6.Stay with me/そばにいて
研究所を抜け出した僕たちは、しばらくカミラと一緒に暮らすことになった。カミラの家は都市部の郊外に位置した一軒家で、元々一人で住んでいたとは思えないほど広いものだった。
カミラの家での日々は、結構忙しいものだった。訓練をつけるという彼女の言葉通り、僕たちはこの街で生きていくための知識や技能を身につけることになったのだ。
「ここが射撃場ね」
カミラの家の地下は、大きな射撃場になっていた。人型の的がスライドしながら移動しており、壁に様々な形の銃が立てかけられている。
カミラはそこから拳銃を手に取ると、グリップの部分を向けて僕に手渡してくる。
「銃は危ないものだけれど、この街じゃ銃を持たない方が危ないわ」
自分に手の中にある銃を見る。いつかこれで誰かの命を奪うのかもしれない。そう思った途端、銃がずっしりと重くなるのがわかった。
「それから、これね」
カミラはそう言いながら、小振りなナイフをミクに手渡した。
「身体能力をテックで拡張して、銃が通じない相手もいるわ。体術を磨けば、そんな相手にも対応出来るかも知れない」
ミクがナイフを握りしめて、こくりと頷く。銃が通じないような強い奴に襲われれば、僕なんかはあっさりと死んでしまうだろうな。まあそうなったらしょうがない。
カミラが、武器を手にした僕たちを見下ろしてにやりと笑った。
「エデンのどんな場所でも大手を振って歩けるようにしてあげる。しっかり着いてきてね」
銃声が射撃場に響き渡った。一番奥の標的が、頭に穴が空いた状態でスライドし続けている。僕は銃の構えを解いて、深く呼吸した。いつの間にか息を止めていた。
後ろで見ていたカミラが、ぱちぱちと拍手をする。カミラの隣に立っていたミクも、それを真似して拍手した。
「たった数日でここまで上手くなるとはね」
僕たちは様々な訓練を受けながら生活することになった。銃の訓練、体術の訓練、この世界の常識に関する勉強、テックに関する勉強などなど、その内容は多岐に渡った。
僕は銃に適性があったようで、僕の成績にカミラは少し驚いているようだった。
「ミクにしてもそうね。銃はここまでじゃないけど、体術の方は……凄まじい」
「むふー」
カミラがミクの頭を撫でながら言う。ミクもなんだかまんざらじゃなさそうだ。
カミラが言う様に、ミクは体術のセンスがずば抜けている。二人で組み手をすることもあるのだが、最近だとまず勝てない。それどころか、何をされたのかもよくわからないことすらあった。
銃に、体術。流石に兵士として生み出されただけあって、僕たちはそういった方面に強いのかもしれない。
僕は黙って自分の手元の銃を見つめた。誰かを傷つけるための道具。カミラが僕たちに教えようとしているのは生き残る術だ。それはわかっているけれど、もやもやとしたものを感じる。
「どうかしたの?」
カミラが尋ねる。
「カミラは……どうして僕たちにこういうことを教えてくれるんだ?」
「どうして、か……」
カミラは顎に手を当てて少し考え込む。髪が顔にかかって、表情は見えない。やがて彼女を顔をこちらに向けると、優しい口調で言った。
「あなたたちには生きていてほしいから」
その顔があまりにも優しく見えたからだろうか。
「……誰かを、傷つけることになったとしても?」
考えるよりも先に言葉が出た。それは僕がずっと考えていたことだった。
頭の部分に穴が空いた標的を見つめる。頭の中に、研究所の怪物の死体が浮かんだ。これから僕は、生きるために誰かを傷つけるのだろうか。誰かを傷つけてまで、生きる価値が僕にあるのか。生きてやりたいことなんて何もないのに。
カミラは僕の言葉を聞いて、辛そうに表情をゆがめた。それから、ぎこちなく微笑んで言う。
「私は、その誰かがどれほど立派な人だとしても、あなたに生きていてほしいわ」
「……でもそれは」
「ええ、正しくないかもしれない。でも、人って、心ってそういうものよ。合理性や正しさだけじゃない。ミクもそうでしょう?」
問いかけられたミクは、僕の方をじっと見つめてくる。それから、僕の方に近づいてきて、銃を握った僕の右手にそっと手を添えた。
「うん、ケイには、そばにいてほしい」
あまりにも優しい言葉だった。こんな僕にはもったいないくらいだ。まだ生きたいとは思えないけれど、少なくとも、生きなければならなくなった。今はそれで十分に思えた。
そんなこんなで、カミラの家での生活にも慣れたころ、僕たちは3人揃って外食をすることになった。「美味しいものが食べたい」というミクの希望である。研究所にいたときの約束は僕も当然覚えていたが、「研究所襲撃のほとぼりが冷めるまでは一応外出はやめておこう」というカミラの提案で、これまで先延ばしになっていたのだ。
ちなみにカミラは料理が苦手らしく、食事はジャンクフードが大半だった。(注文したら無人ドローンが届けにきた。すごい)ミクはそれでも目をキラキラさせて食べていたけれど、ジャンクフードで満足してしまうのも違うだろう。ちなみに僕はそこそこ料理が出来るが、食材がないのではどうしようも無かった。
僕たちは久しぶりにカミラの車に乗って街を移動していた。研究所を抜け出した時以来である。
「昼の街はどう?夜とはまた違うでしょ」
「……人がたくさん歩いてる」
ミクが通りを見つめて言う。研究所で生まれた彼女にとって、人が沢山いるような光景は新鮮なんだろう。そして、僕もこの光景には違和感を覚えていた。
「なんというか……治安が悪いっていう割にはみんな普通に歩いてるんだね」
「そうね。表通りはそこまで危険じゃないのよ。まあみんな銃は持ってるでしょうけど。でも、一本通りを入ると別世界ってことがよくあるわ。ギャング、浮浪者、精神異常者……何に出くわしてもおかしくない」
「……怖い街だな」
よくそんな街を普通に歩けるもんだ。まあそんな街だからこそ、生きていける人もいるんだろうけど。
車がレストランの駐車場に到着した。「サラ’sキッチン」という店名らしい。店名の書かれたネオンが昼間であるにもかかわらずぎらぎらと輝いている。店内はそこそこ盛況なようで、家族連れらしき人たちも見えた。僕たちはテーブル席に腰かけてメニューを見る。ミクはメニューに貼られたたくさんの写真に釘付けだ。僕も僕で、見覚えのない料理ばかりで何を頼むか迷ってしまう。そんな僕たちを見かねたのか、苦笑したカミラが言う。
「ここのお勧めはミートパイよ。個人的にはエデン1ね」
僕たちは、ならばそれにするかということで三人そろってミートパイを注文する。ミクはテーブルの上に置かれた食器をまじまじと見つめたり、辺りをきょろきょろと見渡したり落ち着きがない。そんなミクをカミラが笑いながらたしなめる。そんな二人を見ながら、僕は何となくほっと一息付けたような感じがしていた。研究所から抜け出しここまで訓練に励んできたわけだが、心のどこかでは気を張っていたんだろう。いつまた追手が来るかもわからない。カミラは大丈夫だといっていたが、それを完全に信じたわけではなかった。しかしこうして外出して、気の抜けたやり取りをする二人を見て、ようやく気を抜けたのかもしれない。それに、ミクとの約束を一つ果たすことが出来た。そういう面でも肩の荷が下りたような感じがした。
そんな風に僕がのんびり考えていた時だった。
「おい、お前ら大人しくしな!」
大きな声が店先で響いた。見ると、銃を持った男二人組が入り口付近に立っていた。
一瞬の静寂。それから、店内が悲鳴で包まれた。
「うるせぇ!殺されてぇのか!」
男の一人が天井に向かって発砲する。
やっぱこの街最悪だわ。
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