第3話『スパイキな色白巨頭男』

 永遠の砂漠の片隅。砂丘陵の長い斜面の一角に、目眩がしそうな螺旋階段がある。その細い鉄製の手摺は錆びて塗装がはがれ落ち、長い時間をかけて甲板に浸食した穴のところどころから雨粒がぽつたんぽつたんと落ちている。何百億年ぶりかの長い雨。螺旋階段を所有する古めかしい水平屋根のカサドラム。キャンディ・ハウス。硬麻土が塗りこまれた壁、無数の土タン窓や砂鉄扉はいっさいが綴じられて外部との関係を遮断している。それら一団は全体的にのっぺりとしていて生命感が全くない。螺旋階段も硬麻土壁も、意志のない質量たちが暗黙のもとで集められて並べられ、現実の中に存在を付与されているに過ぎない。質量たちはじっとしている。風がふこうが、雨がふろうが、夜がなこうが、月が綻ぼうが。眠ろうとする意志を捨ててひたすらに寝る。存在理由を捨てて、ただ在る。そうして、現実の中に質量だけがとり残される。質量たちはじっとしている。執拗に執拗を重ねて。永遠の時間をかけて、じっとしていることに存在理由を認めだす。そして意志が芽生える。ただ生命感は全くない。


 そのカサドラムに比較的長方形な一室がある。その奥まりに、めぼったい銅髪を短くざんばらに刈りこんだ巨頭をしてそれを太い首でささえている、スパイキな肌白い男が無言で座している。存在の抜けた炭酸水をわずかに残した半透明の硝子瓶を片腕にもたげ、床上の空間に押しこまれた小さなブラウン管に貼りついている映像が彼の目に映りこんでいる。映像はモノクロ映画。作品名はわからない。スパイキな巨頭男は下着に上半身裸。古き良き時代の彫刻の様に美しいボディライン。左手の肘から先がなく、部屋の壁には人類より一回り大きな獣の手が無造作に立てかけられている。彼の今の左手だ。彼はいつも、左手を失ったときの感覚を構成していた質量達のことを考えている。細毛のドレス、名もなき歩兵、コインの横顔、パイプを吸う遺伝子、トルソ鳥の違和感、革命児とノガン猟。角ばったテーブルにあるブリキ製の灰皿に短くなった煙草をもみ消すと、灰皿から鼠白い煙がゆっくりあがる。


 巨頭男は現実と会話する。


軍隊は?希望そのもの、子撃ちは?死刑だ、文明は?借り物に相違ない、機械は?芸術でさえある、栄枯盛衰は?流動している、ロマンは?孤独、大衆文化は?美しい。

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