#029 : 厭世

「嘘でしょ…ジル?…裏切ったの…?」

私はよろけながらジルに問いかけた。


「……。」

しかし。私の問いにジルは応じなかった。


「…信じてたのに…ジル?ジルー!」

私はジルの胸にすがりつき問いただす。


「すみません…サクラさん…私も辛いのですが…仕事ですので…」

しかしジルから出た答えは残酷なものだった。


「…じゃあ…じゃあ!?…私はこのまま破滅するしかないの!?」

「……。」

ジルは私から窓の外に視線を移した。


外では激しい雨が降っている。

それはまるで私の心を反映しているかのようだった…。



ー 話は少し遡る…。



領主騒動から数日が経ち、街は落ち着きを取り戻していた。


しかし、そこに領主の姿は無かった。

当然ではある。領主は操られていたにせよ街の人々を襲ったのだ。

このまま領主を続ける事は不可能だろう。


そしてその日ー。

仕事で王都に行っていたジルが帰宅すると、ジルは複雑そうな表情で私たちに報告をした。


「…えと…ここ【オーミヤの街】や皆様のホームである【リンド村】を含む【サイータマ領】の次の領主ですが……私がその領主となりました。」


「ん?」

『え?』

「お?」

「へ?」

ビックリする私たち。


「もともと爵位的には私が次の領主になるというのはあり得たのですが、今回の皆様の活躍もありまして、王より勅命を受けました。」


「へー?」

『あー?』

「ほー?」

「おー?」

よく分かってないけど返事する私たち。


ジルは照れ臭そうに私を見つめて言った。

「サクラさん…領主夫人…なんてどうですかね…?はは…」


「ち…ちょっと…ゃめてょ…」

モジモジしながら狼狽える私を見た辰美が私を庇った。

「だ!ダメだ!」


「……。」

そしてすぐに私の中で葛藤が始まった。

玉の輿のチャンスが目の前に転がっている。

それに領主をバックに付ける事により、王との距離も近くなる。

これは世界征服を目論む私たちにとってはかなり大きい。


「…く…だ…ダメよ!ここを人生のゴールにはできないの!私にはまだまだやらなければならない事があるのよ!」

私はジルからの誘いを振り切り、エスト様を見つめながら話した。

エスト様は微笑んでいた。


「ふふふ。分かってましたよ。ここでサクラさんが目標を諦めるわけがない…とね。そんなところも含めて惚れてるのです。」

ジルは少し残念そうに言った。


ジルは話を続ける。

「私はこれからは領主として皆様の旅をサポートさせていただきますね。よろしくお願いします。」


「あ、じゃあ…このリンド村の私たちの家やその他諸々の請求書なんだけどぉ…お願いねぇん?領主のジ・ル・さ・ん。」

私はジルをツンツンしながら請求書を渡そうとした。


しかし!ジルからは驚きの答えが返ってきたのである!


「…サクラさん…すみませんが…それはできません。」


「え?なんで…?」


「これらはサクラさんの私的な利用に関するものなので…」

ジルは ど正論を言った。


「ぐはッ…」

『そりゃそうだ☆』

「ふむ…」

「ですよね。」

ど正論を言われてショックを受ける私と納得しやがる下僕たち。


さすがにこれを論破するのは不可能だと思った私はささやかな抵抗を試みた。

「…ぐ…ぐぅ…」

『ぐうの音も出るもん!って苦しい抵抗してる☆』


「嘘でしょ…ジル?…裏切ったの…?」

「……。」

私の問いにジルは答えなかった。



途方に暮れた私を見守るかのようにしばらくの間、部屋は静寂に支配されていた。


その中を動揺した私の声が静かな部屋に響いた。


「ど…どど…どうするの…?…こ…この10億…どうやって返せば…」

私は請求書を見ながら震えていた。


『「「「10億?どれだけ使ったんだよ!!!!!」」」』


「…ふぅ………しかたない…やるか……辰夫!辰美!すぐに支度をしなさい!行くわよ!」

私は決意を固め、二人に声をかけた。


「はい?」

「え?ど、どこに?」

怪訝そうな表情をする二人。


「決まってるでしょう?……サーカスよ。」

私は二人を見つめながら頷いた。


「「売る気かよ!!」」

膝から崩れ落ちる二人。


「私だって…大切なお前たちを失いたくないのよ!でもね…仕方ないの…仕方ないのよー!」

私も膝から崩れ落ち、そして嗚咽を漏らした。


そんな私たちを見ながらエスト様は爆笑していた。

『あはははははwww…一番珍しい生き物はお姉ちゃんだしwww』


こうして私は10億リフルの借金を背負った。

(※)1リフル=日本の1円と同じ価値



(つづく)

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