第2話目
「麻里絵ちゃんったらモテモテねぇ」
「やだ、やめてよ。恥ずかしい」
お母さんは嬉しそうに私のわき腹をつついた。顔が真っ赤になる。何の話かって?そう、それは10分前のことだったわ…。
「綺麗にってどういうこと?」(詳細は第1話を読んでね!)
「お風呂入って、イケメンと電話して。うふ、麻里絵ちゃん。カッコいい彼氏持っちゃって。人生甘い方がいいもの。素敵ねぇ」
お母さんがニヤニヤと笑った。へ!?お母さん、悠里のこと何で知ってるの?イケメンと電話って…お母さん、知らない間にお風呂見に来ちゃったのかな。私言った覚えはないし。澄美枝が隠れて言ったのかしら。あぁ、恥ずかしすぎる!
「えーっと、ごめんお母さん。何の話?」
いい機会だし、彼氏のことも紹介しちゃえば良かったのに、私はやっぱり隠してしまった。何でもないフリして首をかしげた。あー、ばれてるとは思うけどね?
「うふふふふふふ!」
お母さんはニヤニヤ嫌な笑いをしながら見てくるだけだった。…悔しい。で、恥ずかしい。
「ほら隠さないでいいから。早く寝ちゃいなさいよ。明日も彼氏くんとラブラブするんでしょう?」
お母さんが、着けていたエプロンを取った。睨み付けてもお母さんはニヤニヤ笑うばかり。ま、明日も電話するけどね!
「…」
私は無言で、リビングを出ていこうとした。ようやくお母さんが笑いながら謝ってくる。
「今日は麻里絵ちゃんも疲れただろうから、ゆっくり休みなさい」
「うん!お母さんもありがとね。じゃ、おやすみなさい!」
「おやすみ」
私は今、木の匂いがする和室の前にいた。家にあったパジャマに着替えて歯磨きもしたから、寝る準備は万端だ。足を踏み入れた瞬間に、最初に目に飛び込んでいたのは、壁の真ん中に飾ってある一枚の作品。昔、私が学校で描いた絵画。どうやらお母さんと澄美枝が描かれているようだ。不細工で目と鼻のバランスがおかしいけれど、一生懸命描いたことが分かる。『大切な人』っていうテーマだったはずだ。澄美枝は『学校の七不思議』という本を抱えていて、お母さんは料理しているらしく、人参を持っていた。
「この絵、懐かしいなぁ」
今日は懐かしい、ばかり言っている気がする。ポツリとこぼれた言葉に微笑みながら、ゆっくり絵画を眺めた。絵画の隣には、私とお母さんの写真が飾られていた。澄美枝が撮ってくれたんだろう。小さい駄菓子屋さんの前で撮った、色褪せた写真だ。よく目を凝らして、背の低い小学生の私を眺める。ランドセルは赤で、黄色い帽子をかぶっている。お母さんは私と手を繋いでにこにこ微笑んでいる。…ん?写真のお母さん、現実にいる今のお母さんよりも髪が白い…?普通、歳を取るにつれて髪って白くなるよね?あれ、黒くなるなんてこと、あるの?
「染めたのかな?」
お母さんは髪を染めると痛むわよ、とよく言っていたから、一生染めないんだろうなって思ってたけど。そうよね、一応周りからの目も気にするだろうし。私はひとりでうなずいて昔使っていた布団を引き始めた。
ぺし、ぺし!
「んん…。何なの悠里。まだ深夜でしょ…?」
「ガルルルル…!」
耳元で吐息が聞こえて、ビックリして目を開ける。暗い部屋にこだましたのは、低い唸り声。
「もしかして、プリン?」
頭はまだ寝たままだけれど、飼っていた愛犬の鳴き声には敏感だ。すぐに体を起こす。
「ガルルルル!」
前は小さかったプリンが大きくなって私にすり寄ってくる。絡まりあっている毛たちを優しくほぐしてあげる。抱きつくと、ぽかぽかして温かい。
「久しぶり、プリン。元気にしてた?」
お母さんが起きないように、できるだけ小さい声で問いかける。頭を撫でると嬉しそうにくっついてきた。手を舐められる。ざらざらした感触がくすぐったい。
「ガルルっ!ガルルっ!」
「しーっ!プリン、まだ夜だから、静かにね。お母さんたちが起きちゃうから」
私がそう呟いた頃には、私の目も冴えてきて、プリンの顔も見えてきた。あれ?プリンの目って、こんなに細長かったっけ?
「プリン、電気付けようか?」
優しくそう言う。…だが、プリンは静かに部屋を出ていった。いや、おいおい(笑)。
「ふふ、さすがプリンね」
気まぐれなところも昔と変わらない。甘えるだけ甘えて、めんどくさくなったら逃げ出す。私と澄美枝が喧嘩した時も大抵違う場所にいて、余裕を持って遠くへ逃げだしていた。ま、それもプリンの面白いところなんだけどね。そんなことを考えていると…段々眠くなってきた。目を閉じると、感じたことのない違和感が目の裏を駆け回った。
第2話目おしまい
今宵、あなたは静かに死んだ。 夢色ガラス @yume_t
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