#021 : 盗賊団

温泉には馬車が止まっていた。

どうやら領主はすでに温泉を満喫しているようだ。


『うわぁ☆豪華な馬車だなー☆ いいなー☆』

エスト様が目を輝かせながら言った。


「え?そうですか?こんな馬車よりも、こっちの馬車達は飛ぶし、ブレスも吐けますよ?』


「馬車…達…?」

「…辰夫さん。なんかここまで来ると逆に気持ち良くなってきました。」

辰美は何かに目覚め始めていた。



しばらくすると村長と ご機嫌なおじさん達が出てきた。

どうやらこのおじさん達が領主とその用心棒といったところか。


「いやぁ!ここの温泉は最高だなー!村長!」


「気に入っていただけたようで何よりです。」


「我が領土にこんな素晴らしい温泉が出るとは!私も鼻が高いよ!はっはっは!」

領主はご機嫌のようだった。


ここでエスト様が切り出した。

『あの。領主様。ご挨拶宜しいでしょうか。』


私たちの姿を見た領主は驚き仰け反った。

「な!なんだお前たちは!?モンスターか?」


用心棒達がすかさず身構えたが、村長がすかさずフォローに入った。


「お待ちください!…領主様。こちらの方々は過去に我が村を救ってくださったリンドヴルム様とそのご一行様達となり、村の大切な客人です。さらにこの立派な温泉施設を作ってくれたのもこの方々です。」


「…ふむ。」

辰夫は少し得意気な顔をした。

そして、そんな辰夫を見た私はイラッとした。


『私の名前はエストと申します。旅の途中でこちらの村にやっかいになっております。』


「私はサクラ♪ この にもの ♪ 」

私も負けじとラップで挨拶をした。今日もライミングは絶好調だった。


『お姉ちゃん!何も申さないから!』

「ちぇッ…」

エスト様に抑止されると、私はアヒル口をした。



「と!とにかくだな!いつ襲ってくるかも分からないモンスターの話なんか聞かん!」


『私たちはこの村にお世話になってから誰にも迷惑はかけておりません。』

エスト様が反論した。


すかさず村長がフォローを入れてくれる。

「その通りです。先程ご報告させていただ温泉の工事からモンスター討伐、採集したモンスターの寄付とお世話になりっぱなしです。」


(ふむ。この村長、なかなかの人物だな。)

私は感心した。アヒル口のままで。



そして領主が核心に触れた。

「そ、それで!私に…い、いったい…な、何の用だ!?」


『えっ?』

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」



『………しッ!集合ッ!』

エスト様が皆に号令をかけた。



『…え?あれ?何の用だっけ?』

「…誘拐では?」

「…ふむ…。」

「…ノリって怖い…」

4人でアヒル口をした。



エスト様が慌てて取り繕う。

『ほ、本日は領主様にご挨拶をさせていただきたかっただけでございます。』


「そ、それならもう分かったから帰れ!」


「「「「はい。」」」」


私たちはトボトボと帰った。アヒル口で。



ー その日の深夜。


突然!外から叫び声が聞こえた。


「と、盗賊だー!」

「きゃー!」


カンカンカンカンカン!

叫び声に少し遅れて警鐘が鳴った。



『盗賊!?』

エスト様は飛び起きると、辰夫と辰美に指示を出した。

『辰夫!辰美!盗賊が村を襲ってるみたいなの!村人達を助けて来て!』

「承知」

「はい!」



『…あれ?お姉ちゃん?』

「…サクラ殿…?…居ないですね?」

「…えっと…?……この騒ぎ…サクラさんの仕業だったりして…。」


ー 部屋のどこにも私の姿は無かった。


『ま、まままままさかー!いくらお姉ちゃんでも…』

エスト様は否定しつつも、心のどこかであり得ると慌てた。


すると、同時に外から不気味な声が聞こえた。


「あーっはっはっは!!逃げろッ!逃げろー!そうだぁー逃げまどえー!この私から逃げられるものならなー!!!」


「ぎゃー!」

同時に悲鳴が聞こえた。



『お姉ちゃんだ…あの人…何やってんの…』

「サクラ殿…ま、まさか!?」

「サクラさんだ!やっぱりあの人ぶっ飛んでる!ちょっとカッコいい…」

辰美の様子がおかしい気がする。



3人は慌てて外に飛び出す!

…そして、盗賊団を縛り付けている鬼の姿が目に入った。

何を隠そう、その鬼とは美しい私の事だった。



「あら?3人とも遅かったわね。盗賊団なら全員捕まえたわよ。」

私は振り返りながら言った。


『良かったー!てっきりお姉ちゃんが盗賊団を率いて村を襲ってるのかと思ったよー!」

「「うんうん!」」


エスト様が腰を抜かして座り込むと、その後ろで辰夫と辰美が高速で首を縦に振っていた。


「小娘ッ!トカゲ共!後で覚えてろよッ!むきー!!!!!」



私は気を取り直して、説明をした。


「どうやら盗賊団の狙いは、だったみたいですね。」


私は情けない姿の領主に目を移すと、領主が言った。

「な、縄をほどいてくれ…」



すると、盗賊団の一人が言った。

「クソッ!俺たちは…そこの領主のせいで苦しんだんだ…」



「…ふーん…なるほどね。」

私は領主に近寄り、領主の顎に手を伸ばした。


「な!なんだ!……酒クサッ!!!」

領主は怯えている。


そして…私はその手を顎から頬まで伝わせる。

「…ふふ…領主様。私はね…権力者が私服を肥やすというのが…大嫌いなの…だからね?…これからは善政を心掛けると…約束しなさい。」


「ひぃ…」


次に頬から首に手を伝わせる。

「それから…この村を発展させる為に全力を尽くしなさい。技術者や農家、労働者を移住させなさい。……ふふ…領主…お前は私の強さを見たわよねぇ…?……


………辰夫ッ!辰美ッ!」

私は声を張り上げ、辰夫と辰美に無言の指示を与えた。


「ふむ。なるほど。」

「はははっ!」

辰夫と辰美はドラゴンの姿に戻り、領主を睨みつけた。


「ひ!ひいいぃっ!」


「私はこの2体の主。そして…何よりも美しく強い。こんな私を敵に回す覚悟があるなら…これまで通りに好きになさい…?」


「わ、わかりました!何でも言うことを聞きます!」


「あら?何でも?」


「は!はい!」


領主に顔を近づけ、耳元で囁く。

「…じゃあ…お前の領土を…全部…ちょうだい…?」

「そ、それは…」



私は仰け反りのけぞり笑いながら言った。

「あっはっは!冗談よ!お前が善政を尽くすなら何もしないわよ!」



そして、もう一度領主の耳元で囁きクスクスと笑う。

「…今は……ね…?」


「ひぃっ!」

これで領主を完全に掌握したと言って良いだろう。



さて、次だ。私はキッと盗賊団を睨み付ける。

「それから盗賊団のお前達!」


「「は!はい!」」


「お前達はこれから…私の配下となり働いてもらう。…私はこの村が大好きなの。村人に少しでも危害を加えたら…言わなくても分かるわよね?」


「「は、はい!」」


「ああ、断っても良いのよ。断れるものならね。」

辰夫と辰美にめくばせをすると、辰夫と辰美が盗賊団を睨み付けた。


「「わ、わかりました。」」



ー こうして人間の配下20人が増え、村の発展のために人材が送り込まれてくる事になった。



『お姉ちゃん!カッコよかったよー☆』

「うむ。」

「サクラさん大好きです!」

辰美の様子がやはりおかしい。


「いえいえ、遅くまで酒場で飲んでたらたまたま盗賊団が領主を誘拐してて、ラッキーって♪……あッ!そうだ!辰夫ッ…はいッ♪」

そう言うと、私は笑顔で辰夫に請求書を渡した。


「バイト代が…」

請求書を見た辰夫は泣き崩れた。



そしてこの日、エスト様は夢を見た。




「ー ああ………今度の……魔王は…失敗だな…。」




(つづく)

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