第90話 もっと【植物のことがよくわかる能力】
おままごとみたいな戒律づくりの後、俺たちは腰を上げて森の中を進み始めた。
リーネリアさまによれば、戒律という呼び方は用いないにしても、神と勇者の間で決めごとを設けるのはよくあることらしい。
「《選徒の儀》では基本的に、合う神が宛てがわれるものですが……それでも、細かい部分で合う合わないはありますから」
例えば口癖、言葉遣い。自分では気づかない癖も、四六時中つきっきりの神からすれば気になることもあるし、逆も然り。
「『釣りの時は話しかけないで』みたいなルールも、よくあるみたいです」
「へえ~! でも、気持ちはわからないでもないですね」
釣りしてる時に、「あ~あ」とか頭の中で響いたら、相手が神さまでもイラっとするだろう。当人たちにしてみれば、割とマジな問題なんだろうけど……
先人たちのエピソードに、なんだか微笑ましいものもある。お話してくださるリーネリアさまも、結構楽しそうだった。
「リーネリアさまの場合は、特に気兼ねなく話しかけてくださいね。釣りの時でも、どうぞお気軽に」
朗らかに話しかけると、リーネリアさまもまた、にこやかな笑みで「はい!」と返してくださった。
談笑しながら森を進み、目当てのせせらぎに差し掛かって腰を落とす。今度の味見も花だ。
というか、目当ての植物は大体が花だ。
なぜなら、錬金屋のじいさんからもらったガイドブックに、花ばかり載っているから。この本は初心者向けということで、花なら親しみやすく、見分けもつきやすいだろうって配慮があるんじゃないかと思う。
実はご加護的にも、花は都合がいい。花、茎、葉っぱと、部位ごとに味見して調査できるからだ。同じ植物でも、部位による違いがあるというのは興味深い。
もっとも、味の方は……期待する方が間違ってるぐらいだけども。
顔をしかめながら味見し、脳裏に浮かんだ星座を書き写していく。
この間、リーネリアさまは、やはり静かにしておられた。真剣な雰囲気ではあるけど、沈んだ感じはない。戒律というか、ああいう話を切り出したのが生きているんだと思う。
ひとしきり味見を終えると、リーネリアさまが口を開かれた。
「私が授けた加護について、不満というか……『もっとこんな感じだったらなあ』みたいな要望って、ありますよね?」
かなり意識的に、否定的な物言いを避けて、建設的な表現を用いておられるのがわかる。
実をいうと、リーネリアさまのお言葉はごもっともで、常々そういうことは考えていた。
「そういう要望ならありますけど」
ちょっと差し出がましく思いつつも正直に応じると、リーネリアさまは意外にも、「ぜひとも、お聞かせください」と身を乗り出してこられる。
予想外の剣幕にやや押されながらも、俺はその要望について口にした。
話は単純で、「口に含まないとわからないのは不便」というものだ。
「そもそも、野外ではおいしい植物の方が珍しいぐらいで、大半はマズいですし。こういう植物で腹が膨れると、なんか悔しいですし……」
「よくわかります」
相当身につまされておいでのご様子。何度もうなずかれるリーネリアさまに、俺は話を続けた。
「それに……食べなくてもわかるようになれば、活用の道も増えるんじゃないかと思うんです」
というのも、食べられないけど使い道はある植物ってのは、意外とある。
たとえば染料を採る奴。こういう植物は、ご加護を授かる前からお遣いに出たもんだ。原料の植物や、抽出後の染料については触れてもいいけど、口に含むなとは言われている。
それに、まだ錬金術師見習いだからアレだけど、薬の原料になりうる植物でも、食えないけど使える奴はたくさんあることと思う。
こういった食えない植物を理解するのに、食べる以外の手段があれば……調査対象が広がるし、調査自体もやりやすくなるんじゃないか。
何度か静かにうなずかれながら、話を聞いておられるリーネリアさまを見て、俺はある程度の期待という確信を
たぶん、何かあるんだろう、と。
で、実際その通りだった。
「最初の加護は、摂食を介して理解するものですが……植物に手で触れることで、『成分』が見えるようにもできます」
「手で触れるだけで?」
「はい」
「そんな簡単でいいんですか?」
触るだけでいいっていうなら、本当に楽だ。コケやら木やら、どう考えても食えそうにない――というか、よほどのことがない限り食いたくない――植物のことも、これでわかるようになる。
なんだか革新的なご提案をいただけて気持ちが弾む俺を前に、リーネリアさまも喜んでくださっている。
「では、そのようにお導きしますね」
《選徒の儀》で使徒になり、神からご加護として能力を授かる。その後、儀式で勇者となり、神と直に対話できるようになる。
こうして対話できるようになってからが、実は授かった能力にとっても本番だ。
最初に授かった能力をベースとし、勇者と神が相談し、魔獣退治で得た《
今回の俺たちの場合、食べなきゃわからなかったことを、触るだけでわかるようにしようってわけだ。
「本当は、最初から触るだけで分かれば、色々と手っ取り早かったとは思いますが……」
「何か理由があるんですよね?」
「はい」
リーネリアさまによれば、口は人間の感覚器の中でも、相当敏感にできている。おかげで、加護を授けたばかりの使徒であっても、高精度に「成分」を読み取れる。
逆に、手などで触れて理解しようとなると、口ほどにはうまく読み取れない。そのための力を得てからも、経験を重ねて習熟していく必要があるとのこと。
つまり、使徒向けの最初のご加護は、より効果が確実で分かりやすい方を優先なさったというわけだ。
「――ですから、皮膚摂食での識別力を得ても、当面はそこまでハッキリとしたものは見えないと思います。しばらく、力になれていただく必要があるかと」
「知ってる植物から慣れていくのが良さそうですね」
「はい……あの、期待させてしまったのに、じれったい能力だと思いますが……」
「人に見えないモノが見えるだけで、十分すごいですよ」
これは実際、日頃からそう持っていることだった。
それで――ご自身のお力に対し、やっぱりとても謙虚なリーネリアさまだけど、実は強みと表現できるものもお持ちだ。
名の知れた強力な神々が授けるご加護の多くは、わかりやすく強力な一方、短所もある。
それは、新たな力へと発展させていく際、相当の《源素》を必要とすることだ。
また、新たな能力を定めたとしても、それが実際に合わなかった場合のやり直しがきかない。結果、また多くの《源素》を得る必要がある。
「――ですが、私の力みたいに知覚・認識に特化したものは、比較的少ない《源素》で発展可能です」
「早い内から色々できるかも、ってわけですね」
なるほど、これは確かに強みだ。
俺はそう思ったものの、リーネリアさまは、またちょっと別の事をお考えで――
「肝心の魔獣退治に役立てられる力ではありませんから、その点ではご不便をかけてしまいますけど」
「大丈夫ですって~。大半の魔獣は、弓一本でどうにかできますから」
というか、弓矢に合わせる毒なんか、リーネリアさまのご加護が役立つんじゃないか。
そういう毒薬の利用にあたって、何らかの資格や承認は必要だろうけど。
ともあれ、これからの魔獣退治に身が入るってもんだ。揚々とした気分を胸に、俺たちは森の中を進み――
本に印を付けてない植物に出くわしては、顔を渋くしながら調査していった。
植物は相変わらず、口に合わないモノばかりで、内心ヘキエキするところだったけど……
顔をしかめる俺に、リーネリアさまが微笑を向けてくださったのは、なんだか嬉しかった。
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