9.Violence/傷つける

 それは突然起こった。何かが爆発したかのような轟音が家の中で突然響いた。僕の隣で一緒に勉強をしていたミクが飛び上がって驚く。僕も驚いたが、努めて表情には出すまいとした。ミクを余計に不安にさせたくない。

「玄関の方からだ……」

「僕が様子を見てくる。ミクはここで待って、て……」

 ミクの表情はいつもと同じ無表情に近い。だがその瞳には明らかに不安の色が浮かんでいた。それに、僕の服の袖をぎゅっと握っている。

 1人にするのも良くないか。

「……分かった。一緒に行こう。静かにね」

「うん」

 何かの機材の事故ならばいい。ただこの街のことだ。強盗なり何なりがこの家に強引に侵入してきた可能性もある。今はカミラがいない。だからその場合は、僕が何とかしなくては。

「ミク、武器は持った?」

「うん」

 カミラは僕たちに、いつでも手に届くところに自分の武器を置いておくように教育した。僕はいつも訓練で使っている拳銃、ミクは小ぶりなナイフだ。流石にこの状況で地下まで武器を取りに行きたくはなかった。カミラの教えに本気で感謝すると同時に、こんなに早くそれを活かすことになったことを憂いた。

 物陰に隠れて玄関の方を慎重に伺う。そこには2人の男がいた。1人は金髪の痩せた男で、四肢と頭の一部を機械化していた。もう1人は岩のような巨体で、毛髪らしきものが見て取れない。

「ガキどもを探す。ボブ、見張ってろ」

 痩せた男がそう言うと、目を閉じた。最悪のパターンだ。理由はわからないが、彼らがこの家を訪ねてきたのはどうやら僕たちが目的らしい。物が目的なら隠れてやり過ごすこともできたが、僕たちが目的ならそれは出来ない。彼らは僕たちを何とかして見つけようとするだろうから。

 (どうしよう、ケイ……)

 (……大丈夫、勝機はある)

 小声で囁くミクを安心させるべく僕は答える。

 彼らは鍵のかかった玄関を突破するのに随分と大きな音を立てた。確かにここは都市郊外で人通りも少ないが、かといってゼロじゃない。

 (あれだけ大きな音だ。誰かが通報しててもおかしくない。それにカミラが帰ってくるかもしれない)

 (……じゃあ、それまで隠れているの?)

 うん、と答えようとして、違和感を覚える。どうして彼らはこんな派手な方法でドアを破ったんだ?これじゃあ、彼らは自分で制限時間を設けたようなものだ。手早く僕たちを捕まえなくちゃならなくなる。

 いや……、手早く僕たちを捕まえる算段がある?

「まずい――ッ!」

「ボブ、攻撃しろ。殺すなよ」

僕はミクを押し倒すようにしてその場から飛び退く。その直後、僕がさっきまで覗き込んでいた部屋の入り口が

「ケイ!?大丈夫!?」

「……うん、平気だよ。ミクは?」

「私も……平気」

 部屋に土煙が充満している。僕たちはお互いの体の状態を素早く確かめ合った。かろうじて軽傷で済んだみたいだ。僕はミクを背中に庇うようにして立ち上がりながら、さっきまでいた場所をよく見る。

「これは……玄関のドアの破片?」

 ドアの破片を投擲したのか……?それであの衝撃?くそ、どんな馬鹿力だよ……!

「おいボブ!……くそ、生きてはいるみたいだが……」

 向こうも慌てている。向こうは僕たちを生きたまま捕まえたいみたいだ。さっきのはまともに食らったら死んでたぞ。

 さっきの攻撃の直前に思いついた通り、奴らには僕たちの位置を感知する何らかの技術があるようだ。これでは隠れ続ける作戦はもう無理だろう。かといって逃げ回るのも現実的じゃない。

「ケイ……」

 僕は傍らに立つミクの方を見た。それから、右手に握った銃を見た。死ぬ前の僕なら、きっと何の抵抗もせずに捕まっただろう。この家に来る前の僕なら、ミクを逃がすために自分を囮にしていたかもしれない。でも今は違う。

 ミクを守り、生き残る。

 そのためには、奴らを倒すしかない。




 

「おい、大人しくしろ!」

 

 僕たちはさっきまでいた部屋を勢いよく飛び出した。そして走りながらも右手に持った銃で男たちに向けて連射する。

 スローになった世界は、射撃するにあたって途轍もないアドバンテージを与えてくれる。が、流石に走りながら標的に命中させるのはまだ難しかった。男たちは物陰に身を隠してしまう。

「くそ、銃をもってやがる!」

 慌てる男の声を聞きながら廊下の角を曲がって、近くにあった部屋に転がり込んだ。理由は不明だが、彼らは僕たちを殺したくないみたいだ。ならそれを利用する。こんな風に相手を牽制しながら逃げれば、距離をとることはできる。

 だがそれで稼げる時間はわずかだ。部屋に入る直前に角を曲がったので、僕たちがどの部屋に隠れたのかは彼らには見えていない。しかし彼らには僕たちの居場所を探知する技術がある。ここが見つかるのも時間の問題だ。だからこそ急がなければ。

 




 デイビスは苛立っていた。子供を捕まえるだけの簡単な仕事に思ったよりも手こずっているからだ。子供たちを見つけてボブに軽く攻撃させれば、子供たちは震えあがって容易に捕まるだろうと考えていた。しかし実際にはボブは力加減を誤って子供たちを殺しかけるし、子供たちは子供たちで武器を手にして逃げようとしている。

 厳重な防犯システムを突破するのを嫌って、ボブに扉を派手に破壊させたことも、今は後悔となってデイビスの苛立ちに拍車をかけていた。警察が来るかもしれない。保護者も戻ってくるかもしれない。こんなことならもっと静かにやるべきだった。

「くそ……」

 悪態をつきながら廊下の角を曲がる。子供たちはこっちの方に走っていった。近くの部屋に隠れているのだろう。デイビスは再び子供たちの居場所を探ろうとする。デイビスの探知能力は音を使ったものだった。耳、および脳に埋め込んだ機械によって聴覚を飛躍的に向上させ、隠れた敵を探し出す。スカルフェイスから与えられたテックの一つだ。デイビスは集中するべく目を閉じようとして……、右側にあったスライド式のドアがわずかに開く音を聞いた。

 バン、バン、バン!

「くそが……!」

 デイビスは慌ててドアから離れる。右肩に一発被弾したようで、焼けるような痛みが走った。

(こっちが居場所を探知できると読んで、逆に不意打ちしてきたか……!)

 ドアは今は閉まっているが、ドア越しに発砲は続いている。

「おい、ボブ!このドアをぶち破れ!」

 デイビスの後ろを歩いていたボブは被弾しなかったようで、平気そうにしている。デイビスの大声での指示が効いたのか、ボブは即座に行動した。サッカーボールを蹴るかのように左足で踏み込み、右足で目の前のドアを蹴りぬく。轟音が響いて、中の様子が見えるようになった。

 その部屋は寝室のようだった。ベッドと小さな机、壁際には大きめの衣装棚が置かれている。ベッドの裏に子供が隠れているのが見えた。特徴的な赤毛がちらりと覗いている。

 これで終わりだ。デイビスは思わず笑みを浮かべた。

「大人しくしなガキども。ここに逃げ場はない。あの不意打ちはよかったが……まあ、相手が悪かったな」

 デイビスは油断していた。所詮相手はガキだと。だからこそ、に気づくのに遅れた。

 衣装棚からナイフを持った少女が飛び出してきていた。





 はじめから、逃げ切れるなんて思ってなかった。だからこそ狙ったのは不意打ち、ゲリラ戦だ。そして、こんな僕の不意打ち程度で連中を倒せるとも思っていなかった。はじめから、本命はミクだった。

 連中の探知によってミクの隠れ場所がバレるのが一番の不安だったが、最初の不意打ちの時に上手くそれを誤魔化せたようだ。

 連中の探知方法はおそらく音によるものだろう。そもそも壁越しに人の存在を探知できる力は限られる。そして男が探知を行っている際、目を瞑り、何やら集中している様子だった。

 特殊な装置を使わないということは、探知方法は五感によるもので、さらに視覚に頼らないとなれば嗅覚か聴覚か……。となれば、まず聴覚を増幅させる類のものだろうと予想がついた。この家には僕たちの匂いがあちこちに染み付いているだろうから。

 そんな予想を立てた僕は、不意打ちが失敗した後も銃声を鳴らし続け、連中の探知を妨害した。

 そして今、ミクの刃が男に迫る――。

「こ、の……!舐めるなガキがァ!」

 男は神がかり的な反応を見せ、ミクのナイフを懐から取り出したナイフで受け止めた。そのまま鍔迫り合いのような格好になる。ミクはまだ非力だ。徐々に押さえ込まれつつあった。

 男の顔にまた余裕が戻っていく。だがまだだ。

 僕は

 速度を落とした世界が僕の目の前に広がる。僕は銃を構えて、ゆっくりと男の眉間を狙った。そうだ、この瞬間、男の動きが封じられた今が好機――。

「この距離なら外さない」

 銃声が響いた。

 

 

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