第79話 あらためまして

 面と向かって堂々と宣言すると、信じられないとばかりに目を見開かれた。ああいうことを言い出されるぐらいだから、喜ばれるはずもないか。

 実のところ、こちらとしては最初から腹は決まっていた。直接お話しすることで、さらに決意が固まった感じすらある。

 ただ……俺の一言でお心が揺らいだように見えるリーネリアさまも、助け舟にすぐに飛びつかれることはなかった。「ですが……」と口になさって踏みとどまられる。

 そんな女神さまを前に、少し考えて俺は口を開いた。


「えっと……俺にふさわしい神さまが他にもいらっしゃるのではと、そうお考えなわけですよね?」


「はい」


「逆に……リーネリアさまにふさわしい人間って、この世に俺以外にいるんでしょうか」


「えっ? そ、それは……」


 口にしてから、我ながら、ものすごく恥ずかしいことを聞いたと思った。

 同時に、こんな身の程知らずな問いでも真剣に考えてくださるお姿を見て、俺はありがたく感じた。

 かなり意地の悪い問いかけだった、とも。


 リーネリアさまの使徒や勇者として、俺以上に適任な人物がいるとしても、それは別に不思議でも何でもないし、いて当然とさえ思う。

 でも、この話の流れで、リーネリアさまがそんなことを仰るとも思えない。


 おそらく、リーネリアさまには逃げ場なんてなさそうな問いだったと思う。そんな問いかけをしたことに、少しずつ罪悪感が大きくなっていった。

 何も、美人の女神さまを言いくるめて言質をいただきたいわけじゃない。

 両親がどういう顔をしているのか、確かめるのも気まずく思いつつ、俺は言葉を投げかけた。


「少しばかり偉そうなことを言いますけど」


「はい」


「俺が仮に、名の知れた神さまの元へ行ったとしても、結局はその……できて当然の活躍をして、期待通りの結果に収まるわけですよね?」


 リーネリアさまは、返答はなさらなかった。他の神さまの下でなら、もっと上を目指せると思っておいでなのかもしれない。

 それはそれで期待が重いなあ、なんて思いつつ、俺は続けた。


「で、逆にこのままリーネリアさまの勇者を続けたとして……リーネリアさまの名を世に知らしめる活躍ができたなら、そっちの方がなんかスゴいんじゃないかと思うんですよ」


 言ってることは、ちょっと適当に感じないでもないけど、だいぶマジでもあった。

 この方がずっと、挑戦的でやりがいがある。


「まあ、俺には荷が重いと仰せでしたら、素直に諦めますけど」


 言うだけ言って、またしてもリーネリアさまの逃げ道を塞ぐような物言いをしてしまっていると気づく。

 でも、リーネリアさまがこの機を逃したら――

 そう思うと、逃げ場を用意するわけにもいかなかった。


 なんというか、またお独りにしてしまうみたいで。


 やっぱりというか、俺に返答できずにおられるリーネリアさま。

 だけど、モジモジとした小さな身動みじろぎと定まらない視線に、心境の変化みたいなものは感じ取れる。

 最後のダメ押しに、俺は言った。


「一緒にでっかい夢でも見ませんか? そっちの方が絶対面白いですよ」


 それでも、お言葉の返事はなかったけど……リーネリアさまの潤んだ瞳から、涙がひとすじ流れ出た。


――神さまでも泣かれるのか。

 というか、神さまを泣かせちゃったのか。


 とんでもなく大それたことをしでかした自覚がようやくやってきて、一気に落ち着かない気分になる。

 でも、言った甲斐はあった。うなだれたままの俺の女神さまは、求めていたお言葉をくださった。

「はい」と、たったそれだけの言葉だったけど。

 それでも、精一杯で絞り出された本心なのだと思う。


 リーネリアさまに、俺を諦めさせずに済ませた。この大仕事を果たし、口から長いため息が漏れ出る。思わずイスに身を深く預け、ふと気になって両親に目を向けると……

 二人とも目を丸くしていた。


「口が回るようになったなあ……」


「まさか、ハルが女神さまを泣かせるなんてねえ」


「ひ、人聞き悪いな、もう」


 母さんに短く抗議の言葉を向けるも、そんなのは無視されてしまった。


「リーネリアさま」


「……はい」


 今もウルウルなさっているリーネリアさまは、袖で目元を軽く拭われた後、母さんに正対なさった。


「ウチの子、あまり失礼なことを言うようでしたら、その時は遠慮なく叱ってやっていただけませんか?」


「失礼だなんて、そんな……」


 話の流れをうかがうばかりの両親からすれば、俺の話はちょっとこう……ツッコミどころもあったようだけど、リーネリアさまの気分が上向かれ、それは何よりだった。

 気落ちされたままじゃ心苦しいし、寝付けも悪くなっていただろうし。

 この先、まだまだ色々と試練があるかもしれないけど、今日のところはいい感じで一日を終えられそうだ。


 実際、リーネリアさまにお顔を向けられ、俺は喜ばしい気持ちと達成感を覚えた。

 今となっては、塞いだ感じはほとんどなく、穏やかに微笑んでおられる。

「そろそろ就寝時間でしょうか?」との問いに、俺は両親の方を一瞥いちべつし、うなずいた。


「まあ、もうそろそろですね」


 すると、リーネリアさまは両親に向き直られ、小さく頭を下げられた。


「お話が一段落したところですし、おいとまさせていただこうかと」


 そうしてリーネリアさまは、ご自身の顕現について解説してくださった。

 神の顕現にあたっては、担当する勇者の魔力を必要とする。よって、出ずっぱりでは相当量の魔力を消耗してしまう。余程のことがない限り、就寝時には消えるのが普通とのこと。

「『普通』と言っても、同じ神の皆から、そのように教えてもらったことですけど……」と少し恥ずかしそうに補足なさった。

 それでも、さっきまでのご様子と比べると、ずっと気が楽になっておられるように見える。


 話は戻って、再びの顕現においては、魔力を提供する勇者側と顕現する神両方の同意が必要となる。神が勝手に魔力を引き出すことはできないし、勇者が魔力を放出しても、神にその気がなければ顕現は成されないということだ。

 では、顕現していない時の神さまがどうしているかというと、リーネリアさまのお言葉で言えば、「起きている状態」と「半分寝ている状態」の二通りある。


 非顕現時も勇者側の知覚は共有できるものの、半分寝ている状態だと、かなりぼんやりしたものになるのだとか。

 この半覚醒の状態は、勇者か神いずれかの意志で、起きている状態に移行される。この状態であれば、勇者と神の間で、声を発することなく心の中で会話できるのだとか。

 で、非顕現時の神さまが起きっぱなしにならないのには、もちろん理由がある。


「理由はいくつかあります。まず一つに、担当の勇者が複数いる場合、それぞれとのつながりが混線してしまうためです。そのため、場面場面で重要度の高い方に切り替えることで、混乱しないように対応しています」


 どうも、名の知れた神さまであれば、同時に担当を複数持つことなんて当たり前らしい。神々の間では、担当数に偏りが出るのはあまり好ましくないとしつつも、人間社会の要請に応える形で現実にはそうなっているのだとか。

 たとえば、親友のライナスについておられる槍神クレアロスさまも、数ある勇者や使徒のひとりとしてライナスに加護を授けておられるとのこと。


 そこまで仰って、少しお顔を曇らせられるリーネリアさま。

 複数の担当なんて、私には――とか考えておいでっぽいな、これは。

「俺にはリーネリアさまがつきっきりってことですか?」と問うと、すぐに「はい」とご返答。


「そりゃ贅沢な話ですね」


 割と素直な本音を口にすると、リーネリアさまは少しマゴマゴなさった。

「そ、そういうものでしょうか?」と仰せだけど、暗い感じはなくなったように見える。

 実のところ、同じ境遇の相談相手や競争相手がいないのは、少し寂しいように感じないでもないけど……取り立てて意識するほどのことでもないかな。


 そうして話が一段落し、試しにリーネリアさまが消えてみることに。

「初めてなので、緊張します……」と口になさるも、ご自身を卑下なさっているのではなく、単に言葉通りの心持ちでおられる様子だ。

 何度か深呼吸をなさった後、お体が淡い光に包まれ、魔力へと還っていく。


 それから少しして、俺の心の中に響く声があった。耳にするのとはまた違った感じの、透明感があるお声が。


『ハルべールさん』


『はい』


『ああ、良かった! 聞こえていますね』


 聞こえてくる声には、安堵と同時に、これまでにはなかった弾むものも感じられる。俺の方も、なんだか嬉しくなってきた。

 他の勇者や神々にとっては、なんてことのないことでも、俺たちにとっては大きな一歩だ。


 で、ご説明通り、このやり取りは両親には聞こえていないらしい。二人に対し、ほんのりと優越感を覚えつつ、声をかける。


「じゃ、おやすみ」


「ん」


「おやすみなさい」


 イスから立ち上がり、俺は自分の部屋へ足を向けた。


『私の方も、そろそろ切りますね。呼んでいただければ、すぐに起きますから』


『はい』


『お休みなさい』


 自分の中に響き渡る、柔らかな女性の声にゾクっとして、思わず背筋が伸びてしまう。


『と、どうなされました?』


『い、いえ、何でもないです』


 気分を落ち着け、息を整える。

 ややあって、まだ切らずにいたリーネリアさまが、『あの……』と話しかけてこられた。『お休み前に何度もすみません』と、本当に神さまなのか疑いたくなるほどに腰が低い。


『いえ、全然かまいませんけど、どうなされました?』


 先を促す言葉に数拍遅れ、お言葉が返ってくる。


『今日は……本当に、ありがとうございました! 今後とも、どうぞよろしくお願いします』


 そのお言葉をいただいた直後、不思議な感じを覚えた。自分の中にあったつながりが、フッと途切れるような感覚。

 おそらく、半分寝ている状態に入られたんだろう。

 この状態でも、俺が呼べば再びすぐ起きてこられるようだけど、さすがに申し訳ないな。


 それにしても――神さま相手にこんなことを思うのは不敬だと承知しているけど、どうしても思ってしまう。


 なんだか、支えたくなるお方だなぁ……って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る