哀愁の水素Z
遊行 晶
哀愁の水素Z
203X年、この私もついに行政上は「高齢者」と呼ばれる年齢になった。身体に特に不具合は無いし、自分ではまだまだ気力・体力ともに充実しているつもりなのだが。仕事も三十代で脱サラして以来フリーランスで、大きく儲けてはいないが好きな事をそれなりにやっているのでストレスも引退もない。
子供時代から乗り物が大好きで十代の半ば頃からはオートバイにのめり込み、爾来今に至るまで趣味で様々なオートバイを所有し乗り続けてきた。乗り始めの頃から世話になっている親しいバイク屋もあるが、簡単な修理や改造は自分でもできる。自分で言うのも何だがベテランの部類のオートバイ乗りだ。
私の今の愛車は「水素Z」。今日も水素Zのエンジンに火を入れ、走っている。暑さも和らぎ、初秋の風が柔らかく心地よい。バイク屋に到着してヘルメットを脱ぎ、Zのミラーに被せていると、ちょうどオヤジさんが顔を出した。
「おう、今日はどうした?」
「ちょっとツーリングに行くんで、その前にオイル交換してもらおうと思って」
「そうかい、先に一台片付けちゃうからちょっと待ってな」
表の自販機で微糖の缶コーヒーを買い、新車、中古車、修理中の客のバイクがひしめき合う店内の、さらに隅の狭いテーブルセットの一脚に腰を下ろす。
思えばオヤジさんとも長い付き合いだ。十代半ばの免許取り立ての少年にとっては初めてのバイク屋の敷居は高く、到底乗りこなせるとは思えないデカいバイク達、いかついバイク乗りの常連客達がたむろする間を縫って店の奥にいるオヤジさんの前にたどり着いた瞬間の安堵と緊張を思い出す。客のバイクを修理中だったオヤジさんに、勇気を出して私は話しかけたものだ。
「あの、すいません、免許取ったんで400㏄で中古車を探してて…」
「おう、ちょっと待ってな」
バイクのエンジンの高さに目線を合わせてしゃがみながら手を動かしていたオヤジさんは、私を見上げてそう言った。知った客の顔を認めたときの第一声の「おう」と「ちょっと待ってな」の声音は五十年変わらない。思えばあの頃オヤジさんはまだ二十代半ばだったはずだが、自分が若い時分の年長者はずっと大人に見えるものだ。斯くしてオヤジさんは五十年前からずっとオヤジさんである。
缶コーヒーを啜りながらボケっと昔の事を思い出していたら、いつの間にか私のZが店内に引き入れられ、既に古いオイルが抜かれている最中だ。昔はオイル交換も自分でやっていたが、いつからか店に頼んでいる。必須のルーティン作業をプロに依頼する事は、馴染みの店の安定収入源にもなるし、店と客との定期的なコミュニケーションにもなるのだ。
「オイルはいつもの鉱物油でいいな?」
とオヤジさんに声を掛けられ、私は
「あ、はい、いつものでいいっす」
と答え、また物思いに戻っていく。
十数年前から地球温暖化の危機が叫ばれ、いや、そのもっとずっと前から「温暖化問題」はあったのだが、世界中で異常気象がいよいよ猛威を振るい出した(専門家でも立場によって諸説あるが)のと、環境活動家もそれまで以上に強く大きな声を上げ、世界各国がその対応を迫られたことで、化石燃料を燃やして稼働する機関はすべて、期限を設けて排除と規制の対象になった。
電気自動車も普及したが、幸いなことにそれ一辺倒にはならなかった。私は少年時代から、内燃機関の腹の中で燃料が圧縮され着火され爆発して動く乗り物が大好きなのだ。親戚の叔父さんの運転する車の助手席に乗せてもらったり、近所のお兄さんがバイクを洗車しているのを横で一緒に眺めたり、子供向けの第二次大戦期のレシプロ戦闘機の図解本を見たりするのが大好きだった(もっともその頃はまだエンジンの仕組みなど分かっていなかったが)。だから水素内燃式のエンジンが開発され生き残ってくれて本当によかった。
旧式のガソリンエンジンを水素で動くよう改造してくれる商売も現れた。ちょうど、電気自動車の黎明期にガソリン車を動力ユニットだけ積み替えて電気自動車に改造してくれる商売が登場したのと同じように。私のZもそれで水素エンジンに生まれ変わった。元々は1980年代初頭製、国産の1100㏄の、もちろんガソリンエンジンだが、市販の水素燃焼用のコンバート・パーツや、市販はされていないが水素燃焼車から取り出したパーツを駆使し、オヤジさんが生まれ変わらせてくれた。
エンジンの血液ともいえる潤滑オイルが新鮮になった水素Zは、快調な唸り声をあげている。この排気音、エンジンノイズ、空冷直列4気筒の鼓動感は、ガソリンエンジンとほとんど変わらない。排出されるのは基本的に水のみで、エンジンオイルの燃焼に伴うごく微量なもの以外、CO2は排出されない。アクセル急開時の加速はむしろガソリン車より力強いくらいで、右手とエンジンが直結しているかのような快感がある。これは着火しやすい水素の特徴を活かしたオヤジさんのセッティングによるところも大きい。水素対応インジェクターの吸気音だけはガソリンエンジンに慣れた耳には当初こそ聞き慣れないものだったが、アナログのレーシング・キャブレターの吸気音に似ていない事もなく、これもむしろカッコいい。満足だ。
東北道を順調に北上している。昨日オイル交換を終えて帰宅後、簡単な夕食もそこそこに数週間のツーリングを想定した荷物をパッキングした。といっても、基本的に泊まりはビジネスホテル等の宿泊施設の想定で、洗面道具は宿の物で事足りるし、洗濯はホテルやコインランドリーでもできるので旅の日数分の衣類を持つ必要もない。学生時代のツーリングでは必携だった野宿道具は持たない。バイクの整備は済んでいたので、つまり準備といっても数日分の着替え、道路地図(私はいまだに紙の地図を見るのが好きなのだ)、雨天用と防寒用の装備くらいのシンプルなものだ。これらをタンクバッグとリアシート用のさほど大きくない防水バッグに振り分けておいて出発の朝に積むだけだ。一応スマホくらいはライディングジャケットのポケットに入っているが、パソコンも本もない。旅の持ち物はシンプルなほうが、心も軽くなる気がする。
もうすぐ関東を抜け、東北エリアに入る。さっき、一瞬で体に当たる空気の感触がひんやりしたものに変わった。一定方向に走り続けているとき、気温や湿度が徐々に変化するのではなく、例え地形に劇的な変化がなくても一瞬で変わることが意外とよくある。ある同質の空気の塊から飛び出して、別質の空気の塊に飛び込むような感覚だ。これは、剥き出しの体と、それでいて人力では出せない速度で移動する、オートバイならではの経験だろう。こんな感覚をいつまでも味わいたかった。
先を急ぐ旅でもない。関東圏の市街地の混雑を避けたら、適当な所で高速道路を降りて田舎道を走りたい。東北に足がかかった頃、とある町のインターで一般道に出る。ずっと定速走行していたので油温計は安定して70℃台を示しており、老体の空冷エンジンには優しいコンディションだ。沿道に全国チェーンのレストランやガソリンスタンド(この呼び方自体は残っているが、今はガソリンの売上が激減しており、水素スタンドと充電スタンドと宅配集荷所を兼ねている)、ホームセンター、パチンコ店などが立ち並び直線が多かった国道は、いつしか対向二車線の道幅を保ったまま緩いコーナーが連続する林間の道になる。標高は高くなく、山道というほどではない。好みでバネもダンパーも少々柔らか目にセッティングした前後サスペンションが良く動き、それがシートやステップ等自分とバイクとの接点からしっかりと伝わってくることが心地よく、乗り手もバイクも快調に距離を延ばす。
向かいから、対向車線を一台のオートバイが近づいてくる。電動ユニットを積んだ比較的新しい年式のロードスポーツのようだ。排気音もなく「シューン」といった感じのモーターの回転音とタイヤの走行音が混ざり合ったような小さな音を発しながら、対向ライダーはすれ違いざま、左手で私にピースサインを出した。この時期に、やはり私と同じようにバイクが好きでツーリングしている奴がいることが、心底嬉しい。相手も同じ感覚だったようだ。もちろん私もピースを返す。
昔ながらの排気音を轟かせる私の空冷式水素Zと、ほとんど音もなく進むロードスポーツが同じ路上で行き違う。思えば不思議な光景だ。製造年でいえばほぼ半世紀の隔たりの両者だ。しかし一方の私のZも本来のガソリン推進ではなく最新手法の水素コンバート済みと、世情を反映している。
世間の自動車・オートバイ事情はここに至る過程で様々な手法が試され、消えていった。現在生き残ってこうして203X年の日本の路上を走っている車両(四・二輪計)は、ざっと電動車6割強、ガソリン車と、電気とガソリンのハイブリッド車が合わせて1割弱、水素内燃車3割(私のZは機構上これに当たる)といったところだ。欧米でも大きくは違わないが、あちらは電動車の割合がさらに高く、多様性に乏しい。日本ではメーカーの頑張りを行政も制度やインフラ面で後押しし、意外なほど水素内燃車が普及してくれた。再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」の生産・流通が増大したことも貢献した。外交でのガラパゴス化回避策でも健闘したため、日本製の水素内燃車は世界でも人気だ。やはり私と同じように、自動車やオートバイは単なる便利な道具ではなく文化であり、愛情の対象にも生涯の親友にもなり得る存在だと考える人々は世界中にいるのだ。もちろん、新しいものや電動車を生涯の友としてもいいし、愛していい。でもきっと、新旧の問題だけではなく、燃料の爆発による鼓動を感じながら走りたい人々の存在は、世の中の事情に関わらず不滅だということだ。
細かいことをいえば電動車の電源にも数種の異なる機構があるが、燃料電池車(FCV)の場合は水素と酸素の反応で発電するため、水素スタンドで発電の燃料となる水素を補充する事になる。水素はエンジン開発期は気体だったが、体積が数百分の一となる液体水素の保存・流通体制が整備され、実用的な航続距離が確保された。この水素は、私のZのような水素内燃車の燃料としてももちろん使える。インフラが整うには採算性も当然重要で、水素の利用率を高めて関連産業の収益を上げるために行政によって両者の互換性が図られ、元々全国にあって設備もほぼそのまま使えるガソリンスタンドが、FCV・水素内燃車両用の水素スタンドを兼ねるようになった。かくして私の水素Zも安心して腹が満たせるというわけだ。
お、珍しい。向かいから心地よく排気音を響かせながら一台のオートバイが向かってくる。電動ではない。さらに距離が詰まる。どうやら国産の古い空冷のガソリンエンジン車、CBだ。私のZと同じ時代のライバル。今度は私からピースを送る。相手もそれに気付き、ピースを返してくれつつ、すれ違う。
ちなみに、しぶとく生き残るガソリン車は、事情に明るくない人々からは「環境に悪さをしながら未練たらしく現世にしがみついて」と白い目で見られがちだが、現在では法規制によってほぼ全てバイオガソリンだ(ただしレギュラーでもリッター当たり千円を超える)。かつての化石燃料に植物由来燃料を混ぜたものとは異なり、全植物性でありながら旧来のエンジンも傷めず且つ化石由来と同等以上の燃焼性能を発揮する精製方法が確立されている。人類の対応能力は大したものだ。
水素内燃バイクは、日本の各バイクメーカーおよびドイツのメーカーが数機種を揃えたが、私のZのように元々ガソリン車なのを後で改造した車両となると極端に少ない。さっきのCBもオリジナルのガソリンエンジンの可能性が高い。時代の荒波の中でよく頑張っているものだ。ライダーと彼(フルフェイスのヘルメットで顔は分からないが、体格からたぶん男性だろう)の愛車に、親近感と尊敬の念が湧いた。
ガソリンを想定した従来型の内燃機関で水素を燃焼させるのは、当初はクリアしなければならない課題が多く各メーカーは難儀したが、いくつかの日本の自動車メーカーの努力により実用的な解決方法が編み出された。最大の問題だった、ガソリンに比べて水素の燃焼速度が速く異常燃焼が発生する点については、点火エネルギーが一定基準以上にならないと着火しない効果をもたらす燃料添加剤が開発され、それをシリンダー内への噴射過程で燃料と混合する新方式の水素燃料用インジェクターが実用化された。燃料タンクには仕切りが設けられ、水素燃料とは別にこの燃料添加剤も補充するのだ。可燃性が高い水素の漏洩を確実に防止するため、燃料タンクには堅牢性・防漏性の法的基準が設けられている。水素燃焼車は初めからこの車検項目があるが、私のZのような追加加工車は申請・審査が必要で、ナンバープレートにはその認証を表す「水」のシールが貼られている。
昔から「予約」が好きではなかった。オートバイでのツーリングで事前に宿を予約したことは記憶の限り一度もない。予約をしてしまうと、必ずその日にそこまで行かなければならないのが嫌なのだ。普段の仕事と変わらず計画的である事を求められているようで、せっかく自由な旅に出た意味が半減する気がする。今日どこまで行くのか決まっていないのがいい。途中で景色が美しい場所や楽しそうなことを見つけたら、その日に進める距離が短くなっても、そこでしばし足を止めたい。野宿がメインだった学生時代はそもそも予約すべき対象が無かったが、社会人になり多少の収入を得てからは旅先の布団というものも良いなと思え、徐々に野宿が減ってビジネスホテルや民宿などをよく使うようになった。でも予約はしない。ツーリング中は毎日飛び込みだ。日が暮れかかった頃に走っている先にある町で宿を探し、投宿する。
少し大きな町なら大抵数件は何らかの宿があり、部屋の空きも見つかる。初めての町でも慣れたもので、町の規模やつくりに応じてだいたいどの辺に宿があるか、私くらい旅慣れると鼻が利くものだ。うまく見付からなければ、交番でお巡りさんに聞く手もある。親切に教えてくれる。
もちろん、飛び込みというのは、たまに満室で断られる場合がある事を覚悟しなければならない。大きな町なら別の宿を探し、三つ四つと尋ねることもある。小さな町で一軒だけの宿が満室だったら、日暮れた後に次の町まで再び走り出すこともある。観光シーズンでもないのにこういう事が起きる場合も、たまにある。例えば一般の人々は知らない、何かの団体の大きな会合がその町である、とかいう場合だ。
旅に出る前に予約しないまでも、せめて今日の夜を過ごす町の目処がついたらスマホを使って宿を検索し、事前に電話したほうが早くて無駄がないだろう。でも私はそれをしない。せっかく自由な旅に出ているのだ。今日、人生で初めて会う人達と一瞬でも直接話をするのも良いではないか。
緩やかなカーブが続いた快適な林間の道路は再び市街地に入り、ちょうど日も傾いてきた。まだ少し早いが、宿を探そうか。最近は宿泊施設に限らず閉めている商業施設も多い。早めに部屋を確保して夕刻から夜の時間をバイクから降りてゆったり過ごすのも乙なものだ。そう、旅の初めから焦る事はない。私は道路標識の案内に従って、この小さな地方都市の鉄道駅を目指す。
ビジネスホテルや民宿の類は、やはり都市の玄関口である駅や港や空港、あるいは高速道路の出入り口付近にある事が多い。小さな町なら駅前広場沿いにあるパターンも多いし、広場から続く商店沿いや、少し大きな町だと町の中心から少し離れた幹線道路の周辺に散らばっていることも多い。
鉄道の線路を挟んだ駅の両側で、町の趣が全く異なるという場合も多い。一方はビルが立ち並び商店も多いが、宿泊施設は意外と見付からなかったりする。ところが、他方の反対口に回ると、明らかに暗く人通りが少ないが、宿屋が複数軒まとまって見付かったりする。あらためて、都市の成り立ちとは面白いな、こういう学問は何というのだろう、学んでみようかなどと一瞬思ったりするが、今となってはもうあまり意味は無いか、と思い直す。
日は既に落ちたが、西の方角にまだ明るさが残る空を見ながら歩き始める。鉄道駅から少し離れ、繁華街が落ち着いて商業地と住宅地が混ざり合ったような地域に、ビジネスホテルがいくつか散在している一角を見つけた。幸い一件目で空き部屋があり、すんなり確保した。バイクを駐輪スペースに入れ、部屋に入って荷を解き、ヘルメットの癖がついた頭髪を水で梳かしてまた部屋を出る。私はいつも素泊まりで部屋を確保したあと、バイクではなくゆったりと町を歩いて夕食の店を探す。今日走った道や風景やその他、取り留めのないないあれやこれやの思いを巡らしながら初めての町を歩く、この時間が好きなのだ。
唐突にバイク屋のオヤジさんの顔が浮かんだ。彼には家族があり、孫もいる。もう十年以上前から「そろそろ引退だな、体の至る所が痛ぇ」とボヤいていたが、結局常連客達の「ここが無くなったら俺達どこに行けばいいの?」という声に押されて店仕舞いは今まで引き延ばされ続けた。ついに決まった店仕舞いは、今月末だ。もう間もない。最後のオイル交換を終え、店を後にする際のオヤジさんとのやり取りが蘇る。
「あ~あ、やっと十年越しの店仕舞いだよ。こんなにこき使いやがって」
「ご苦労さんでした。長年、曲者揃いの客達の相手は大変だったでしょう。ゆっくりしてくだささい」
「ゆっくりたって、もう大して時間もあるめえ。まあ家族とでも過ごすさ」
私はといえば一度も家族を持たなかった。それで人生で一番愛したバイクと旅に出たというわけだ。というか、同じくらい愛した対象はいたかもしれないが、受け入れられたのがこの無機物からだけだったという言い方もできる…が、しない。まあ、もうどちらでもいいことだ。
「それで、お前さんは『最終日』はどうするんだい?」
「僕はお気楽な独り身ですからね。ずっとオヤジさんの世話になってきたこのZと旅の最中かもしれません」
「そうかい、そりゃバイク屋冥利につきるな。今までありがとうよ。ちなみにお前さんも立派な曲者の一人だよ」
と笑うオヤジさんに私も今日のオイル交換と長年の厚誼に対してとを兼ねた礼を述べ、どちらからともなく初めての握手をして別れた。
目の前の街並みに意識を戻すと、住宅地の中にぽつりぽつりとある商店の一つに、ちょうどよい定食屋を見つけた。店名を染め抜いた紺地の暖簾が掛かるガラスの引き戸から明かりがこぼれている。ガラッと開けると、作務衣姿で客席に腰掛けて店奥の天井近くのテレビに見入っていた店主らしき老人が振り向き、「いらっしゃい」と穏やかに言ってカウンターに入った。テーブル席にも座敷にも他に客の姿はなく、私はカウンターの席に腰掛ける。
「何にします?」
「まずビールの中瓶を」
「へい」
店主が中瓶とコップを私の前に置き、栓を抜いてくれた。透明なプラスチックのシートに入ったメニューからミックスフライ定食を注文する。
「旅行かね?」
「ええ、ちょっとオートバイで」
こういう商売の人は、私がTシャツにジーンズというさばけた出立ちで、旅行鞄を持っているわけでもないのに、地元の人間ではないと何故か分かるものだ。
「ほお、好きなんだね。私も若い頃少し乗ったよ」
「へえ、何に乗られてたんですか」
「マッハ。ありゃあ速かったね」
「先輩はマッハですか。煙幕を張りながら走るやつですね。僕はもうちょっと後のZです」
それから私は、時々カウンター内の店主と言葉を交わしつつ中瓶一本とミックスフライ定食を平らげた。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「そりゃ良かった。千八百円ね。『最終日』もオートバイかね?」
「そうなるかもしれませんね。ご主人は?」
「普通に店を開けるかな。五十年ずっとそうやってきたからね、変えるほうが何だか気持ちが落ち着かないさ」
不意に、つけっ放しの店内のテレビからニュースの音声が耳に届く。―『最終日』まであとひと月ほどとなりました、皆さんはいかがお過ごしでしょうか? どうか最後まで人間として、人類としての尊厳を失わず、心安らかに―
店を出て宿への帰り道すがらぶらぶら歩く町は、普段と何も変わりない。いや、正確には初めての町なので「普段」を知らないが、少なくとも非常時らしい様子は皆無という意味だ。だが、見上げる空にはもはやゴルフボール大にまで成長した小惑星teote-203Xが青白く光る。半年前はまだ他の星々と見分けがつかなかったのに。太陽とは反対方向から急速に地球に接近するこいつのお蔭で最近は月がなくても夜がやけに明るく感じる。
teote-203Xは火星・木星間の小惑星群から飛来した小惑星で、数十年前から存在自体は確認されており、将来的に地球の軌道に最接近するものの交差せずにすれ違うと計算されていたため、さほど危険視はされていなかった。ところが今年初め、地球近傍を移動中のteote-203Xが、小さすぎて問題視されていなかった他の小惑星とそれこそ天文学的な確率で衝突して軌道が変わり、地球の引力に捕らえられてしまったらしい事を、日米欧の宇宙機関がほぼ同時に確認した。
当初から多少の報道はあったが、春先まではまだ人類全体に危機感はなく、どちらかといえば科学マニアが中心の、SF映画的な関心の持たれ方が中心だった。ところが専門家による軌道計算や最接近時期などの情報が急増するのと並行して、米国の宇宙機関が衝突回避策を検討している事実が明かされた。次第に報道も本格化し、テレビのニュースでは連日専門家が登場し、米国で検討される回避策について解説し、世界中の人々も大いにざわついた。
地球温暖化や各国の経済やどこかの国の戦争やあれやこれやといったすべての問題はいったん「保留」状態となり、世界が歴史上初めて一つの問題に同時に真剣に向き合い始めた。だが、春が過ぎ初夏が訪れる頃、メディアで状況を解説する専門家の表情も苦痛の色を帯びていた。曰く、米当局の発表を引用し、「牽引方式」はteote-203Xを牽引し軌道を逸らすための探査機も実行手順も、いかんせん時間がなく準備できない。また「衝突方式」もteote-203Xが直径3400mと大きすぎ、且つ地球との距離が既に近すぎるので、ミサイルや核兵器等を打ち込んで破壊するとその副作用による被害が地球との直接衝突の被害に匹敵するほど甚大で、実行できないと判断した―。
北半球に夏が訪れる頃、世界中のほぼすべての人々が地球とteote-203Xとの衝突は避けられないことを認識し、また専門家や各国の宇宙機関によって地球上の衝突地点・衝突日時もほぼ正確に算出されていた。いつしかその日は各国の言葉で『最終日』と呼ばれるようになった。『最終日』とはいっても地球そのものが無くなる事はないが、衝撃で直接滅びる生物以外にも、その後の生物圏における環境の激変で、現在生存している生物種の多くが短期間のうちに絶滅していき、果たして中長期に生き延びる生物がいるのか、いないのか…。たとえ生き残ったとしても、その生活はすさまじく厳しい、と言われている。
最期が近づいても世界中で意外と普通に暮らす人々が多い。旅行をする者、家族と静かに過ごす者、なるべく普段どおり仕事や学業を続ける者。自暴自棄になったり、絶望感から自殺したり、犯罪に走るものもいるが、当初の世間の心配ほどには混乱は大きくない。人類は達観できたということなのだろうか。
食後の散歩を終えてビジネスホテルに帰り着き、敷地の隅の駐輪スペースに佇む私の水素Zに「お疲れさん」と声を掛け、部屋に戻る。
東北の美しい森、山々、里の道を水素Zで走り続けている。今日は旅に出て何日目だろう? 四日目だったか、五日目か。旅の初日は眠れない。自分の感覚的には適度に疲れていて、すぐにでも心地よく眠れそうな気がするが、意外とそうではない。きっと体は疲れていても神経が興奮しているのだろう。三日目頃から旅のリズムに身体が馴染む感覚があり、夜も熟睡できる。順調な旅が続き、ずっと天気もいい。水素Zのエンジンも問題なく、快調だ。CO2を出さずに、でも爆発の鼓動と排気音を私に伝え、流れる景色と空気とともに私をいい気分にしてくれる。素晴らしい。地球温暖化問題を機に人類は、こんな機構を開発し実用化できたとは。
さて、ここまで人類は頑張ってみたが、その結果、温暖化問題はどうなったのだろうか? そんな議論は久しく聞いていない気がした。今となってはどちらでも良いことだが…。
哀愁の水素Z 遊行 晶 @yugyo
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