アリーのドタバタ魔法生活!
港丘凪咲
取り憑き者を退治せよ!
第0話 そもそも私がこうなったわけ
ゴロゴロゴロゴロ……。
桜の花びらがひらひら舞い落ちる。せっかくきれいなのに、キャリーバッグの引きずる音でだいなし。
重いし、道はでこぼこ。
「一体、いつになったら学園に着くのよー!」
二週間前。私の出身地である天空の島·マライカできっかけは起こった。
マライカは「天空の島」だから、地上から一万キロメートル離れたところにある、巨大な雲の上にあるんだ。
自然がとってもきれいだから、地上からも人が訪れるの。私の自慢のふるさとなんだ!
そんなマライカの一の島・四番地の、水色の屋根の家で。
私のお母さん、マリーがため息をついていた。
「どうしよう……。これじゃ、決まらないわ。」
今はニ時半だから、暖かい光が窓から差してくる。だけど、私もお母さんも、心は晴れないまま。
私はもうすぐ十歳になるから、どこかの学校に通わないといけない。本当はマライカの学校に行くのが、一番楽なんだけど……なぜか一つしかないし、その学校はろくなもんじゃないの。
暗くて不気味だし、問題児ばっかり集まる不良校。学級崩壊も絶えないらしい。
さらに、一つ上の大嫌いなジゴンも(めちゃめちゃいじわるな男子)、うるさい近所のピーナンおばさんも(会うたびに説教をしてくる)、迷惑でしかないバッツァおじさんも(いつも酔っ払っていて、お構いなしに怒鳴る)、その学校の出身。
そんなところに通うって?冗談じゃない。絶対、イヤ!
だからお母さんが、いい地上の学校を探しているんだけど……。
どこも授業料が高かったり、ろくな学校じゃなかったり、危険な場所にあったりと、なかなか見つからない。
親友のエミリア(エミ)やミーシアラ(ミーシャ)、その他何人もの友だちは、もう決まっているのにな。
友だちと同じ学校に行こうかな?と思っても、みんなお金持ち。勇気がある子もいるから、平気で授業料が高いところや、危険なところに行く。
私には、到底、無理。
「もう一回、パソコンで調べてみようよ、お母さん。」
「そうね。見つかるといいけど……。」
ということで、またパソコンで調べることにした。もう七、八回目かな。ずっとこの繰り返しだ。
お母さんがまたパソコンを起動し、検索を始めた。
私も画面をのぞくと、何回も見た学校のホームページ名が、ズラズラ載っている。
本当に、大丈夫かなあ。すごく心配だ。
どれくらい時間が経ったんだろう。
「あっ!」と、お母さんが声を上げた。
「えっ、見つかった!?」
思わず、私も声を上げる。
「ウソ!授業料が無料!?そんな学校、他にはなかったわ!」
そ、それはすごいよっ。あ、でも本当にいい学校?
「……内容を見る限り、悪くはなさそうね。転入出も自由みたいよ。」
すごっ。それは本当にすごいよ!
だって、「いかなる理由でも、転校、退学などの学校を去る行為は、許しません。」っていうところもあったんだから。ね、ひどいでしょ?
興奮で、一回画面から目を離したけれど、もう一度、画面をのぞいた。そして、目に飛び込んできたのは。
「魔法を学ぼう!」の文字。
えっ!!魔法を学ぶの!?っていうか、魔法って、実在するわけ!?
ひたすら驚いていると、お母さんがニコッと笑った。
「なあんだ。ミラール女学園だったの。懐かしいわ。」
そう言って、遠くを見つめるお母さん。
懐かしいって……まさか。
「お母さんって、魔女!?」
家中がビリビリ震えるほど、大声で叫んでしまった。
こんなに驚いていたのに……お母さんったら、子どもみたいに、クスクス笑って、
「冗談よ。私だって魔法があるなんて、驚いているもの。」とおちゃめな顔で言った。
冗談かいっ!もう、やめてよ〜。
まったく……お母さんは冗談好きなんだから。いつも振り回されるんだよね、私って。
「まあまあ、ともかく。」
ともかくじゃない!と怒りたいところだけど、大事そうだから、黙っとこ。
「無料だし、明るくて開けたところにあるし、教育方針もよく分かるわ。私たちが求めている条件は、すべてクリアしているしね。どう?アリー。行ってみたい?」
「う〜ん。行ってみたい、かな。でも、魔法は初めてだから、不安だな……。」
悩む私に、お母さんはさらに言った。
「あと、学校は全寮制よ。休暇まで、その学校で過ごすんですって。」
ウソ!?つまり、お母さんやお父さん、エミやミーシャなどの友だちや、島のみんなと別れるの!?
「ええ〜……それはちょっと……。」
打って変わって、小さい声になった私に、お母さんは優しく言った。
「まあね。気持ちは、分かるわよ。でも―。」
でも?
「―結局、そのうち別れる日は、来るのよ。」
あ……。考えたくないけど、たしかにそうだ。
大人になったら、きっとこの家を出ていく。地上に住むかもしれない。永遠に別れないというのは、天国に行かない限り、ありえない。
頭では分かる。でも、なあ……。
まだ悩んでいる私の手を、お母さんが取った。
「それに、魔法が初めてなのは、きっと他の子も同じよ。」
「たしかに。そう、だね。」
お母さんは、さらに言葉を続けた。
「そして、永遠の別れじゃないわ。……七月十九日には、学校が終わって、また帰ってこれるから。」
そこまで言うと、トドメの一言と言わんばかりに、言い放った。
「私は、この学校は信用できるわ。今まで調べた、どの学校よりも。」
お母さんは見る目がとってもいい。そして、だまされない。
私がついついだまされてしまうことも、お母さんは絶対にだまされない。
そのお母さんが信用できるって言うんだから、不適切なところはなさそう。
「どう?この学校に行ってみる?」
「……うん。行ってみる。」
もちろん、不安やさびしさが完全に消えたわけじゃない。
でも、またここで「イヤ。」って言ったら、お母さんはまた、学校を探さないといけない。もし見つからなかったら、「人類の恥だー!」などの、世間からおびただしい数の批判が殺到する。
前に、本で読んだんだ。そこまで言われるぐらいなら、素直に学校に行ったほうが、賢明だ。
それに、新しい友だちができるかもって、少し期待しているんだ。
「よし、じゃあ、学校について説明するわね。」
お母さんがはにかんだ。
「説明?
「さっきは学校って言ったけど、正確には学園よ。『ミラール女学園』って言うの。」
学園、ね。ん?「女」が入るってことは……。
「女学園だから、女の子だけが入学できるみたいよ。」
へ〜。そうなんだ。
「毎年、新入生は十五人だけ。一〜六年生までだから、全校生徒は九十人らしいわ。」
「思っていたより、少ないね!どこかの学校は、八百五十人以上いるって、聞いたんだけど。」
「それは多すぎる学校よ。さすがに九十人は少ないけど、普通は六百人ぐらいね。」
「そうなんだ!知らなかったなあ。」
結構私って、世間知らずだわ……。
「ところで、十五人しか入れないって言っていたけど、私は入れるんだよね?」
「それは……。」
突然、お母さんが絶叫した。
「あーー!申し込み、忘れていたわ!大変だわー!」
おいおいおいおい!それは困るよ!
「周りの人に、怒られちゃうよ!」
お母さんは焦りつつも、パソコンを操作した。いろいろ動かして、ようやく、にっこり顔になる。
「ごめんね。でも、入学を許可しますって。」
画面をのぞくと、ちゃんと、「入学のお申し込みありがとうございます」と表示されていた。
なら、いいけど。もう、危なかったなあ。
「じゃあ、気を取り直して。……ミラール女学園は歴史が長くて、今年で九百七十五年目なんですって。」
「すごーい。伝統校だね。あれ、伝統学園の方がいい?」
「どっちでもほぼ同じよ。歴史が長いから、きっといい教育をしてくれるわ。……って、あーー!」
またもや、お母さんが絶叫した。
ちょっと、今度は何?
「もう六時なの!時間が経つのは早いわ。ティラノルが帰ってきちゃう!アリー、夕食作りを手伝って!」
えっ、もうそんなに!
驚いて時計を見ると、長針は「0」、短針は「6」を指している。
窓から外を見ると、もう暗くて、うっすら夕焼けが見えた。
本当に、そんなに経っていたんだ!
「うん!もちろん!」
私は驚きつつも、即答した。
ティラノルは、私のお父さん。島で一番大きなレストラン「ナロトゥセ・ロメドナン」で、料理を作っているんだ!
お母さんの料理もおいしいけど、お父さんの料理は絶品!
あ、レストランの「ナロトゥセ・ロメドナン」は、「何でもレストラン」という意味。何語かは分からないけど、実際、和食や中華料理、イタリアン料理、フランス料理・・・・・・全部食べられるよ。
「ちょっとアリー。突っ立っているヒマはないわよー。」
いっけない!夕食作りのお手伝いをしないと!
手を洗って、お手伝い開始!
「夕食は何を作るの?」
お母さんに尋ねると、お母さんは材料をドン!とキッチンに持ってきた。
なになに……?豚肉、じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、エリンギ、にんにく、ルー……これはっ……!
「もしかして、カレーライス!?」
「そうよ。あなたの大好物ね。」
「やったぁ~!!」
そう。私はカレーライスが大好き。カレーライスには目がない。カレーライスのためなら何だってするくらい!
今日も嬉しくて、ピョンピョン飛び跳ねる。
「ほらほら。早く食べたかったら、準備を手早くね。」
「は〜い!」
私は早速、じゃがいもを手に取った。
「ふう……。やっと終わった……。」
じゃがいもの皮むきは包丁でやったから、ものすごく難しかった。
おまけに、心配性な私は、切るのもかなり遅い。
結果、じゃがいもを切り終えたときには、お母さんはその他の材料を、すべて切り終わっていた。
「じゃあ、じゃがいもを鍋に入れてね。」
ざるに入っていたじゃがいもを、ドサドサッ、と鍋に流し込む。
「ルーを入れるまで、かなり時間があるわ。どうする?遊んでる?」
「うん。遊びたい。」
「分かったわ。入れるときには呼ぶからね。」
「はーい。」
階段を上り、二階の私の部屋に入った。
お母さんには、あんなふうに言ったけど、正直、遊びたい気持ちが湧いてこない。
そのまま、ベッドにゴロン、と横になった。
ふと、ミラール女学園のことが頭に浮かんでくる。
魔法って、どんな感じで習うのかな?
どういう魔法を習うのかな?危なくないよね……?
友だちや先生はどんな人?
そもそも、その学園で、私はやっていけるの?
数え切れないほどの疑問が出てくる。
どうしたら、このもやもやは解消できるの?
……分からない。分からないよ……。
さっきから自問自答しているけど、「自答」が全然できていない。
どうしたらいいのも分からないのに、私ってこのままで、大丈夫なのかなあ……。
ああ、もうイヤ!こうやって、ずっとウジウジしている自分がイヤ。
それは分かってる。でも、直せない。
「はあぁ〜〜……。」
ため息をついて、うつ伏せになってみたけど、何も変わらない。
あーあ。今までは、こんなに悩むことなんて、なかったのに。
エミとミーシャと、思いっきり遊んで。
お父さんとお母さんと、楽しく暮らして。
大嫌いなジゴンとの言い合いは、いいものじゃないけど、なかなかスカッとしたな。
人間として必要な教養は、全部お父さんとお母さんが教えてくれた。
どうしても、行かなきゃいけないの?
さっきまでは期待していたくせに、わがままな考えまで浮かんでいる。
本当に、こんな私がイヤ。ウジウジするところも、切り替えられないところも、すぐ気分が変わるところも、全部全部、イヤ!
足をバタバタしても、本を読んでも、テレビを見ても、歩き回っても、何も変わらない。そりゃ、当然だよね……。
自分への嫌悪感と、ミラール女学園への疑問でモヤモヤしていると、下から、お母さんの声がした。
「アリー!ルーを入れて〜!」
「は〜い!!今すぐ行くね!!」
私は意気揚々と、階段を駆け下りていく。
あんなに落ち込んでいたくせに、カレーライスの話になると、途端に元気になる。
そんな私は、結構単純なんだよね。
「よ〜し!か〜んせ〜い!!」
大好物のカレーライスは、煮込み終えて、お皿に盛り付ける。
くぅ〜!この温かくて、ほっこりするこの香りが、大好き!
ワクワクしてお皿を机に置くと、玄関のドアが、ガチャ、と音を立てて開いた。
「ただいまー。」
お父さんが帰ってきた。
「あ!おかえり!」
「おかえりなさい。」
玄関の方へ顔を向けると、お父さんの笑顔が見えた。
ああ、よかった。おとといの落ち込みを全然、感じさせない。
実は、お父さんって、すごくドジ。
あちこちに体をぶつけるのはしょっちゅうだし、何もないところで転ぶことも、ある。
たま〜に、頼まれた料理とは別の料理を作ってしまうことも、ある。
それでもクビにならないのは、お父さんが優秀なシェフだから。本当にすごいよねぇ。
……しまった。話が脱線しているよ。
そうそう、お父さんはおととい、頼まれたのとは全く!違う料理を作ってしまった。
しかも、そのお客さんは気難しい上に、すぐカッとなる人だったらしい。
おまけに、その人が大嫌いな食べ物が使われていた料理だったから、大激怒だったみたい。
「このレストランったらサイテー!」とか、「信じられない!!人としてどうかしてるわ!!」などと、散々ひどいことを言った挙句、「ここには二度と来ない!さっさと潰れろ!!」と、お金も払わずに出ていってしまって……。
そのことで、料理長にみっちり怒られたから、ものすごく落ち込んでいたの。
そのときは、大変だったな……。枯れ枝みたいにげっそりしていて、家の空気が暗かった……真っ暗だったよ……。
ネットで、レストランの評判をのぞいてみたら、案の定、星1の悪口だらけの新しい投稿を見つけた。
たしかにやりすぎだけど、お父さんは、決してわざとじゃないんだよ。そこをわかってくれると、ありがたいんだけどな……。
まあ、とにかく、今日のお父さんは元気だ。
「おっ、今日はカレーライスか。おいしそうだな!」
「ええ、そうよ。食べましょう。冷めてしまうわ。」
そうだね。急げ、急げ!
滑るようにいすに座り、カレーライスをほおばった。
「いっただっきまーす!!……あ〜、最高!おいし〜!」
とろけるように甘いけど、ほんのり辛い。この味がだ〜い好き!
パクパク、パクパク、夢中で食べ続け、私は早速二杯目をよそう。
パクパク、モグモグ、食べていると、お父さんが聞いてきた。
「そういえば、どこの学校に通うんだい?」
お母さんが口を開く。……ん?なんか変。
「ふぃふぁーふふぉふぁふへむほ。」
「お母さん!飲み込んでからしゃべってよ。汚いよ!」
私はピシャリと注意した。
お母さんは、大人っぽく見えて、実は結構子供っぽい。こうやって、私に注意されることも、時々あるんだ。
もう、しっかりしてよ。
そう思っていると、お母さんはカレーライスをゴクッと飲み込み、今度こそしっかり言った。
「『ミラール女学園』よ。」
「『ミラール女学園』?知らないなあ。」
お父さんは首を傾げた。無理もないよ。私たちだって、なかなか見つからなかったんだから。
この機会に、知ってもらおう!
「そこはね、魔法学校なの!」
案の定、お父さんは驚いて立ち上がった。
「えっ!魔法って、実在するのか!?」
叫ぶのと同時に、
「……イッター!!」
机の脚に、足をぶつけた。
出たっ!お父さんのドジ!
我が家の食卓は、すぐに騒がしくなった。
お母さんが止めにかかる。
「落ち着いて!ティラノル、一回座りなさい。魔法は実在するし、内容も分かりやすくて信用できたわ。」
「……はい。イテテテテ……。」
お父さんは涙目になりながらも、素直に椅子に座った。
「……まあ、アリーは賢いし、優しいから、どこでもやっていけるさ。何より、美人だからなあ。」
お父さんの言葉を、私は適当に聞いている。
ふ〜ん……へ?
「ちょっと、お父さん!?『優しい』はともかく、賢くないし、美人じゃないって!」
我に返った私は、お父さんにあわてて言う。
だって、仮にそう思っても、結局上には上があるんだもん。「うぬぼれるのは時間のムダ」っていう言葉もあるんだよ。
「ハハハ。アリーの一番のいいところは、謙虚なところかもな。」
もうっ!お父さんったら!
「マリーもそう思うだろ?」
「ええ、そうね。」
お母さんまで!!
「違うし、恥ずかしいよ〜!」
私が頭をブンブン振ると、お母さんが、あっ、と声を上げた。
「手が止まっているわ。早く食べないと、冷めちゃうわね。」
はっ!!
途端に頭が冷えた私は、再びカレーライスに食らいつく。
ああ、おいしいよ。
ほんっとうに最高!!
翌朝。カーテンから柔らかい光が漏れている。
ベッドから降りて、適当に服を引っ張り出した。
私は、あんまりおしゃれとかなんとか、興味がないんだよね。
服も、着れればいいや、って感じ。極端に変じゃなかったら、なんだって着るかも。
今着たのだって、上は白い無地の長袖、下は紺色のジーンズだ。
ああ、もう。外見について考えるのはあんまり好きじゃないよ。めんどくさい。
ちょっとモヤモヤしながら階段を下りると、お母さんが本を読んでいた。
「おはよう。お母さん。」
お母さんは本から顔を上げ、ニッコリと笑った。
「アリー、おはよう。
「え?ほんと?」
サッと机を見ると、たしかに手紙が置いてある。
昔は、地上の郵便局の人が持ってきてくれていたみたいだけど、遠すぎて、みんな音を上げたらしい。
ということで、聞き分けがよく、マライカによくいるハッピーを使うことになったんだって。
ハッピーの子供は手紙など、軽いものを運ぶけど、大人は重い荷物はもちろん、人を運ぶこともできるよ。
地上とマライカの行き来は、この大人のハッピーを使うんだよ。
あ、そうそう。手紙ってなんだろう?
「なんの手紙なの?」
「ミラール女学園の手紙よ。」
手にとって見ると、しっかり「ピュロウ世界立 ミラール女学園」と書かれていた。
わあ、そうなんだ!
昨日はウジウジしていたけど、カレーライスのおかげで、今は少し、学園にいい印象を持っている。
やっぱり私って、単純。
「開けてみたら?」
お母さんが言うので、言われた通りに開けてみる。
どんな内容かな?
アリエノール・ブラシングさま
当学園にお申し込みいただき、ありがとうございました。
入学認定を致します。
入学証書 アリエノール・ブラシング イエシエー十六年 五月十日 生
学園に入学することを認める
イエシエー二十六年 三月二十三日
ピュロウ世界立ミラール女学園学園長 フローレル・アヴィガン Florel Avigan
当学園の新入生は毎年十五人で、寮には三人部屋が五つあります。
あなたのお部屋は「ベラドンナ」の部屋です。忘れないように。
当学園の新学期は四月五日です。午前九時三十分〜十時の間に、保護者一名とともにこちらへお越しください。地図を同封しておりますので、ご心配なく。
持ちものは以下の通りです。
・二、三日分の服(夏まで過ごすため、半袖+羽織るものがよい)
・筆箱(何も入れない)
・二、三枚のハンカチ
・二、三枚のフェイスタオル
・二、三枚のバスタオル
・歯磨きセット
・ヘアバンド
・髪を結ぶゴム(必要な人)
・ヘアブラシ
・腕時計
・おこづかい(500H《ハット》がよい)
・この手紙
持ちものは、別にお届けするキャリーバッグに入れてお持ちください。持ちもの以外の必要なものは、全て当学園でご用意いたしますので、ご安心ください。
服装は、新入生は私服、保護者は礼服でお願いいたします。
では、ご入学をお待ちしております。
ピュロウ世界立ミラール女学園学園長 フローレル・アヴィガン
持ち物はキャリーバッグに入れるの?すごい!
一回でもいいから、持ってみたかったんだよね。
「あ、でも、まだキャリーバッグが届いてないなあ。」
と、つぶやきながら頭をかいたとき。
バサバサッ、と羽音がした。
「ハッピーだわ。何かしら?」
お母さんが振り向く。
気になって外に出ると、かわいらしい鳥がちょうど、舞い降りてきた。
青く、ツヤツヤした羽毛。つぶらな瞳。馬ぐらいの大きさ。
間違いない、大人のハッピーだ。
そばには、私の腰ぐらいの大きさの荷物がある。
「ピィー!」
ハッピーはかわいい声で鳴いた。
「いつも運んでくれて、ありがとね。」
頭をなでて、好物のくるみをいくつかあげる。
ハッピーは嬉しそうにくるみをつまみ、バシッと快音を立てて、飛び去っていった。
フフフ、かわいいな。
微笑みながらハッピーを見送ったあと、荷物に目をやる。
うーん、何だろう。こんなの、お母さんは頼んだっけ?
……あ。まさか……。
急いで荷物を家の中に持ち込み、開けようとすると、お父さんがやってきた。起きてきたばかりなのか、寝癖が爆発している。
「おはよー。あっ、荷物?ハッピーが持ってきたのか?」
「おはよう、お父さん。そうなんだよ。今から開けるね!」
興奮気味に話したけど、お父さんは顔をしかめた。
「開けたい気持ちはよーく分かる。でも、あとにしてくれ。」
お父さんが時計を指す。
あああっ。もう七時四十五分!朝ごはんを食べなきゃ。
「お母さーん!七時四十五分だよー!」
「なあに?……あっ、本当ね!朝食を食べなきゃ!」
もちろんっ。準備だ、準備だ!
朝ごはんを食べたあと、リビングで荷物を開けてみる。
どれどれ……。やっぱり、キャリーバッグだ!当然、差出人はミラール女学園ね。
「何に使うの?」
「何のためだ?」
お母さんとお父さんが、同時にたずねてきた。
そっか。二人は、持ちもののことを知らないんだ。
「このためだよ。」
送られた手紙を、二人に渡す。
しばらくすると。
「これらの持ちものを、そのキャリーバッグに入れるのね。」
黒く、側面に小さな赤いリボンが控えめについた、ソフトキャリーバッグ。それを指で指しながら、お母さんが言った。
「今日は三月二十三日だから……十三日後だ。案外時間がないなあ。」
えっ!もうそんなに!?何となく、一か月はあると思っていたのに。
「十三日はあっという間だ。今日から準備したほうがよさそうだな。」
ドジなお父さんが言うことじゃないと思うけど。まあ、お父さんの言うとおりだ。
「よーし!頑張るぞー!」
最初からいいスタートを切りたいから、早速やるぞ!
私はこぶしを突き上げた。
どんどん時間は経つ。一日なんて短い。
あっという間に、四月五日になった。
六時半に、目が覚めた。
今日も適当に服を引っ張り出して、一階に降りる。
まだ、お父さんもお母さんも、起きていないなあ。キャリーバッグの中を確認しよう。
服、筆箱、ハンカチ、ヘアバンド、タオル……よし。全部ある。
じゃ、身だしなみでも整えよう。さすがにそれぐらいはやらないとね、人間としての基本だし。
洗面所でバシャバシャと顔を洗い、髪もとかした。
鏡の中には、いつもと変わらない自分がいる。
だけど目は、やる気に満ち溢れていたんだ。
「最初が肝心だよね。」
鏡の中の自分に向かって、私は言う。
気のせいだろうけど。鏡の中の自分は、ニコッと笑った気がした。
不思議な気分だなあ、心がふわふわしてる。
そんなことを思っていると、ちょうど後ろでは、お父さんとお母さんの声が聞こえた。
「あら?アリー、おはよう。もう起きていたのね。」
「おはよう。今日は入学式だな~。ちゃんと寝られたか?」
「えへへ、まあまあかな。二人とも、おはよう。」
「よし!入学祝いとして、おいしいフレンチトーストを作るぞ~。」
「やったぁ!」
「それは楽しみね。」
私たちの何気ない会話。それも、しばらくはお別れだなあ。
しゃべりながら、ふと思う。
学園入学前。
最後の朝ごはんの時間だ―。
午前八時五十分。お父さん、お母さんと一緒に家を出た。
お父さんはお仕事があるから、見送りだけして、入学式にはお母さんが出席する。
私とお父さんは私服だけど、お母さんは立派な礼服だ。
私たちはおしゃべりしながら、ハッピーの停留所、島の玄関に向かう。つまり、島の玄関はマライカの出入り口なんだ。
すでに、エミやミーシャなどの友だち、その保護者や見送りの人がたくさん集まっていた。
やっぱり、マライカの学校には誰も行かないみたいね。まあ、当たり前かも。
そこで、マライカで一番えらい長老に道のりを再度伝え、ハッピーの準備をする。
「お母さん。ちょっと散歩してもいい?」
「いいわよ。時間前には戻ってきてね。」
大好きな私のふるさとを、もう一度めぐった。
ああ、本当に行くんだね。
島の人たちが見送ってくれるのは目に見えるけど、何だか自然まで見送ってくれるみたい。
舞い上がる桜の花びら。真上にかかる虹の橋。「頑張ってね。」って言っているようで、嬉しいな。
しんみりしていると、「よっ!ちびっこアリー!」という、生意気な声がした。
まさか……。
慌てて振り返ると、赤色の髪、銀色の目、からかうような表情でこちらを見ている、少し年上そうな男子がいる。
やっぱり、ジゴンだった。
ムカつく!
「あんたに言われたくないよ!バカッ!」
近くにあった小石を拾い、ジゴンに投げつける。
「イテッ!おお、怖~な。せっかく来てやったのに、ホント可愛くねえやつ!」
だったら「ちびっこ」は言うんじゃないわよ!
「あんたに散々足を踏まれたし、散々描いた絵に落書きされたし!このくらい、自業自得です!!」
私がまくし立てると、ジゴンは舌打ちをした。
「せっかく見送ってやろうと思ったのに……何なんだよ……。」
ふーん。
「へぇ〜……あんたにもそういう『いいところ』があるんだなあ。へぇ~っ!」
わざと、からかってみる。
「さっきからうるせぇな、お前!それと、お前のためじゃねぇからな!」
「いや、あんたからの見送りなんて、期待してないから。あ、それより……あんた顔赤くない?」
さっきから、妙に変だ。
私がよく見ようと、顔をグッと近づけると、ジゴンはそっぽを向いた。
なおさら、変なやつ。
「まあ、あんたの意地悪ともお別れだね。寂しいなぁ。」
私が思いっ切り皮肉を言うと、ジゴンはあっという間に、いつもの意地悪な表情に戻る。
「へえ。んじゃ、俺と同じ学校に行く?」
そう言われた瞬間、私の顔が真っ赤になるのに気づいた。
「無理に決まってるでしょ!足、踏んでやろうか!?」
キーッ!!皮肉を潰してからかいやがって!!
「冗談、冗談。煽る能力は俺のほうが上みたいだな。」
「んもう!いつか絶対、あんたを言い負かしてやるー!」
本当に私って、単純。でも本当に、こいつ生意気!
もどかしさで地団駄を踏んでいると、エミとミーシャがやってきた。
「なあに?またやり合っていたのね。」
「ヤッホー、アリー!……わあ!」
ミーシャがあきれたように言い、エミは早速コケた。
「エミ……そこで転ぶ人、誰もいないよ……?」
全く、私のお父さんにそっくり。本当にどこまでドジなんだか。
「ごめん、ごめん。」
あ、もう起きたの?エミは立ち直りは早いんだよね。
「まあ、エミのドジはいつものことだし。それより……またジゴンとケンカしてたの?」
「……だって意地悪なんだもん。」
ミーシャに的確に言われ、私は少し小さくなる。
「本当に仲良しなのね。お似合いかも?」
「いや、仲良しじゃないって。」
それより、「お似合い」って何?
聞き慣れない言葉に私は首を傾げたけど、ジゴンは再び顔を赤くすると、どっか行ってしまった。
「変なやつ。」
「逃亡したわね、照れ隠しよ。」
二人であきれる。
それより、さっきからミーシャの言っている意味が分からないんだけど・・・・・・。
「ミーシャ。純真なアリーに、そんなこと言ったって分かんないってば。」
ひたすら頭の中に「?」を浮かべていると、エミが言った。
「それもそうね。」
ミーシャは頭をかく。
ますます意味が分からないよ〜。
「あ!そろそろ出発みたい!行こう!」
元気よく、エミが声を上げた。
だいぶしゃべったしね。時間かも。
「よ~し!走るぞ〜!」
私は叫んで、島の玄関へ一直線。
「あっ、待ってよ!」
「不意打ちは禁止でしょ~⁉」
二人とも文句を言いつつも、楽しそうだ。
一番乗りに島の玄関にたどり着いて、振り返る。
こちらへ走ってくるエミとミーシャ。たくさんの友達と保護者たち。見送りの人々。
その上には、この地が誇る、輝いた景色が広がっていた。
色とりどりの春の花。緑が鮮やかな植物。澄んだ川。たくさんの生き物。一点のくもりもない、青い空。
当たり前に見ていた、この自然ともしばらくお別れかあ……。
名残惜しく見ていると、とうとう長老が「出発をするよー!お別れの準備をしてー!」と、声をかけてきた。
行ってきます、頑張るね、とみんな家族に言う。
私もお父さんのもとへ駆け寄って、宣言した。
「お父さん!私、頑張るよ!応援してね!」
「もちろん。ちゃんと勉強するんだぞ。アリーなら大丈夫だと信じているからな。」
「うん!」
お父さんと微笑み合い、また島の玄関へ戻った。
みんな、次々とハッピーに乗りこむ。「ミラール女学園」と書かれているハッピーには、すでにお母さんがいた。私はお母さんの前に乗り、荷物は一番前に置く。
多くの人が見送ってくれた。「行ってらっしゃい。」「気をつけて!」など、たくさんの言葉をかけてくれたから、安心して学園に行ける。
何だか寂しくなるけれど、私がちゃんと決めた道なんだから、胸を張っていこう。よし。
今日もよろしくね、ハッピー。
心の中でつぶやくと、ハッピーはバサッと翼を広げた。
「じゃあそれではー……行ってらっしゃーい!」
長老の掛け声とともに、ハッピーが動き出す。
「行ってきます!」
私と同じく、みんなも「行ってきます!」と大声で叫んだ。手を振っている子もいる。
どんどん下に下がり、冷たい風が肌をなでた。ふわっと髪が舞い、マライカは見えなくなった。
友達みんなにも、私は叫ぶ。
「私は頑張るよ!みんなも頑張って!」
私の声は届いたのか、みんなも次々に叫んだ。
「分かった!頑張るよ―!」
「あたしにも言わせて!何事も諦めないでね―!」
「初心を忘れずに―!」
「―。」
そして―誰の声も聞こえなくなった。
数十分後。私たちと荷物を乗せたハッピーは、地上に着いた。ミラール女学園まであと少し。
お母さんはくるみをあげて、ハッピーを見送った。
私は初めて来たこの地に、目を見張る。
見たことのない植物や、動物がいっぱいいたんだ。
「きれいね……。でも、そろそろ行かないとね。」
お母さんも感心していたけど、すぐに地図を取り出した。その声で、私も我に返る。
「……こっちだわ。」
「うん。行こう。」
私たちは方向を確かめて歩き出した。
と、言うわけでずっと歩いているけど、学園どころか、建物すら見えない。
だから、イライラして叫んじゃった。
「アリー。そんな大声出したら、動物たちがびっくりしちゃうわよ。」
あーあ、お母さんにも注意されたし。何だかがっくり……風もザワザワ、うるさいし。
でも。
あのときのことを思い出すと、またやる気が出てきた。
これから、何が待っているかなんて分からない。嬉しいこと、楽しいことかもしれない。つらいこと、苦しいことかもしれない。
だけど、私の晴れ姿を見るために―素敵な未来へ送るために、お母さんは見に来てくれたんだよね。
他の島のみんなだってそうだ。私のことを応援してくれている。私だって、エミやミーシャたちのことを応援している。
だから、何があっても、立ち向かってみよう。
「学園生活、頑張るぞお!」
アリーのドタバタ魔法生活! 港丘凪咲 @firinionn
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