第91話 先の見えないお導き

 さて……植物や成分に対し、あまり込み入った専門的なことは言えないとの仰せだったけど、それはそれとして、食べ歩き中は色々な経験談をしていただけた。

 たとえば、花や枝だと思って触れてみたら、実は似せているだけの昆虫だったとか。こうして似せてくる行為や生態を、「擬態」とかいうようだ。この島ではそういうのを見かけたことが無いけど、島の外はままあるらしい。

 で……成分まで似せているのかどうか確かめるために――


「まさか、食べたんですか?」


「はい」


 触るだけでは検証不足だとして、勇気を出して食べてしまったことが、1回2回どころではないという。

 控えめなお方だとは思っていたけど、すさまじいチャレンジ精神をお持ちでいらっしゃる。


 そういうお方だから、過去の経験談については驚かされるものも多い。託児所でのお話でも、ネタが尽きることはなさそうだ。

 こうして俺と森歩きしている間、次のための予行演習していただくのもいいかもしれない。


 話しながら植物をつまんでいると、すっかりいい時間になっていた。木々の切れ目を仰いでみると、空は青色から茜色に変わっている。

 結局、森の中では誰にも会わなかった。仕事場になるスポットは決まっていて、そこを避ければ出くわさないのが普通ではある。

 森を出ても、やっぱり人影はない。差し込む日が当たりを照らす中、俺たちは帰路に足を進め……


 ふとした拍子に足元を見てみると、人影は俺の分しかなかった。

 リーネリアさまは変わらずそこにおられるけど、お姿が地に影を落とすことはない。こういうところも、超常の存在なんだと思わされる。

 話している時なんかは、そういう感じは全くしないんだけど……

 なんて思っていると、不意にお声をかけられた。


「……どうされました?」


「いえ、影がひとつってのも寂しいもんですね」


 すると、「ふふっ」と楽しそうに笑われた。

「ハル君は意外とセンチメンタルですね」とも。


 リーネリアさまのほうがよっぽど――それっぽいとは思ったけど、表情は変えず「そうかもですね」とお答えした。

 それから二人で、少ししんみりした草原の道を歩いていって……

 やっぱり、どことなくセンチな女神さまが、「今日は、ありがとうございました」とこぼされた。

「いえ、特に大したことは……」と、半ば慣用句みたいに応じる俺だけど、リーネリアさまは首を小さく横に振られた。


 ご自身が抱えておられる勇者に対し、これからの道を指し示すというのは、神としての大きな務めだ。今日、森の中でリーネリアさまがお話ししてくださったことも、そういったお務めにあたるものであり……

 実のところ、自分にもうまくできるものだろうかと、大変に心配しておいでだったとのことだ。


「使徒や勇者に事欠かないような著名な神でしたら、こういった経験も豊富ですが……」


 リーネリアさまは、そうではない、と。

 名の知れた神であれば、授けた最初の加護からどのように勇者の力を発展させていくかについて、幾度とない経験を積まれている。

 おかげで、新たに抱えた勇者に対しても、引き出しから何かを提示なさったり、あるいは引き出しの中身から着想なさったり。

 そういうところでも、リーネリアさまは経験不足ということで、ハンデを負われているわけであり――


 再抽選による鞍替えをご提案された理由の一つでもあったのかもしれない。


 俺に対する気後れ、あるいは後ろめたさのようなお気持ちは、まだ完全に晴れてはいないようには思う。

 それでも、今はずっと前向きになってくださったように映る。


「私の経験不足で、色々とご不便あるかと思いますが……どうぞよろしくお願いします」


 折り目正しく、改まったお言葉をかけてくださるリーネリアさまのお声とお顔に、暗い感じはほとんどなかった。


「こちらこそ、よろしくおねがいします」


 そう返すと、リーネリアさまは柔らかに微笑んでくださった。


 それから二人でまた、静かに歩を進めていって……

 

「リーネリアさまが授けてくださったご加護ですが」


「はい」


「一つ思ったことがあります」


 そういうと、リーネリアさまは興味を示してくださっているようで、若干緊張なさっているような面持ちに。


「有名どころの神さまって、たぶん、お力もわかりやすくて強力だと思うんですよ」


「はい、そう思います」


 あくまで、ヒトでしかない俺の印象だけど、リーネリアさまのご同意なら間違いないな。わずかに陰差す俺の女神さまに、言葉を続けていく。


「力がわかりやすい分、使徒や勇者が道に迷うこともないんでしょうね」


「私も、そう思います」


 別に、そうではないリーネリアさまを皮肉って、こんな話をしているわけじゃない。話に付き合ってくださるリーネリアさまのご様子に、内心ではだいぶ気を揉みながらも、俺は続きを急いだ。


「ただ……そういうわかりやすさとか力強さが、道を明るく照らすようで、結局は皆に同じ道を選ばせているのかも……なんて思います」


 話の流れを意外に思っておいでらしいリーネリアさまに、俺は苦笑いで「それも良し悪しですけどね」と付け足した。


 著名な神さま――例えば、俺の幼馴染たちに力を授けてくださった神々――っていうのは、神話や伝承の中でもわかりやすい活躍をなさっていて、そのお力もわかりやすい。

 わかりやすさあってこそ、広く人々に語られてご盛名を得られたのだとも思う。

 そうした神々に導かれる使徒や勇者ってのは……良く知られた神々の威名に相応しい活躍が期待されるだろう。

 もっと言えば、神の代行者であることを。


 別に、それは悪いことじゃない。導かれる側は迷わないで済むし、周りだって安心だろう。

 それに……何か特別な才能があったがために、他の選択肢がなくなるだなんてのは、世の中でままあることだと思う。

 神々から授かるご加護においては、そういうのがより明確になるというだけで。


 でも、俺たちの場合は違う。


「正直に言うと……今でも、用途について考えさせられるご加護だとは思います。でも、そういう余地があるからこそ、俺に色々な選択肢が残されているのかも……なんて」


 もちろん、用途を考えるところから始まるご加護だなんて、広く歓迎されるようなものじゃない。そういうのはわかってる。

 ただ、俺にとっては……結構、魅力的にも思えている。

 先を見せてくれないからこそ、自分で見たくなる「面白さ」があると思う。


 俺の言葉を、ただ静かに受け止めてくださるリーネリアさまに、俺は結びの言葉を投げかけていく。


「言うなれば……有名な神さまのご加護って、何かの食物か、料理みたいなもんだと思うんですよ。見れば味までわかるぐらいの」


「でしたら、私の力は……見慣れない種ぐらいのものでしょうか」


 よくわかってくださっていることに、俺はつい嬉しくなってうなずいた。


「どういう花が咲くか、わかりませんけど……そっちの方が面白いですよ」


「……物は言いようですね」


 どこか呆れたような口調で仰るリーネリアさまだけど、まんざらでもないようで……

 またひとつ、リーネリアさまの御前にある障害を取り除けたかな、と思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る