第8話『極上のセックス』

 涼しい昼下がり。風変わりなにんぎょう屋敷といったところだろうか。左右の腕の長さが違ったり、顔や足のサイズが異様に大きかったりといった体の部位の有様がアンバランスなモノや、均整のとれすぎたモノや、あるいは、あらゆる体の部位が欠落してしまっているモノが、立ったり座ったり横たわったりと無限に乱雑に居る。体中に四角い穴があいたモノも多数居る。共通していることは、いずれも皮を身につけていない機械にんぎょうということだけだ。ピエロ男は、それら無数の中の、眉間にぽっかりと穴があいた機械にんぎょうの前に立つ。


「あなたに、いたしましょうか」


 ピエロ男は眉間にぽっかり穴があいた、皮を身につけていない機械にんぎょうの肩をポンポンとやさしくたたく。眉間に穴のあいた男は、しばらくまっすぐ歩いて、イビツな椅子に丁寧に謝るように座する。ピエロ男は礼儀正しくうながす。


「失礼いたします。ご安心ください。死ぬ暇はあたえません」


 黄肌女はかがみこんで、眉間に穴のあいた男の背中に綺麗な指をそうっとさしこんで肉状の引き出しをゆっくりと引っ張り抜いて床におき、引き出しの中から布と針と糸と白濁液体の入った容器を取りだす。黄肌女の痩せた首には太い血管がうっすらと浮き出ている。黄肌女は手際よく布を丁度いいサイズに、フライスで切断し、新しい皮を形どる。ピエロ男は慎重に新しい皮を見渡す。


「ここは、ちょんぎっておきましょう」


 黄肌女は頷き、大きな鋏で左手首から先を切り取ると、眉間に穴のあいた男に新たな皮をかぶせて体に沿って周囲を縫いあわせる。


「これで剥がせません。自分以外では」


 黄肌女は、皮をかぶせられた男を椅子ごとひょいと持ちあげて狭い装置の中に連れ込み、中から扉を閉める。装置に入ってみると中はだだっ広い。空気はやけに乾燥している。皮をかぶせられた男もイビツな椅子も己のフォームを維持できずに形を崩す。イビツな椅子はベッドに姿を変え、皮をかぶせられた男は蒸発して闇となる。黄肌女は姿形そのままで、ベッドのうえに寝そべる。黄肌女は内瞼をとじ、心の空に朧気に浮かぶ青い月をじっと見ている。闇が煙りのように忍びこんでくる。湿気を含んだ生温かい闇が汗のように皮膚に張りついて、熱い男の舌でなめまわされているような気がする。闇は半流動と化し、耐えがたい重さで黄肌女の上にのしかかる。闇は待ちきれずに女の膝の間に割って入り、一気に自分のペニスを埋め込む。皮をかぶった男の記憶が忽然とよみがえる。いつもそうするように黄肌女は闇の首のうしろに手を回すとチャックらしきものに指先があたる。チャックを開けたその中は、何かざらざらしている。何かの鱗のようだ。黄肌女の呼吸が荒くなり、声がうめき声に変わる。女の喉元から鎖骨にかけて、青黒くそして柔らかで複数に分岐した太い血管が、指でつかめるくらいにくっきりと盛りあがり、うめき声のたびに、浮かびあがったり消えたりしている。黄肌女は細い太股の筋肉に力を入れて下半身を闇に密着させる。闇は痙攣を起こしたように突き続ける。黄肌女の美しい爪先が皺ひとつなくピンと張られた白いシーツの窪みに食い込む。ほどなく黄肌女の肉体が溶けだし、骨と内臓が露わになる。シーツは溶けた黄肌女でドロドロに塗れている。生臭い匂いが拡散する。闇は鎖骨の上に露出した青黒い血管を凝視している。狭い装置の扉がゆっくりと開く。プシュゥ。扉からエアが抜ける。


「初めまして。変身されたご気分はいかがですか。まずはこのツナギを着て、次にこれを飲んでください」


 ピエロ男は白濁液が入った容器を手渡す。


「これは世界の記憶です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る