7.Slow-Mo/スローモー

 この状況どうするか。

「おい、大人しくしな!騒いだ奴から撃つからな!」

 外食をしにレストランを訪れた僕たちだったが、そこの運悪く強盗が現れた。強盗の男二人はドクロのマスクを被って、よくわからないとげとげのついたジャケットを着ている。世紀末ヒャッハーな人たちっぽい。

「金を用意しな!今すぐだ!」

 彼らはお金が欲しいらしい。何もこんな客の多い飲食店を狙わなくてもよかろうに。僕の向かいに座っているカミラが呆れたようにため息を吐いたのが見えた。隣のミクはなんだかわからずきょろきょろとしている。

 金を用意するよう命じられた店員は、慌てるあまり相当手間取っているように見えた。男の一人が焦れているのが目に見えて分かる。やがてその男が辺りを見渡し、こちらのテーブルの方に視線を向けた。嫌な予感がする。

「おいガキ!こっちにこい!」

 彼はそう言って、ミクの方に手を伸ばした。まずい。人質にでもする気か。ミクは反応できていない。

 やるしかない。

 僕は。あの時、怪物と戦った時のように。世界が減速する。僕は懐に忍ばせた銃を構えて――

「は……?」

 男が呆然と自分の腕、否、自分の腕のあった場所を見つめる。僕はカミラの方を見た。カミラは右腕を挙げた状態でただ座っている。その右腕は。その刃から血が滴り落ちている。

「ぎゃああああ!俺のう、腕がぁぁああ」

「て、てめぇ!よくもやりやがったな!」

 強盗が悲鳴を上げてうずくまる。カミラは席から立ち上がると、右腕の刃をうずくまった男に向けながら言う。

「その汚い手で、その子に触るな」

 冷たい声だった。あまりに普段と違うので、僕はそれがカミラの声だと気づくのに数瞬遅れた。

 肉体改造。この世界ではありふれている技術で、カミラの右腕の刃もそれによるものだろう。ただ僕は、カミラがいつ腕を変形させたのかも、いつ男の腕を切断したのかも見えなかった。

 傭兵。この街で汚れ仕事をするという事の意味を僕は身に染みて実感した。

「お前が触れようとしたその子はね。今日の外食を本当に楽しみにしていたの。なのにお前たちはそれを邪魔して、台無しにした……」

 氷のような無表情で、カミラは強盗たちに告げる。

「大人しく消えるか、この場でバラバラにされて焼却場に放り込まれるか選びなさい」

 強盗たちは逃げた。僕は、カミラだけは絶対に怒らせないようにしようと誓った。ミクもさすがに少し顔を青くしていた。




 あの後、店員さんはカミラにいたく感謝して、無料で料理を振る舞ってくれた。曰くあの強盗はあのレストラン付近を根城にしているギャング「スカルフェイス」の一員ではないかという事だった。ドクロのマスクを見るに、まんまだなという感想を抱く。

 外食が台無しになってしまって申し訳ないとカミラは謝ったが、ミクはどんな形であれ皆と美味しいものが食べられて満足だったらしい。

「美味しかった。みんなも美味しかったでしょ?なら何も問題ない」

 といって、ほくほく顔だった。良かったね。カミラもほっとしたような顔をしているし、とりあえずこの外食は成功に終わったといっていいだろう。これからも、ミクにいろんな経験をさせてあげられたらいいな。そんなことを思いながら、僕たちは帰宅の途についた。


「……ケイの、あの動きは……まさか」




 



 数日後、僕は射撃場で銃を握っていた。まだ体の小さな僕でも扱える拳銃で、正面に見える的を狙う。的の頭に当たる部分にはたくさん穴が開いていた。

「そこまでにしましょうか、ケイ」

 カミラが僕に声をかける。

「わかった」

 僕は素直に応じて、銃を置く。夕食の時間だろう。

「今日はどんな夕食にするの」

 ミクが僕の隣にぴったりとくっついて尋ねてくる。

「羊の肉を焼いて……、あとはお昼の残りのスープかな」

 この前のお出かけの時に食材をいくらか買ってからは、料理は僕の担当になった。カミラは最初それを遠慮したが、彼女自身全く料理が出来ないということと、ミクが僕の料理をひどく気に入ったことを受けて、しぶしぶ納得した。

「いつもごめんねケイ。私も何か手伝おうか?」

「あ~、いや、大丈夫だよ」

 僕がこの家で料理を始めたばかりの頃、カミラが同じように手伝いを申し出てくれたので、僕もお願いしたのだが……あれはひどかった。正直あまり思い出したくない。それにだ。

「カミラには恩があるから。これくらいしないとね」

 本心だった。一緒に暮らし始めた当初はカミラの目的が分からず疑ったりもしたが、今では僕もカミラのことを信頼するようになっていた。

『私は、その誰かがどれほど立派な人だとしても、あなたに生きていてほしいわ』

 あの言葉に、嘘はなかったように思えた。それに、レストランでミクが人質に取られかけた時の表情も、とても嘘ではなかっただろう。

 相変わらずカミラの目的はわからない。だが、それは少なくとも僕たちを害するものではないと思うのだ。

 僕の言葉に、カミラははっとしたように目を丸くしてから、寂しそうに微笑んだ。

「本当にあなたは……ありがとうね」

 カミラはよくこんな顔をする。とても悲しそうに、辛そうに、笑う。その表情の理由は分からないけれど、いつかは話してくれるのだろうか。

 ミクが僕の袖を引っ張った。おなかがすいたのだろうか。彼女が僕の顔をじっと見つめている。僕とカミラは苦笑して、階段の方に向かった。早く作ってやらないとな。ここまで楽しみにされると作り甲斐がある。

「ケイ」

 カミラが僕に声をかけた。何だろう。彼女は何か、覚悟を決めたような、何かを決心したような表情をしていた。


「話があるの。夕食の後、私の部屋に来て」




 夕食を食べると、ミクは早々に眠ってしまった。僕はミクがベッドで眠ったのを確認して――ミクは眠るまで僕と一緒にいたがるのだ――、カミラの部屋に向かった。

 ドアをノックする。返事があったので、僕は部屋に入った。カミラの部屋はこぢんまりとしていて、これといった特徴もない。目につくのはベッドと、奥に置かれたpcぐらいだ。そのpcの前に腰掛けていたカミラは、椅子ごとこちらに振り向いた。

「疲れてるだろうに悪いわね、ケイ。どうしても話しておきたいことがあって」

「大丈夫だよ。それで話って?」

 僕は近くにあった椅子に座りながら尋ねた。椅子に座ると、近くにあった小さな本棚が目に入った。この世界で本棚とは珍しい。この世界の書類は皆電子データになっていて、小さなチップ状になっていることがほとんどだ。当然、チップに本棚は必要ない。本を見る。いずれも絵本のようだ。タイトルは……『ケイ王子の大冒険』?

「話っていうのはね、あなたの力についてよ」

 少し意識を本棚に奪われていた僕は、その言葉にどきりとした。僕の力……。言われて思いつくのは一つしかない。

。そんなことはない?」

 まさにそれである。なんでばれたのだろうか。

「……どうしてそれを?」

「レストランで、貴方が銃を抜く動作がから。……能力については、研究所の資料で知ったの」

 レストランの時か。確かにあの時は、なりふり構っていられる状況ではなかった。あの時の僕の動作を見ていれば、違和感を感じるのも無理はない。……ただ、能力について、どこか嘘っぽく感じた。

 実の所、僕はこの能力を隠していた。最近ではカミラを信用するようになったが、それでも話していなかった。この能力は僕にとってのジョーカーなのだ。場に出せば一発で形勢を逆転させる可能性があり、しかしそれが知られればその効果はだいぶ落ちる。

 ただまあ、知られてしまってはしょうがない。カミラが裏切る可能性は低いだろうし、どの道カミラに裏切られたら終わりである。

「……そうだね。カミラは、それを知ってどうするの?」

「どうもしないわ。ただ、少し忠告をしようと思って」

「忠告?」

 どうしたんだろう。忠告と言われると、なんだか怖い。

「あなたのその力は、脳の認知機能と伝達機能を一時的にブーストさせるものよ」

 それで周囲の景色がスローに見えたり、その中で僕が素早く動けたりするのか。そうなると、そのリスクについてもおのずと見えてくる。

「そんなことをすれば当然、あなたの脳や体に大きな負担がかかることになるわ。使いすぎは厳禁よ」

「わかった。気を付けるよ」

 まあ、気を付けるとはいっても、やむを得ない場合は使うだろう。使いすぎなければ問題はないみたいだし、僕の体なんかよりも大切なものはたくさんある。

 そんなことを考えていると、カミラがじとーッとした目をこちらに向けてくる。全く信じてなさそう。

「……私としては、今後二度とそれは使ってほしくないくらいなんだけどね」

「まあ、そうなったら一番だけど。そうならなかったら、その時はしょうがないよ」

「貴方は自分の体なんてどうでもいいと思ってそうだからなぁ……」

「そんなことないよ」

 本当に、そんなことはない。今はカミラとミクがいる。そりゃあこの世界に来たばかりの頃は、いつ自分が死んでもいいぐらいに思っていたが、今はそうじゃない。僕の死を悲しんでくれる人がいる。だから僕は簡単には死ねない。

 まあ、それはそれとして、自分よりもミクたちの方が大切なのは確かだけれど。

 カミラは溜息を吐いた。それでこの会話はお開きという事だろう。

「まあいいわ。……明日は私少し用事があるから、訓練はお休みね」

「わかった。仕事?」

「仕事……ではないんだけど。どうしても外せなくて」

 思えば、カミラが家を空けたことは僕たちが来てからはなかった気がする。よっぽど外せない用事なのだろう。

「了解。それじゃ、明日はミクと留守番をしておくよ」

「えぇ、お願いね。おやすみ、ケイ」

「おやすみ」

 夜の挨拶をして、僕はカミラの部屋を出た。能力のことをカミラに知られてしまったが、その代わりに能力についてさらに知ることが出来た。

 きっとこの力はカミラやミクを助けてくれる。使いすぎるなとカミラには言われたが、ある程度練習しておく必要はあるだろう。

 カミラにばれないように練習をする方法を考えながら、僕は眠りについた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る