8.Dirty work/汚れ仕事
先進都市エデンの貧困層が住まうスラム街、その一画にひときわ大きな建物があった。他の建物がトタン屋根の掘っ立て小屋同然のものであるのに対し、その建物は非常に大きく、又豪華なつくりであった。普通ならば、他のスラム街の住人からの反感を買ってもよさそうなものだが、壁に大きく描かれたドクロのマークが、その反感を押さえつけていた。
その建物の最上階は会議室になっていた。5人ほどの男たちが、長テーブルの椅子に座って話している。入口のドアから最も置く側に当たる席に、顔に大きな傷跡のある男が座っていた。
その男は「スカルフェイス」のトップに当たる人物だった。スカルフェイスという名の由来であるドクロマスクは、元々は彼がその傷跡を隠すために被り始めたものである。
彼はかつて一人の傭兵だったが、このスラム街に金儲けの機会を見出してからは、危険な傭兵をやめ、仲間を募ってスラム街を支配するようになった。
スラム街は金になる。何せどいつもこいつも金がなくて余裕がない。だからやりたい放題できる。若くて力のあるやつにはテックを与えて危険な仕事をさせた。当然報酬はほとんどない。テックの料金という名目で搾り取るからだ。力のない奴は、どこぞの富裕層へ売りに出した。紹介料という名目で、スカルフェイスに金が集まる仕組みだ。
たまに若い者が
そんなスカルフェイスだが、今回はまずい状況に陥っている。
「……それで、例の計画はどうなっている」
「はい。いつでも実行に移せます。あとはチャンスを待つだけです」
傷跡のある男が部下に尋ねれば、部下が淀みない口調でそれにこたえる。
「全く厄介な問題を抱えたものだ。まさかあの『
「仕事をある程度こなして、気が大きくなっていたようですね」
「問題を起こした二人組はどうなっている」
そう問われ、部下はすらりと何の感情も込めず答える。
「拷問の後始末し、見せしめとしました。死体に残った改造部分は専門の医者と取引を」
「いいだろう」
肉体改造を施した死体には当然改造した部分が残っている。そうした部分は通常廃棄されるが、それを通常よりも安い値段で買い取る者もまた存在する。肉体改造は基本的に医者の仕事なので、そうした者の多くは医者を名乗っている。
スカルフェイスにとって、スラム街の若者など金を稼ぐための道具に過ぎない。道具が問題を起こせば処分される。そこに一切の慈悲はない。
「お前ら、この状況は確かに危機だ。だが、同時にチャンスでもある」
傷跡のある男――傭兵時代にスカーと呼ばれた男――は、その場にいる全員に向けて重い声で告げる。
「『リッパー』と敵対することになれば、俺たちも相当の損害を覚悟する必要がある。評判じゃあ、奴は容赦って言葉を知らんらしいからな。だが、今は状況が変わった」
そう言って、スカーは長テーブルにタブレット端末を投げるように置き、ある映像を流す。それはとあるレストランの監視カメラの映像だった。客が食事を楽しむ中、突如現れる強盗。強盗は幼い少女を捕えようとして、その少女の保護者に腕を切り飛ばされる……。そこでスカーは映像を止める。
そこに写っていたのはカミラ、ケイ、ミクの3人であった。
「あの『リッパー』がガキを連れている。しかもこの怒り様だ。よっぽどこのガキどもが大事なんだろう」
スカーが歪な笑みを浮かべて続ける。
「これがうまく行けば、あの女も俺たちに歯向かおうなんざ思わないはずだ。それどころか、脅してうちで働かせることも出来るかもな」
スカーは、画面上のケイとミクを指差す。
「ガキどもを拐うぞ」
カミラはケイとミクの二人を家に置いて、1人で墓所に訪れていた。そこには大きな石碑がいくつか設置され、多くの死者の名前がそこに刻まれている。入口付近には案内板が設置されていたが、カミラはそれを見ることなく、迷いのない足取りで墓所の中へ進んでいく。
やがて1つの名前が刻まれた石碑の前でカミラは立ち止まった。手に持っていた花束とお菓子を供える。そして、石碑に手を添えながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「最近、子供を保護してね。一緒に暮らしているの。ケイとミクっていう、男の子と女の子。二人とも、すごくいい子よ。きっと、貴方ともいい友達になれたと思う……」
俯いて、目を閉じて、誰かに語り掛けるように話していく。ゆっくりと、ゆっくりと。
「でもね。……貴方のことを忘れたわけじゃない。きっと、もうすぐだから。だから待っていて」
石碑に手を添えていた。まるで祈るように。縋りつくように。
「きっと、すぐに会いに行くから」
だから待っていて。
デイビスという男にとって、この仕事はあまり気乗りするものではなかった。
対象の子供を生かしたまま捕まえる。
別に人拐いという仕事に罪悪感を覚えるわけではない。スラム街で生まれたデイビスにとって、この手の仕事は見慣れたものだ。それは相手が子供であっても変わらない。
デイビスにとっての不満は、この手の仕事は簡単すぎるということだ。相手が子供ならなおさらである。こんな仕事に自分を駆り出さなくとも、その辺の駆け出しにでもやらせればいい。
(仕事仲間はこんなだしな……)
デイビスはもう1つの不満である仕事仲間の方を見た。その男はボブと呼ばれていた。2メートルはあろうかという巨体で、その全身が屈強な筋肉と脂肪で覆われている。
(イかれた薬漬けの筋肉だるまめ。ヘマしてくれるなよ)
ボブはその巨体をスカルフェイスに見込まれ、度重なる薬物投与からなる肉体改造を受けた。その影響で思考能力が低下しており、今もその視線は宙空を彷徨い、口はだらしなく開きっぱなしである。
(ビックになろうにも、こんな仕事ばっかでろくに稼げもしねぇ。スカルフェイスは俺を舐めてるんだ。いつか見返してやる……)
デイビスには夢があった。生まれ育ったスラム街を抜け出し、大金持ちになるという夢が。スカルフェイスに入ればその夢を叶えられると思いきや、回されるのは雑用のような仕事ばかり。一度金が入っても、装備代などの名目でスカルフェイスに回収されて、手元に残るのは僅かだけだ。こんなことでは、いつまでたっても今の生活を変えることはできない。
(くそ、まあいい……。とりあえずこの仕事を終わらせるか)
デイビスは、対象の子供が住んでいるとされる家の監視を続ける。すると、家のガレージに停まっていた車が出ていくのが見えた。車内に子供の姿は見えない。保護者が家を出たのだろう。となると、子供は留守番中だ。
「……チャンスだな。ボブ、行くぞ」
ボブは返事をせず、ぼんやりとした表情を浮かべている。デイビスが溜息を吐いてその頭を殴りつけると、ようやくボブは動き出した。二人で慎重に、かつ自然に家に近づいていく。玄関についたデイビスは、ドアに手をかけた。ロックされている。想定内だ。
「ボブ。やれ」
デイビスに声を掛けられ、かつ背中を叩かれたボブは拳を握る。そして、その拳をドアに
響く轟音、ドアは爆発したように粉々になって吹き飛んでいた。
「さっさと済ませるぞ」
二人は家の中に入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます