第81話 女神さまとのふれあい教育
リーネリアさまのお姿を一時的に解き、改めて教会の奥の託児所へと歩を進めていく。
今日の先生役は、いつものシスターさんだった。窓越しに視線が合って軽く会釈。チビたちも、俺がやってきたことに気づいたようだ。
で、昨日の約束はみんな覚えていて、だいぶ楽しみにしていたようでもある。ちゃんとお勉強していたのが、一気に騒々しくなる。
「ねぇ、神さまは~?」とせがんでくる子もいれば、「儀式、ダメだったの?」と心配してくれる子も。
圧に少し押されながらもみんなを落ち着け、俺はまずシスターさんに軽く頭を下げた。
「すみません、なんか邪魔したみたいで……」
「いえいえ~、私も楽しみにしてましたし~」
そういうシスターさんも、昨日の儀式には出てたはずだけど……
いや、子ども相手にどういうお話をしていただけるのか、気にならないはずはないか。
俺より少し上のシスターさんも、言うだけのことはあって、いつもよりワクワクしているのがわかる。チビたちの興味津々ぶりは言うまでもない。
そうした中、俺の心に響く『緊張します……』という一言。
でも、『やっぱり止めましょう』とか『逃げましょう』とか、そういうことは仰らなかった。
リーネリアさまもその気でいらっしゃることに、感謝とほんのりとした嬉しさを覚えつつ、俺は唇の前に指を当て、チビっ子たちを静まらせた。
「あんまり騒がしいと、神さまのご機嫌を損ねちゃうからな。みんな、礼儀正しくするんだぞ」
「は~い!」
たぶん、あんまわかってねえな、これは。もともと大人しい子はきちんとしてくれてるけど。
とりあえず、場はどうにか静かになって……
ひとつ思いつきがあって、俺は年長の子に手伝ってもらってカーテンを閉めていった。まだまだ日中で、部屋の中は少し薄暗い程度に。
なんとなく雰囲気を出したところで、俺はスッと立ち上がった。形ばかりは行儀よくイスに座り、ランランとした目を向けて来るチビたちを前に、俺は手から魔力を放出していき――
みんなの待望に、応えていただけた。淡く青白い魔力の光が、徐々に人の姿を成していく。
亜麻色で長い
――改めて見ると、世間一般がイメージする神さまってカンジはしない。俺たちと同業っぽい装いでいらっしゃる。
でも、暗くしておいた演出のおかげか、超常の存在がそこにおられるのだというのは、みんなに良く伝わったようだ。ざわつきの波が一気に高まって、ワ~っとみんながリーネリアさまに寄って取り囲む。
屈託のない顔からは、「キレイ!」「カッコい~!」と、素直な憧れの言葉が次々。
チビたちの勢いに包囲されて、リーネリアさまは少し戸惑い気味であらせられるけど、嬉しそうではあった。
さて……お披露目も終わったし、これで帰るのもアリと言えばアリかもしれない。
でも、チビたち相手に会話に慣れていただいた方が、やっぱり得策か。
「ほ~ら、散った散った」
淡白な口調で声をかけ、みんなを引き離していく。
とはいえ、このチビたちのおかげで、リーネリアさまの少し困り気味ではある微笑を引き出すことができた。みんなへの感謝とともに、引き離すことへの後ろめたさが少し。
俺に向けてブーイングは出たものの、素直に席へ戻ってもらえた。
神さまがいらっしゃると、こういうところも違ってくるのかもしれない。席についたみんなの姿勢は、いつもより整って見える。
改めて場が整い、まずはご挨拶から。やはり緊張気味のリーネリアさまに「よろしくお願いします」と声をかけ、口を開いていただいた。
「ええっと……リーネリアです」とだけ仰って、チビッ子相手に腰から曲げてお辞儀されたけども。
しかし、逃げ出したいとか、そういう後ろ向きな感じはない。心の中で「この調子」と思いつつ、俺はみんなに声を投げかけた。
「じゃ、リーネリアさまに何か質問とか……そういうのある子」
すると、我先にと競い合うように手が挙がる。
とりあえず、挙手してる中でも一番大人しい子が無難だろう。落ち着いている年長の女の子を当ててやると、ごく普通の質問が飛んできた。
「リーネリアさまは、何の神さまなんですか?」
ある意味、遠慮のない子どもだからこその質問なのかもしれない。世の中に知られてない神さま相手に、「何の神さま?」とか、ちょっと聞きづらいものはある。
というか、俺としても聞きづらい問いだし――
同時に、俺も知りたい問いでもあった。
場の流れとはいえ、小さい子任せにしたことを少し情けなく思いつつ、リーネリアさまに目を向けてみると……
中々悩んでおいでだった。もっとも、暗い感じはなくて、単に考えているというか、言葉を探していらっしゃるようだけど。
「何の神さまというと、少し難しいけど……強いていうなら、冒険とか探検かな」
小さい子相手の受けごたえということを強く意識しておられるようで、言葉遣いがいつもと違う。
そのようにお努めくださっていることは、恐縮だけど、どこか喜ばしくもある。案外余裕があるようにも思えて何よりだ。
ただ……お答えになった内容は、ちょっとした墓穴のように思わないでもない。
冒険とか探検とか言われて、好奇心の塊みたいなおチビたちが食いつかないわけがない。
案の定、大いに興味を惹かれたチビたちが、口々に話の先をせがんでくる。
「冒険って何!?どんな冒険!?」
「お宝とか探すのっ!?」
攻め寄せる質問の波に、リーネリアさまは明らかにたじろいでおられる。
ご自身から「静かにせよ」と仰る感じの方でもないし、ここは俺の出番だろう。
「はいはい、気になるのはわかったから、みんな静かにな~」
大騒ぎのチビたちをなだめ、静かになるよう落ち着けていく。
ああ言ってる俺も、気になってるわけなんだけども……どうしたもんか。
人間社会は、リーネリアさまの存在を全く知らない。もしかすると、この世のどこかではリーネリアさまの影響力がある地域があるのかもしれないけど……
少なくとも、このファーランド島や、大陸側直近の港町アゼットの辺り――つまり、俺たちがいるこの文化圏においては、無名のお方ってのは間違いない。
問題は、知られていないがゆえに、リーネリアさまからは言えない話もあるのではないかってことだ。なんというか、神々の間にある特段の事情とかなんとか。
リーネリアさまの、あまりの知名度のなさに、なんとなく裏というか事情があるような、そんな予感がある。
もっとも、その辺の考察は伏せておいて、俺はリーネリアさまに尋ねてみた。
『みんな興味を持っている話題ですけど、どうでしょう? こうした場でお話しいただけるようなものでなければ、こちらではぐらかしますけど』
『それは……せっかくですし、何かお話してみようと思います』
思っていたよりも前向きなお返事をいただけて、俺はホッと安堵した。
『実は、俺もちょうど聞きたかったんです。何かあればサポートしますから、よろしくお願いします』
俺の言葉に、『……はい!』と信頼のお言葉を向けてくださるリーネリアさま。
一方、待ちぼうけを食らっているチビたちに、俺はちょっとしたフォローを入れることにした。
「みんなには難しい話も、わかりやすくなるようにお考えくださってるところだからな。考えるジャマにならないように、静かにしておくんだぞ」
「は~い!」
元気いっぱいの返事の後、急にみんなが静かになる。
それでも、目が口以上に訴えてくるようだけど。
少なくとも、聞き分け良くしてくれているチビたちに、リーネリアさまも好感触を
ただ、含み笑いはチビたち
リーネリアさまが、『手慣れていらっしゃいますね』と楽し気にお言葉を下さる。
続けて、『私も頑張らないと、ですね』とも。
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