第80話 初めてのお出かけ、ちょっとした冒険

 翌朝。朝食の席で、俺はリーネリアさまに顕現していただいた。別にそうする必要性はなかったけど、なるべく人になれていただければと思ったからだ。

 幸い、リーネリアさまと俺の両親は、互いに好感触をいだいている様子だ。朝食では、これといった話題は出なかったけど、終始和やかで何の問題もなかった。


 もっとも、今日は夕方が問題だ。あの教会に再び人を集め、改まってご挨拶することになる。

 この仕切り直しに際し、特に司祭様や島長しまおさは、相応の心構えで臨んでくださるだろうけど……

 人に慣らすとなると、俺の両親だけではやっぱり不十分だ。今の内から、少しずつ触れ合っていただかないと。

 リーネリアさまにとっては、だいぶ緊張を伴う冒険のように思われるけど。


 これから町へ繰り出そうと玄関に立つ俺に対し、リーネリアさまは目に見えて尻込みなさった様子でおられる。


「やはりその、人前を出歩くのは……皆様の前でのご挨拶が、あんな感じで終わってしまいましたし……」


 そして、「あんな感じ」のご自身を思い出され、気落ちしたご様子に。

 「変に思われるんじゃないか」という懸念は、よくわかる。

 とはいえ、乗り越えていただかなければならない試練だとも思う。


「だ~いじょーぶですって~! ホラ、行きましょう!」


 いつもより押しを強く意識し、やや強引にお手を取る。


「ここ、俺が生まれ育ったところですからね! 当たり前ですけど、みんないいやつですよ」


 言うだけ言ってお返事を待つと、いくらか逡巡しゅんじゅんなされたものの、最終的にはお顔を上げてうなずいていただけた。


「じゃ、そういうわけで。行ってきます」


「失礼のないようにな」


「あまり調子乗らないようにね」


 あくまで軽口で、不安はしてなさそうな軽い感じの両親に見送られ、俺たちは家の外に出た。


 春は農作業で忙しく、外にはあまり人の姿がない。それでも何人かいるけど、リーネリアさまの状態を考えれば、これぐらいがちょうどいいんじゃないかって感じだ。

 さっそく、俺とリーネリアさまに気づき、向こうからやってくる友人がひとり。

 彼の接近を認めるなり、リーネリアさまのお体にわずかな強張こわばりが生じたようだけど、俺を盾に隠れようとまではなさらなかった。

 さすがに、そこまでは――ってことだろうか。いくらか抵抗感は残っておいでの様子だけど。


 実際には、特に何事もなく互いに挨拶して終わった。

 もっとも、向こうはリーネリアさまに相当な興味があるみたいだ。俺と軽く会話する中でも、何度もチラチラと視線が移っていた。

 まぁ、見目麗しいお方だしな。


 欲目もあるかもだけど、どことな~く後ろ髪引かれた感のある友人が去っていく。彼との間に十分な距離ができてから、俺は小声でリーネリアさまに話しかけた。


「やっぱ、みんな興味あるんですよ」


 遭遇者一人目でしかないんだけども。

 そういうツッコミを入れるようなお方でもなく、リーネリアさまは明らかに恥じらいを見せ、わずかにモジモジなさっている。


――人前で、こういうところを目撃されるのは、別によろしいんだろうか?


 そう思うと、逃げ場のないところへ無理に連れ出してしまったようで、なんだか申し訳ない気持ちも。

 少しして、俺の中にお声が響き渡ってきた。


『言い忘れていましたが、顕現時も心の中でお話しできます』


 ああ、なるほど。わざわざ小声で話しかけなくても、ってことか。

 それから少し間があって、リーネリアさまが俺に顔を向けてこられた。


『夕方のご挨拶で、返答に詰まることがあるかもしれません。その時は、その……』


『わかってますって。こうやって人知れず相談して、どうにかしようって訳ですよね』


『世話の焼ける神で、本当にすみません……』


 事あるごとに、こうしてご自身を情けなく思っておいでの、俺の女神さまだけど……少なくとも、夕方の試練・・には立ち向かうお考えでおられる。

 陰ながら、俺のサポートがあるとはいえ。

 積極的とまでは言えない感じではあるけど、前向きなご意向を示していただけて、それは本当に何よりだった。


 その後も何人かと立ち話したけど、まぁフツーだった。昨日の儀式があんな感じだったから、単に気遣われただけって気もする。

 でも、いかにも「気を遣ってマス」的なぎこちなさは特になく、リーネリアさまも気になさらなかったようだ。本当の意味でお互いが馴染むには、まだ超えるべき障害があることだろうけど……

 今のところの感触としては、そう悪いもんじゃない。最初は気兼ねしたご様子のリーネリアさまも、徐々に慣れてきたご様子。

 ここらでステップアップしよう。


『タ方、大勢の前に出ていただくわけですけども』


 心の中で声をかけると、『はい……』と心細そうなお返事が。やっぱり、まだ抵抗感はあるようだ。その前段にと、俺はひとつ提案を入れてみた。


『教会の裏というか奥に託児所があるんですけど』


『はい』


『おチビたち相手に、軽く慣らしていきませんか? 実地に近いところで、場の空気に慣れるのもいいでしょうし』


 もっとも、チビっ子たちが神さまの話し相手として適格かどうかという問題はある。遠慮とか礼儀とか、そういうのをわきまえてない年齢の子も少なくないし。

 ただ……リーネリアさまが気にされている事っていうのは、もっと世慣れた年齢層の人間から、どう見られているか、どう思われるかではないかと思う。

 チビどもの他愛のない不敬ぐらいなら、むしろ可愛いもんじゃないか?


 慣らしを勧める言葉に、俺は自分の都合も付け足した。


『実は、リーネリアさまに会わせてやるよと約束してまして……勝手で申し訳ありませんが、配下の顔を立ててやるということで、ここはどうか……』


 実際、リーネリアさまにお会いしてみると、あの子たちとの約束は少し軽率で勝手な判断だった言わざるを得ない。

 申し訳なさを感じるとともに、聞き入れていただけたら……と祈る俺に、リーネリアさまは意外とアッサリ了承してくださった。


『そうまで仰るなら……少し、頑張ってみます』


『ありがとうございます』


 俺からお願いする部分もあったんだけど、「頑張ってみます」というのは、本当に腰が低いというか……


 ともあれ、俺たちは教会の前に着いた。色々と因縁がある場所だけに、リーネリアさまがやや身構えておられる。

 夕方の再戦前にやってきて良かった、とは思う。


 俺も俺で緊張する気持ちを胸に、教会の中へ。

 中はいつも通りだ。現役を退いたお年寄りや敬虔けいけんな方が数名、祭壇に向かって頭を垂れたりお祈りしたり。

 でも、ひとりが本物の神さまのご入場に気づくと、こちらへ視線が一気に集中してきた。礼拝の対象がすっかりリーネリアさまに。

 皆さんからの視線に混じってチラ見してみると、リーネリアさまとしては「身に余る」といった風だった。

 でもまぁ、含むところなく敬われているのは何よりだ。特に気まずい思いもなく、俺は胸を張って女神さまのお手を引いていく。


 祭壇にいらっしゃるのは、助祭の若いお兄さんだ。「おはようございます」と互いに挨拶した後、さっそく本題を切り出していく。


「実は、託児所の子たちに、リーネリアさまと会わせてやる約束を」


「なるほど」


「あまり、騒がしくしないようにしますんで」


 内心「ムリっぽいけど」と思いつつ、小さく頭を下げる俺に、助祭さんはクスリと含み笑いを漏らした。


「奥が騒がしいのはいつもの事ですし……賑やかで微笑ましいのが、ウチの売りですからね」


 これには年配の方々も「ああいうのなら可愛いもんじゃて」「そうそう」と同意した。


 助祭さんの案内で、さっそく奥へ……という前に、俺は扉の前ではたと立ち止まった。


「どうしましたか?」


「いえ、せつかくですし……」


 俺はリーネリアさまの方に向き直り、提案を投げかけた。


「あの子たちの前で、顕現するところを見せてやりませんか?」


「えっ?」


「そうした方が、チビたちにはインパクトがあってウケると思いますし」


 この提案については、「神の顕現」を軽く考えているという自覚はある。お相手が厳格な神さまだったら、お叱りを受けてもおかしくはないだろう。

 ただ、リーネリアさまはそういうお方のようには思えなかったし、今回は助祭さんの援護もあった。


「確かに。目の前で顕現の様をお見せいただいた方が、あの子たちにも特別なことが起きていると、直感的に理解してもらえるでしょう」


 この後押しに、リーネリアさまは恥ずかしそうに小さくモジモジなさった。


「変に目立ってしまうようで、少し恥ずかしいですが……ご提案にも一理ありますし、そうしましょう」


 言えば何でも受け入れてくださるように思えてきて、なんだか心配は心配だけど……

 ともあれ、リーネリアさまのお姿が魔力へと還っていく。

 この光景は、周りの年配の方々にも印象強いものだったようだ。周りから「おお」というどよめきが包み込んでくる。

 お姿が消えてなお、人々の目を奪わずにはいられない。『やはり、恥ずかしいですね……』と仰る奥ゆかしい女神さまに、俺は『そのうち慣れますよ』と返した。

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