第7話『皮をかぶった男たち 後編』

 その皮をかぶった男は美しくもあり、醜くもある。おだやかでもあり、残虐でもある。多様でもあり、一様でもある。暁に色づく尖った耳と闇色をした唇だけが一続きにかぶさっているつややかな白い皮からはみ出している。赤い目が印象的だ。刹那的に錆びつつある走行機械の丸いボンネットの上。北極鰐の背骨を直線的に加工した碧いパイプを、闇色の唇にくわえてよろっと立ち、まぶしすぎて吐きそうだ、と金歯の隙間から、潮の貼りついた声を吐き出す。誇り高く、落ちついているようにもみえる。そして真冬の乾いた四角い太陽の角をめがけて、肩から下げた機関銃を乱射しはじめる。


 彼の今居る世界は四角い太陽によってもたらされている。と彼は信じている。四角い太陽はまさにたった今、黒く熱く輝いている。四角い太陽の下には、永遠の砂漠が広がっている。ドダダダドドダオ、ドドドド。・・・ゴゴ。砕けた空間の部分部分が、音や時間とともに地上に落ちる。皮をかぶった男は彼らと共存しているようで、寄生している。混ざっているようで、分離している。乱射の途中で、かぶった皮の目の穴のポジションをガサリゴソリと合わせる。違和感がとまらない。まったくやりにくいったらありゃしねぇ。何もかんもか定まらずにズレている。傾いている。偏っている。ゆがんでさえいる。マっすぐなものなど、何ひとつない。いわば、ぐにゃぐにゃ。視界はいつもひずんでるし、ゆがんでもいる。何をするにしても座標系が曲がっている。鼻はいつも、むず痒い。その違和感は広大な砂漠の中心におかれた丸いベッドの上に皺ひとつなくピンと張られた白いシーツのよう。指先でシーツの表面をていねいにたどる。ピンと張られているのにもかかわらず、柔らかくて丸いい。シーツを指の先っちょで奥に押しこむこともできる。指先に広がるすべての神経でわが世界とのズレぐあいを丹念にはかる。小さくはあるが、確かな違和感がそこにある。


 走行機械の脇で、時間とともに、色づき、奏でてゆく。アコーデオンの伴奏で、皮を身につけていない、つまり、機械にんぎょうの男女が抱き合ってワルツやタンゴを簡単なステップで何もなかったように踊っている。皮をかぶった男が、皮を身につけていない男女が踊っているところを次々に撃ちぬく。皮を身につけていない男女は体から半透明で緑色のドロっとした液体を流して倒れ込む。液体を流しながらもぎこちなく躍り続ける皮を身につけていない男女もいる。皮をかぶった男はボンネットから飛びおり、走行機械に乗り込んで分厚くて重い扉を閉め、永遠の砂漠を北へ走る。


 少しばかり走行機械を走らせると、小さな競技場ほどの雑草だらけの空地に出る。皮をかぶった男は走行機械を斜めに突っこんで駐停める。硬麻土壁造りの店に入る。キャンディ・ハウス。店内ではパブロックが演奏されている。店内は皆、一様に同じ形、背丈、動き、雰囲気、死生観。ある皮をかぶった男はカウンタの隅で眉間から血を流してつっぷしている。ある皮をかぶった男はステージ上でがなっている。ある皮をかぶった男は静かに砂花を食べている。店のはじっこに、イビツな形の椅子がある。店は一様ににぎわっている。皮をかぶった男は、砂花を食べている男のとなりに腰をかける。

「いよいよ俺は、想像力を殺すよ」

「ほう。殺せばどうなる」

「その先は想像できないね」

「相変わらず工場の言いなりだな」

「いいや、それが俺の意志さ」


 カウンタの隅にあるアンテナを載せた小さなブラウン管テレビを誰も見ていない。ディスプレイには砂嵐が映っている。

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