明?なんの?」

 「さっきは学校って言ったけど、正確には学園よ。『ミラール女学園』って言うの。」

 学園、ね。ん?「女」が入るってことは……。

 「女学園だから、女の子だけが入学できるみたいよ。」

 へ〜。そうなんだ。

 「毎年、新入生は十五人だけ。一〜六年生までだから、全校生徒は九十人らしいわ。」

 「思っていたより、少ないね!どこかの学校は、八百五十人以上いるって、聞いたんだけど。」

 「それは多すぎる学校よ。さすがに九十人は少ないけど、普通は六百人ぐらいね。」

 「そうなんだ!知らなかったなあ。」

 結構私って、世間知らずだわ……。

 「ところで、十五人しか入れないって言っていたけど、私は入れるんだよね?」

 「それは……。」

 突然、お母さんが絶叫した。

 「あーー!申し込み、忘れていたわ!大変だわー!」

 おいおいおいおい!それは困るよ!

 「周りの人に、怒られちゃうよ!」

 お母さんは焦りつつも、パソコンを操作した。いろいろ動かして、ようやく、にっこり顔になる。

 「ごめんね。でも、入学を許可しますって。」

 画面をのぞくと、ちゃんと、「入学のお申し込みありがとうございます」と表示されていた。

 なら、いいけど。もう、危なかったなあ。

 「じゃあ、気を取り直して。……ミラール女学園は歴史が長くて、今年で九百七十五年目なんですって。」

 「すごーい。伝統校だね。あれ、伝統学園の方がいい?」

 「どっちでもほぼ同じよ。歴史が長いから、きっといい教育をしてくれるわ。……って、あーー!」

 またもや、お母さんが絶叫した。

 ちょっと、今度は何?

 「もう六時なの!時間が経つのは早いわ。ティラノルが帰ってきちゃう!アリー、夕食作りを手伝って!」

 えっ、もうそんなに!

 驚いて時計を見ると、長針は「0」、短針は「6」を指している。

 窓から外を見ると、もう暗くて、うっすら夕焼けが見えた。

 本当に、そんなに経っていたんだ!

 「うん!もちろん!」

 私は驚きつつも、即答した。

 ティラノルは、私のお父さん。島で一番大きなレストラン「ナロトゥセ・ロメドナン」で、料理を作っているんだ!

 お母さんの料理もおいしいけど、お父さんの料理は絶品!

 あ、レストランの「ナロトゥセ・ロメドナン」は、「何でもレストラン」という意味。何語かは分からないけど、実際、和食や中華料理、イタリアン料理、フランス料理・・・・・・全部食べられるよ。

 「ちょっとアリー。突っ立っているヒマはないわよー。」

 いっけない!夕食作りのお手伝いをしないと!

 手を洗って、お手伝い開始!

 「夕食は何を作るの?」

 お母さんに尋ねると、お母さんは材料をドン!とキッチンに持ってきた。

 なになに……?豚肉、じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、エリンギ、にんにく、ルー……これはっ……!

 「もしかして、カレーライス!?」

 「そうよ。あなたの大好物ね。」

 「やったぁ~!!」

 そう。私はカレーライスが大好き。カレーライスには目がない。カレーライスのためなら何だってするくらい!

 今日も嬉しくて、ピョンピョン飛び跳ねる。

 「ほらほら。早く食べたかったら、準備を手早くね。」

 「は〜い!」

 私は早速、じゃがいもを手に取った。


 「ふう……。やっと終わった……。」

 じゃがいもの皮むきは包丁でやったから、ものすごく難しかった。

 おまけに、心配性な私は、切るのもかなり遅い。

 結果、じゃがいもを切り終えたときには、お母さんはその他の材料を、すべて切り終わっていた。

 「じゃあ、じゃがいもを鍋に入れてね。」

 ざるに入っていたじゃがいもを、ドサドサッ、と鍋に流し込む。

 「ルーを入れるまで、かなり時間があるわ。どうする?遊んでる?」

 「うん。遊びたい。」

 「分かったわ。入れるときには呼ぶからね。」

 「はーい。」

 階段を上り、二階の私の部屋に入った。

 お母さんには、あんなふうに言ったけど、正直、遊びたい気持ちが湧いてこない。

 そのまま、ベッドにゴロン、と横になった。

 ふと、ミラール女学園のことが頭に浮かんでくる。

 魔法って、どんな感じで習うのかな?

 どういう魔法を習うのかな?危なくないよね……?

 友だちや先生はどんな人?

 そもそも、その学園で、私はやっていけるの?

 数え切れないほどの疑問が出てくる。

 どうしたら、このもやもやは解消できるの?

 ……分からない。分からないよ……。

 さっきから自問自答しているけど、「自答」が全然できていない。

 どうしたらいいのも分からないのに、私ってこのままで、大丈夫なのかなあ……。

 ああ、もうイヤ!こうやって、ずっとウジウジしている自分がイヤ。

 それは分かってる。でも、直せない。

 「はあぁ〜〜……。」

 ため息をついて、うつ伏せになってみたけど、何も変わらない。

 あーあ。今までは、こんなに悩むことなんて、なかったのに。

 エミとミーシャと、思いっきり遊んで。

 お父さんとお母さんと、楽しく暮らして。

 大嫌いなジゴンとの言い合いは、いいものじゃないけど、なかなかスカッとしたな。

 人間として必要な教養は、全部お父さんとお母さんが教えてくれた。

 どうしても、行かなきゃいけないの?

 さっきまでは期待していたくせに、わがままな考えまで浮かんでいる。

 本当に、こんな私がイヤ。ウジウジするところも、切り替えられないところも、すぐ気分が変わるところも、全部全部、イヤ!

 足をバタバタしても、本を読んでも、テレビを見ても、歩き回っても、何も変わらない。そりゃ、当然だよね……。

 自分への嫌悪感と、ミラール女学園への疑問でモヤモヤしていると、下から、お母さんの声がした。

 「アリー!ルーを入れて〜!」

 「は〜い!!今すぐ行くね!!」

 私は意気揚々と、階段を駆け下りていく。

 あんなに落ち込んでいたくせに、カレーライスの話になると、途端に元気になる。

 そんな私は、結構単純なんだよね。


 「よ〜し!か〜んせ〜い!!」

 大好物のカレーライスは、煮込み終えて、お皿に盛り付ける。

 くぅ〜!この温かくて、ほっこりするこの香りが、大好き!

 ワクワクしてお皿を机に置くと、玄関のドアが、ガチャ、と音を立てて開いた。

 「ただいまー。」

 お父さんが帰ってきた。

 「あ!おかえり!」

 「おかえりなさい。」

 玄関の方へ顔を向けると、お父さんの笑顔が見えた。

 ああ、よかった。おとといの落ち込みを全然、感じさせない。

 実は、お父さんって、すごくドジ。

 あちこちに体をぶつけるのはしょっちゅうだし、何もないところで転ぶことも、ある。

 たま〜に、頼まれた料理とは別の料理を作ってしまうことも、ある。

 それでもクビにならないのは、お父さんが優秀なシェフだから。本当にすごいよねぇ。

 ……しまった。話が脱線しているよ。

 そうそう、お父さんはおととい、頼まれたのとは全く!違う料理を作ってしまった。

 しかも、そのお客さんは気難しい上に、すぐカッとなる人だったらしい。

 おまけに、その人が大嫌いな食べ物が使われていた料理だったから、大激怒だったみたい。

 「このレストランったらサイテー!」とか、「信じられない!!人としてどうかしてるわ!!」などと、散々ひどいことを言った挙句、「ここには二度と来ない!さっさと潰れろ!!」と、お金も払わずに出ていってしまって……。

 そのことで、料理長にみっちり怒られたから、ものすごく落ち込んでいたの。

 そのときは、大変だったな……。枯れ枝みたいにげっそりしていて、家の空気が暗かった……真っ暗だったよ……。

 ネットで、レストランの評判をのぞいてみたら、案の定、星1の悪口だらけの新しい投稿を見つけた。

 たしかにやりすぎだけど、お父さんは、決してわざとじゃないんだよ。そこをわかってくれると、ありがたいんだけどな……。

 まあ、とにかく、今日のお父さんは元気だ。

 「おっ、今日はカレーライスか。おいしそうだな!」

 「ええ、そうよ。食べましょう。冷めてしまうわ。」

 そうだね。急げ、急げ!

 滑るようにいすに座り、カレーライスをほおばった。

 「いっただっきまーす!!……あ〜、最高!おいし〜!」

 とろけるように甘いけど、ほんのり辛い。この味がだ〜い好き!

 パクパク、パクパク、夢中で食べ続け、私は早速二杯目をよそう。

 パクパク、モグモグ、食べていると、お父さんが聞いてきた。

 「そういえば、どこの学校に通うんだい?」

 お母さんが口を開く。……ん?なんか変。

 「ふぃふぁーふふぉふぁふへむほ。」

 「お母さん!飲み込んでからしゃべってよ。汚いよ!」

 私はピシャリと注意した。

 お母さんは、大人っぽく見えて、実は結構子供っぽい。こうやって、私に注意されることも、時々あるんだ。

 もう、しっかりしてよ。

 そう思っていると、お母さんはカレーライスをゴクッと飲み込み、今度こそしっかり言った。

 「『ミラール女学園』よ。」

 「『ミラール女学園』?知らないなあ。」

 お父さんは首を傾げた。無理もないよ。私たちだって、なかなか見つからなかったんだから。

 この機会に、知ってもらおう!

 「そこはね、魔法学校なの!」

 案の定、お父さんは驚いて立ち上がった。

 「えっ!魔法って、実在するのか!?」

 叫ぶのと同時に、

 「……イッター!!」

 机の脚に、足をぶつけた。

 出たっ!お父さんのドジ!

 我が家の食卓は、すぐに騒がしくなった。

 お母さんが止めにかかる。

 「落ち着いて!ティラノル、一回座りなさい。魔法は実在するし、内容も分かりやすくて信用できたわ。」

 「……はい。イテテテテ……。」

 お父さんは涙目になりながらも、素直に椅子に座った。

 「……まあ、アリーは賢いし、優しいから、どこでもやっていけるさ。何より、美人だからなあ。」

 お父さんの言葉を、私は適当に聞いている。

 ふ〜ん……へ?

 「ちょっと、お父さん!?『優しい』はともかく、賢くないし、美人じゃないって!」

 我に返った私は、お父さんにあわてて言う。

 だって、仮にそう思っても、結局上には上があるんだもん。「うぬぼれるのは時間のムダ」っていう言葉もあるんだよ。

 「ハハハ。アリーの一番のいいところは、謙虚なところかもな。」

 もうっ!お父さんったら!

 「マリーもそう思うだろ?」

 「ええ、そうね。」

 お母さんまで!!

 「違うし、恥ずかしいよ〜!」

 私が頭をブンブン振ると、お母さんが、あっ、と声を上げた。

 「手が止まっているわ。早く食べないと、冷めちゃうわね。」

 はっ!!

 途端に頭が冷えた私は、再びカレーライスに食らいつく。

 ああ、おいしいよ。

 ほんっとうに最高!!


 翌朝。カーテンから柔らかい光が漏れている。

 ベッドから降りて、適当に服を引っ張り出した。

 私は、あんまりおしゃれとかなんとか、興味がないんだよね。

 服も、着れればいいや、って感じ。極端に変じゃなかったら、なんだって着るかも。

 今着たのだって、上は白い無地の長袖、下は紺色のジーンズだ。

 ああ、もう。外見について考えるのはあんまり好きじゃないよ。めんどくさい。

 ちょっとモヤモヤしながら階段を下りると、お母さんが本を読んでいた。

 「おはよう。お母さん。」

 お母さんは本から顔を上げ、ニッコリと笑った。

 「アリー、おはよう。幸福鳥ハッピーが手紙を持ってきたわ。」

 「え?ほんと?」

 サッと机を見ると、たしかに手紙が置いてある。幸福鳥ハッピーが持ってきてくれたんだね。

 幸福鳥ハッピー(以下ハッピー)は、ここマライカの配達の役目をしている。

 昔は、地上の郵便局の人が持ってきてくれていたみたいだけど、遠すぎて、みんな音を上げたらしい。

 ということで、聞き分けがよく、マライカによくいるハッピーを使うことになったんだって。

 ハッピーの子供は手紙など、軽いものを運ぶけど、大人は重い荷物はもちろん、人を運ぶこともできるよ。

 地上とマライカの行き来は、この大人のハッピーを使うんだよ。

 あ、そうそう。手紙ってなんだろう?

 「なんの手紙なの?」

 「ミラール女学園の手紙よ。」

 手にとって見ると、しっかり「ピュロウ世界立 ミラール女学園」と書かれていた。

 わあ、そうなんだ!

 昨日はウジウジしていたけど、カレーライスのおかげで、今は少し、学園にいい印象を持っている。

 やっぱり私って、単純。

 「開けてみたら?」

 お母さんが言うので、言われた通りに開けてみる。

 どんな内容かな?


 アリエノール・ブラシングさま

 当学園にお申し込みいただき、ありがとうございました。

 入学認定を致します。


 入学証書 アリエノール・ブラシング イエシエー十六年 五月十日 生

 学園に入学することを認める


 イエシエー二十六年 三月二十三日

 ピュロウ世界立ミラール女学園学園長 フローレル・アヴィガン Florel Avigan


 当学園の新入生は毎年十五人で、寮には三人部屋が五つあります。

 あなたのお部屋は「ベラドンナ」の部屋です。忘れないように。

 当学園の新学期は四月五日です。午前九時三十分〜十時の間に、保護者一名とともにこちらへお越しください。地図を同封しておりますので、ご心配なく。

 持ちものは以下の通りです。

 ・二、三日分の服(夏まで過ごすため、半袖+羽織るものがよい)

 ・筆箱(何も入れない)

 ・二、三枚のハンカチ

 ・二、三枚のフェイスタオル

 ・二、三枚のバスタオル

 ・歯磨きセット

 ・ヘアバンド

 ・髪を結ぶゴム(必要な人)

 ・ヘアブラシ

 ・腕時計

 ・おこづかい(500H《ハット》がよい)

 ・この手紙


 持ちものは、別にお届けするキャリーバッグに入れてお持ちください。持ちもの以外の必要なものは、全て当学園でご用意いたしますので、ご安心ください。

 服装は、新入生は私服、保護者は礼服でお願いいたします。

 では、ご入学をお待ちしております。


                                         ピュロウ世界立ミラール女学園学園長 フローレル・アヴィガン


 持ち物はキャリーバッグに入れるの?すごい!

 一回でもいいから、持ってみたかったんだよね。

 「あ、でも、まだキャリーバッグが届いてないなあ。」

 と、つぶやきながら頭をかいたとき。

 バサバサッ、と羽音がした。

 「ハッピーだわ。何かしら?」

 お母さんが振り向く。

 気になって外に出ると、かわいらしい鳥がちょうど、舞い降りてきた。

 青く、ツヤツヤした羽毛。つぶらな瞳。馬ぐらいの大きさ。

 間違いない、大人のハッピーだ。

 そばには、私の腰ぐらいの大きさの荷物がある。

 「ピィー!」

 ハッピーはかわいい声で鳴いた。

 「いつも運んでくれて、ありがとね。」

 頭をなでて、好物のくるみをいくつかあげる。

 ハッピーは嬉しそうにくるみをつまみ、バシッと快音を立てて、飛び去っていった。

 フフフ、かわいいな。

 微笑みながらハッピーを見送ったあと、荷物に目をやる。

 うーん、何だろう。こんなの、お母さんは頼んだっけ?

 ……あ。まさか……。

 急いで荷物を家の中に持ち込み、開けようとすると、お父さんがやってきた。起きてきたばかりなのか、寝癖が爆発している。

 「おはよー。あっ、荷物?ハッピーが持ってきたのか?」

 「おはよう、お父さん。そうなんだよ。今から開けるね!」

 興奮気味に話したけど、お父さんは顔をしかめた。

 「開けたい気持ちはよーく分かる。でも、あとにしてくれ。」

 お父さんが時計を指す。

 あああっ。もう七時四十五分!朝ごはんを食べなきゃ。

 「お母さーん!七時四十五分だよー!」

 「なあに?……あっ、本当ね!朝食を食べなきゃ!」

 もちろんっ。準備だ、準備だ!


 朝ごはんを食べたあと、リビングで荷物を開けてみる。

 どれどれ……。やっぱり、キャリーバッグだ!当然、差出人はミラール女学園ね。

 「何に使うの?」

 「何のためだ?」

 お母さんとお父さんが、同時にたずねてきた。

 そっか。二人は、持ちもののことを知らないんだ。

 「このためだよ。」

 送られた手紙を、二人に渡す。

 しばらくすると。

 「これらの持ちものを、そのキャリーバッグに入れるのね。」

 黒く、側面に小さな赤いリボンが控えめについた、ソフトキャリーバッグ。それを指で指しながら、お母さんが言った。

 「今日は三月二十三日だから……十三日後だ。案外時間がないなあ。」

 えっ!もうそんなに!?何となく、一か月はあると思っていたのに。

 「十三日はあっという間だ。今日から準備したほうがよさそうだな。」

 ドジなお父さんが言うことじゃないと思うけど。まあ、お父さんの言うとおりだ。

 「よーし!頑張るぞー!」

 最初からいいスタートを切りたいから、早速やるぞ!

 私はこぶしを突き上げた。


 どんどん時間は経つ。一日なんて短い。

 あっという間に、四月五日になった。


 六時半に、目が覚めた。

 今日も適当に服を引っ張り出して、一階に降りる。

 まだ、お父さんもお母さんも、起きていないなあ。キャリーバッグの中を確認しよう。

 服、筆箱、ハンカチ、ヘアバンド、タオル……よし。全部ある。

 じゃ、身だしなみでも整えよう。さすがにそれぐらいはやらないとね、人間としての基本だし。

 洗面所でバシャバシャと顔を洗い、髪もとかした。

 鏡の中には、いつもと変わらない自分がいる。

 だけど目は、やる気に満ち溢れていたんだ。

 「最初が肝心だよね。」

 鏡の中の自分に向かって、私は言う。

 気のせいだろうけど。鏡の中の自分は、ニコッと笑った気がした。

 不思議な気分だなあ、心がふわふわしてる。

 そんなことを思っていると、ちょうど後ろでは、お父さんとお母さんの声が聞こえた。

 「あら?アリー、おはよう。もう起きていたのね。」

 「おはよう。今日は入学式だな~。ちゃんと寝られたか?」

 「えへへ、まあまあかな。二人とも、おはよう。」

 「よし!入学祝いとして、おいしいフレンチトーストを作るぞ~。」

 「やったぁ!」

 「それは楽しみね。」

 私たちの何気ない会話。それも、しばらくはお別れだなあ。

 しゃべりながら、ふと思う。

 学園入学前。

 最後の朝ごはんの時間だ―。


 午前八時五十分。お父さん、お母さんと一緒に家を出た。

 お父さんはお仕事があるから、見送りだけして、入学式にはお母さんが出席する。

 私とお父さんは私服だけど、お母さんは立派な礼服だ。

 私たちはおしゃべりしながら、ハッピーの停留所、島の玄関に向かう。つまり、島の玄関はマライカの出入り口なんだ。

 すでに、エミやミーシャなどの友だち、その保護者や見送りの人がたくさん集まっていた。

 やっぱり、マライカの学校には誰も行かないみたいね。まあ、当たり前かも。

 そこで、マライカで一番えらい長老に道のりを再度伝え、ハッピーの準備をする。

 「お母さん。ちょっと散歩してもいい?」

 「いいわよ。時間前には戻ってきてね。」

 大好きな私のふるさとを、もう一度めぐった。

 ああ、本当に行くんだね。

 島の人たちが見送ってくれるのは目に見えるけど、何だか自然まで見送ってくれるみたい。

 舞い上がる桜の花びら。真上にかかる虹の橋。「頑張ってね。」って言っているようで、嬉しいな。

 しんみりしていると、「よっ!ちびっこアリー!」という、生意気な声がした。

 まさか……。

 慌てて振り返ると、赤色の髪、銀色の目、からかうような表情でこちらを見ている、少し年上そうな男子がいる。

 やっぱり、ジゴンだった。

 ムカつく!

 「あんたに言われたくないよ!バカッ!」

 近くにあった小石を拾い、ジゴンに投げつける。

 「イテッ!おお、怖~な。せっかく来てやったのに、ホント可愛くねえやつ!」

 だったら「ちびっこ」は言うんじゃないわよ!

 「あんたに散々足を踏まれたし、散々描いた絵に落書きされたし!このくらい、自業自得です!!」

 私がまくし立てると、ジゴンは舌打ちをした。

 「せっかく見送ってやろうと思ったのに……何なんだよ……。」

 ふーん。

 「へぇ〜……あんたにもそういう『いいところ』があるんだなあ。へぇ~っ!」

 わざと、からかってみる。

 「さっきからうるせぇな、お前!それと、お前のためじゃねぇからな!」

 「いや、あんたからの見送りなんて、期待してないから。あ、それより……あんた顔赤くない?」

 さっきから、妙に変だ。

 私がよく見ようと、顔をグッと近づけると、ジゴンはそっぽを向いた。

 なおさら、変なやつ。

 「まあ、あんたの意地悪ともお別れだね。寂しいなぁ。」

 私が思いっ切り皮肉を言うと、ジゴンはあっという間に、いつもの意地悪な表情に戻る。

 「へえ。んじゃ、俺と同じ学校に行く?」

 そう言われた瞬間、私の顔が真っ赤になるのに気づいた。

 「無理に決まってるでしょ!足、踏んでやろうか!?」

 キーッ!!皮肉を潰してからかいやがって!!

 「冗談、冗談。煽る能力は俺のほうが上みたいだな。」

 「んもう!いつか絶対、あんたを言い負かしてやるー!」

 本当に私って、単純。でも本当に、こいつ生意気!

 もどかしさで地団駄を踏んでいると、エミとミーシャがやってきた。

 「なあに?またやり合っていたのね。」

 「ヤッホー、アリー!……わあ!」

 ミーシャがあきれたように言い、エミは早速コケた。

 「エミ……そこで転ぶ人、誰もいないよ……?」

 全く、私のお父さんにそっくり。本当にどこまでドジなんだか。

 「ごめん、ごめん。」

 あ、もう起きたの?エミは立ち直りは早いんだよね。

 「まあ、エミのドジはいつものことだし。それより……またジゴンとケンカしてたの?」

 「……だって意地悪なんだもん。」

 ミーシャに的確に言われ、私は少し小さくなる。

 「本当に仲良しなのね。お似合いかも?」

 「いや、仲良しじゃないって。」

 それより、「お似合い」って何?

 聞き慣れない言葉に私は首を傾げたけど、ジゴンは再び顔を赤くすると、どっか行ってしまった。

 「変なやつ。」

 「逃亡したわね、照れ隠しよ。」

 二人であきれる。

 それより、さっきからミーシャの言っている意味が分からないんだけど・・・・・・。

 「ミーシャ。純真なアリーに、そんなこと言ったって分かんないってば。」

 ひたすら頭の中に「?」を浮かべていると、エミが言った。

 「それもそうね。」

 ミーシャは頭をかく。

 ますます意味が分からないよ〜。

 「あ!そろそろ出発みたい!行こう!」

 元気よく、エミが声を上げた。

 だいぶしゃべったしね。時間かも。

 「よ~し!走るぞ〜!」

 私は叫んで、島の玄関へ一直線。

 「あっ、待ってよ!」

 「不意打ちは禁止でしょ~⁉」

 二人とも文句を言いつつも、楽しそうだ。

 一番乗りに島の玄関にたどり着いて、振り返る。

 こちらへ走ってくるエミとミーシャ。たくさんの友達と保護者たち。見送りの人々。

 その上には、この地が誇る、輝いた景色が広がっていた。

 色とりどりの春の花。緑が鮮やかな植物。澄んだ川。たくさんの生き物。一点のくもりもない、青い空。

 当たり前に見ていた、この自然ともしばらくお別れかあ……。

 名残惜しく見ていると、とうとう長老が「出発をするよー!お別れの準備をしてー!」と、声をかけてきた。

 行ってきます、頑張るね、とみんな家族に言う。

 私もお父さんのもとへ駆け寄って、宣言した。

 「お父さん!私、頑張るよ!応援してね!」

 「もちろん。ちゃんと勉強するんだぞ。アリーなら大丈夫だと信じているからな。」

 「うん!」

 お父さんと微笑み合い、また島の玄関へ戻った。

 みんな、次々とハッピーに乗りこむ。「ミラール女学園」と書かれているハッピーには、すでにお母さんがいた。私はお母さんの前に乗り、荷物は一番前に置く。

 多くの人が見送ってくれた。「行ってらっしゃい。」「気をつけて!」など、たくさんの言葉をかけてくれたから、安心して学園に行ける。

 何だか寂しくなるけれど、私がちゃんと決めた道なんだから、胸を張っていこう。よし。

 今日もよろしくね、ハッピー。

 心の中でつぶやくと、ハッピーはバサッと翼を広げた。

 「じゃあそれではー……行ってらっしゃーい!」

 長老の掛け声とともに、ハッピーが動き出す。

 「行ってきます!」

 私と同じく、みんなも「行ってきます!」と大声で叫んだ。手を振っている子もいる。

 どんどん下に下がり、冷たい風が肌をなでた。ふわっと髪が舞い、マライカは見えなくなった。

 友達みんなにも、私は叫ぶ。

 「私は頑張るよ!みんなも頑張って!」

 私の声は届いたのか、みんなも次々に叫んだ。

 「分かった!頑張るよ―!」

 「あたしにも言わせて!何事も諦めないでね―!」

 「初心を忘れずに―!」

 「―。」

 そして―誰の声も聞こえなくなった。


 数十分後。私たちと荷物を乗せたハッピーは、地上に着いた。ミラール女学園まであと少し。

 お母さんはくるみをあげて、ハッピーを見送った。

 私は初めて来たこの地に、目を見張る。

 見たことのない植物や、動物がいっぱいいたんだ。

 「きれいね……。でも、そろそろ行かないとね。」

 お母さんも感心していたけど、すぐに地図を取り出した。その声で、私も我に返る。

 「……こっちだわ。」

 「うん。行こう。」

 私たちは方向を確かめて歩き出した。


 と、言うわけでずっと歩いているけど、学園どころか、建物すら見えない。

 だから、イライラして叫んじゃった。

 「アリー。そんな大声出したら、動物たちがびっくりしちゃうわよ。」

 あーあ、お母さんにも注意されたし。何だかがっくり……風もザワザワ、うるさいし。

 でも。

 あのときのことを思い出すと、またやる気が出てきた。

 これから、何が待っているかなんて分からない。嬉しいこと、楽しいことかもしれない。つらいこと、苦しいことかもしれない。

 だけど、私の晴れ姿を見るために―素敵な未来へ送るために、お母さんは見に来てくれたんだよね。

 他の島のみんなだってそうだ。私のことを応援してくれている。私だって、エミやミーシャたちのことを応援している。

 だから、何があっても、立ち向かってみよう。

 「学園生活、頑張るぞお!」


 

 

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アリーのドタバタ魔法生活! 港丘凪咲 @firinionn

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