第87話 二周目の故郷

 挨拶に挨拶を返しながら、俺たちはまったりした歩みで町の外へと向かった。

 町の境界を守る日替わりの見張り番は、誰も彼も暇そうに突っ立ってるものだけど……さすがに神さまがお越しになると、途端にシャキッとしだす。

 いつも通りの形式的な流れで、森まで行く旨を伝え、俺たちは街を出た。


 前方には特に人影がなく、他に誰かが森へ入る予定があるとも聞いていない。たぶん、この先誰かと出くわすことはないだろう。

 特に整備なんてされてない、踏みならされただけの道を歩いていって……

「ハルべールさん」と、不意にお声をかけられた。


「私が出しっぱなしですが、特にお辛くはありませんか?」


「あ~、その件なんですけど……」


 実のところ、俺からも相談しようと思っていたことではある。

――だいぶ失礼なお願いをするようもあるけど。

 少し悩んだ後、俺は正直に打ち明けることにした。


「今のところ、特に問題はないんですけど……何か特別な事情がない限りは、顕現したままでいていただけけませんか?」


「それは……ハルべールさんが無理をなさらなければ、私としては構いませんが、何か理由でも?」


 その理由ってヤツが……大変手前勝手でアレなんだけど、俺は深呼吸をして腹をくくった。


「ダメ元でのお願いなんですが……顕現を続けていただけた方が、魔力を鍛えるのにちょうど良いかな~、と」


 一口に魔力を鍛えるといっても色々とある。その中でも、総容量とでもいうべきものと、回復力については、魔力を日常的にたくさん使うことで良く伸びる。

……といったようなことを、ハーシェルさんを始めとする冒険者の先輩方から教えていただいた。

 加えて、安全かつ簡便な魔力の無駄遣い方法ってのが重要で、しかも案外難しいとも。

 適当な魔道具を使いこむのもいいけど、魔道具の出力次第では、成長とともに大した負荷にならなくなる。

 その点、神さまの顕現であれば――安全かつ継続的に、多くの魔力を消費するという点では好都合だ。


 ただし。顕現という行為に対して、大変に軽く見ているとお叱りを受けても、それは当然のことだという自覚はある。

 さすがに、リーネリアさまもいい思いはなさらないでのは? 恐縮する気持ちを胸に反応をうかがうも――


「そういうことでしたら」と、拍子抜けするようなご决諾をいただけた。

 むしろ、お顔には微笑が浮かんで、喜ばしく思っておいでのようにさえ映る。

 まだ晴れない緊張を抱えつつ、リーネリアさまのお考えについてうかがってみると……

 実のところ、俺が言い出したようなトレーニング方法は、神々と勇者たちの間では当たり前に行われているのだとか。


「意識の高い勇者の方から言い出すことがほとんどだそうですが……そういった素振りがない場合は、神の方から提案することも、ままあるのだとか」


「そ、そうですか……」


 やや弾んだ感じのある口調で仰るリーネリアさま。「意識の高い」という形容が、俺まで含まれているようで、大変に恐縮だ。。

 それに……俺からすれば、自身の神さまに対する不信心みたいなもので、むしろ意識が低いんじゃないかとも思えるけども……


 それはさておき。今までのリーネリアさまは、神と勇者との関わり合いについて、ご同輩の神々から話を聞かされるばかりの毎日だった。


「実際に、ハルべールさんからそういったご相談を受けて、私も……少しだけ『らしくなってきた』かなぁ……って。そう思えました」


 そう仰って、リーネリアさまは華やかな笑みを浮かべられた。

「らしくなってきた」との仰せだけど……それでもやはり、あまり神さまらしくはない。

 そこがなんというか、リーネリアさまにしかない魅力のようにも思えるのだけど。

 ともあれ、俺としてはだいぶ遠慮も感じる申し出だったけど、喜んでいただけたのは何よりだった。


 町を出てからしばらくそのまままっすぐ進むと、うっそうと茂る森が広がっている。前に来たのは秋ごろだったから、半年ぶりぐらいだ。

 慣れ親しんだはずの故郷の森も、儀式で得たご加護があると、また違って映る。懐かしさと期待感が入り混じって心弾む感じを覚えつつ、いざ木々の間へと分け入っていく。


 しかし、俺が先導する形で進んでいるけど、リーネリアさまは大丈夫だろうか?

 いや、託児所で伺った話からすれば、相当に場数を踏まれているということだし、心配するのが身の程知らずって所だろうけど。

 だからって、何一つ気にかけずにずんすん進むのも、なんか違うよな~

 そう思って俺は、「足元に気を付けてくださいね」と声をかけつつ、軽く後ろを振り返ってみた。


 リーネリアさまは、微妙に宙に浮いていらした。


 飛んだ勘違いをしていたようだ。


 不意に、なんだか気まずい沈黙の時が訪れる。お足元から視線を上げると、目が合って互いに苦笑いしてしまう。


「すみません……見られていないと思って、つい楽を……」


「ああ、いえ。いいんです。お気遣いなく」


 実際、それらしく歩いているように見えるようにとお体を動かされるよりは、浮かんで進むだけの方が気楽だろう。


「人目がありませんし、存分に羽を伸ばしていただければ」


 そう口にすると、「ありがとうございます」と微笑まれた。

 まあ、この島のみんななら、多少の横着もあまり気にせず受け入れるんじゃないかとは思うけど……そこは、リーネリアさまの自意識次第か。


 森へ入り込んで少しすると、お目当てのものが見えてきた。錬金屋のじいさんから譲り受けたガイドブックを手に、木の根の間に咲く小さな花と見比べてみる。

 本に記載されている植物のうち、秋の植物は網羅する勢いで味見が終わっている。

 でも季節を変えてみれば、また違う装いで森が迎えてくれている。

 いつか視界に入れていたはずの、見知っているようでそうでもない植物との新たな出会いに、ちょっとした期待と――

 若干の不安を胸に、俺は花を根本から摘んだ。


 辺りを見回し、適当な小岩に腰を落ち着ける。リーネリアさまも俺に倣って適当な切り株に腰を落とされた。

 さて、俺が手にしている、見た目鮮やかな赤紫の花弁を持つ花は、本によれば毒性はないとのこと。まずは葉っぱをちぎって口に含み……思わず顔が渋くなる。 

ま、わかっていたことではある。味よりも重要な、今目に見えているもの――【植物のことがよくわかる能力】のご加護が映し出す、色とりどりの星座のようなものを、俺は何冊目かになるメモ帳へと書きつけていく。


 この作業の間、リーネリアさまは何も仰らなかった。俺の邪魔をするまいというお気遣いによるものだと思う。

 でも……少し気になって視線を向けてみると、目が合い、何だかぎこちない笑みを返されてしまった。

 なんだか、イヤな予感がする。

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