第85話 今日はハレの日、たぶん記念日

 二人そろって頭を下げ――少しドキドキしながら上半身を起こすと、俺に合わせてリーネリアさまも動かれた。

 で、みんなの方はというと……拒絶感みたいなものは伝わってこない。


 ま、当たり前か。


 一方で「どうしたものか」みたいな戸惑いの念は、ひしひしと伝わってくる。

 たぶん……何かして差し上げたいんだろうけど、どうすればいいのかわからない、みたいな。

 すでに託児所で知り合った親御さんたちも、どこか落ち着かない様子でいる。

 こうして、案じてもらえているようだというのが、良い兆候のようにも思えるけど。


 そうした中、さすがに司祭様や島長は冷静だ。

 あと、俺の両親と、ここのシスターさんも。


 やや落ち着かない空気の中、司祭様が俺に顔を向けてこられた。いつも通り柔和な感じで、ホッとさせられる。

 司祭様のご様子を見る感じでは、リーネリアさまはよくやってくださったし、この後もきっとうまくいく――そう思える。

 などと思っていたら、話の矛先が俺に飛んできた。


「ハルべール君。君の方からは、何かありますか?」


 俺はみんなに聞こえるように「う~ん」と一言置いて腕を組んだ。


「必要なことはお話ししていただけたと思いますし、特に付け足すようなことは……」


「なさそうですか」


「強いて言うなら……リーネリアさまにとっては、この島が最初の赴任地・・・になりますから、そのへんの認識をみんなにも……」


「なるほど」


 そう仰って司祭様は微笑んでくださったけど……実のところ、みんなにあまりとやかくお願いする気はなかった。

 リーネリアさまが、あそこまでご自身のお気持ちを明らかにしてくださったのなら、俺が何を付け足しても余分に思えてしまう。それに、余計な手助けはしないでほしいって話だった。

 だから――俺がお願いしたからとか、そういうのじゃなくて、素のリーネリアさまをみんなに受け入れてもらいたい。


 そして、そのための下準備はすでに整っているように見える。


 司祭様の視線は、どことなくそわそわしたみんなの方から、やはり落ち着かない様子でおられるリーネリアさまの方へ。


「実を申しますと、私共も、《昇進の儀》にて神を迎え入れるのは、本件が初めてでして」


 このお言葉を受けて、背を向けておられるリーネリアさまに、若干の衝撃が走ったのを感じた。

 司祭様の口から、リーネリアさまを迎え入れるという明言があったからだろう。

 俺からすれば当たり前ではあるんだけど……リーネリアさまの感じようには、また違ったものがあることと思う。

 そして、司祭様のお言葉が続く。


「加えまして、本国から離れた辺境の地ゆえに、大したおもてなしもできず……申し訳ございません」


「いえ、そんな! お気遣いだけでも、大変ありがたく存じます!」


――これじゃ、どっちが上なのやらって感じだけど。

 でも、リーネリアさまこういうところも、俺には好ましく映る。

 今後、ちょっと大変かもしれないけど……ま、俺がしっかりすれば済む話か。


 ともあれ、話の主導権は言うまでもなく、司祭様の手にある。お任せしてしまっても大丈夫。事が終わっていない中ではあるけど、肩の荷が下りずとも軽くなった感を覚えた。

 不安は薄まりつつあるものの、司祭様がどういった方向へ話を向けられるのかは、だいぶ気になるところだけど。


「神をお迎えするにあたり、私共には正式な礼法の心得もなく……それでもよろしければ、田舎者なりに心ばかりの礼で以って、どうかお迎えさせていただければと存じます。いかがでしょうか?」


 お話を聞くに、何らかの「お迎え」の準備があるように思える。

 ただ、俺は聞いていないんだけど……みんなはどうなんだろう?

 みんなの方へチラ見してみたところ、初耳ってわけでもなさそうだ。驚きは感じられないし、それどころか、これまでの浮足立った感じが薄れた感じすらある。

 司祭様との間に、それとないアイコンタクトがあるようにも。


 一方、お話を振られて少し困惑気味のリーネリアさまだけど、さすがにお迎えの申し出を断るようなお方じゃなかった。

 やや固い表情でいらっしゃったけど、少しすると「喜んで」というお言葉をいただけた。お言葉とともに柔らかな笑みを、司祭様に、そしてみんなにも。


 すると、司祭様がニコニコとした笑みで、みんなに向けて一言。


「では、拍手でお迎えいたしましょう」


 この号令とともに、みんな席を立って手を叩き始めた。周囲の様子をうかがいながらでもなく、「待ってました」と言わんばかりの勢いで。

 静かな教会に満ちる、満場の拍手。音だけでなくみんなの顔も、お迎えの場にふさわしいもので――


 いきなりのことに、固まっておいでのリーネリアさま。

 しかし、少しするとすすり泣くお声がかすかに聞こえてきた。拍手の音にかき消され、みんなには届いていないだろうけど……お顔の変化は誰にでもわかる。

 次第に拍手の波が去り、再び静けさが場に満ち……とても控えめなお声が、しんみりと響く。


「……ありがとう、ございますっ!」


 声を震わせながらのお言葉に、誰に促されたでもなく、再び拍手が始まった。さっきよりも勢いはないけど、なんだか暖かさのある拍手が。

 気づけば俺も、みんなに混じって拍手していた。


 ひとしきり拍手して、徐々に音が小さくなっていって……合わせたように、リーネリアさまもお気持ちが落ち着いてきたようだ。

 すると、感激の次には気恥ずかしさを覚えておいでらしく、鳥打帽で口元を隠される。


――神さま相手に温かい目を向けるってのも、何かこう、アレだけど……そういうカンジの空気ではあった。


 ただ、照れてばかりでもいられないというお考えでもあるご様子。リーネリアさまは少ししてから、はにかみがちながらもハキハキと、俺たちに向けて仰った。


「今後とも、どうぞよろしくお願いします!」


 やはり、神さまから賜るようなご挨拶っぽくはない。

 でも、先に頂いた所信表明と違って、なんだか悲壮感に背を押されたような感じはない。


 俺たち・・・の間には、きっとこれぐらいのお言葉がちょうどいいのだと思う。

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