第78話 この世の必要悪

 リーネリアさまが口になされた、「再抽選」というお言葉。初めて聞く言葉ではあったけど、意味は何となく分かる。

 これを知らないのかという問いに、どう返したものか戸惑ったものの、取り繕うのも無駄だと思って俺は素直に応じた。


「初耳です」


 正直な返答に、リーネリアさまは「そうでしたか……」と沈んだお声で答えられた。


「再抽選というのは」


「あっ、少々お待ちを」


 さっそく説明してくださるご様子のリーネリアさまに、俺は無礼を承知で割り込んだ。


「両親に聞かせても問題ない話ですか?」


「はい。あなたの人生に関わることですし、ご両親にも聞いていただく権利はあるかと」


 こうして、両親も当事者となって俺たち家族三人が神妙に耳を傾ける中、リーネリアさまのご講釈が始まった。


「再抽選」というのは、実際には俗称のようなもので、正式名称ではない。というのも、正式化するには色々と問題がある儀式で――

 端的に言えば、《選徒の儀》のやり直しだ。一度定まった神と人とのつながりを解消し、新たな契りを結ばせる。


 《選徒の儀》1回目との大きな違いは、人間側からの陳情が聞き入れられる余地が大きくなることだ。

 1回目の儀式については、使徒候補となる人間の適性や経歴を踏まえ、神々の間での協議を以って、どの神を宛てがうかが決まるそうだ。

 一方で再抽選の場合、この再抽選という決断に至った事由を申し立て、希望する神を申告することで、人間側の意向がおおむね通るんだとか。

 というのも、人に神の導きと恩寵を授けるのは、魔獣退治という善行を重ねた者への褒美という側面も大きいからだ。


 では、そのように人からの要望を聞き入れられる余地のある褒美なら、どうして1回目は神々主体で選定されるのか?

 答えは単純で、ヒト任せでは希望が偏るから。


 しかし、《選徒の儀》までこぎつけるほどの人物なら、相応に信仰心を持っていることも多い。思い描いた通りの神でなくとも、大体は満足や納得して受け入れるそうだ。

 リーネリアさまのお言葉を借りれば、神々は「使徒や勇者の器に甘えている」状況にあるとのこと。


……それでも、時に再抽選という道が選ばれることはある。貴族や名家の生まれといった、要求水準が高い方々。あるいは――


「私にも、過去に儀式で使徒となった方はいましたが、いずれの方も……」


 暗い顔で声を詰まらせるリーネリアさまに、俺はなんともいたたまれない気持ちをいだいた。

 ここまでお話を聞いていてひとつ気づいたのは、リーネリアさまは再抽選を選んだ人々や再抽選という仕組みそのものについて、恨みつらみをまったく抱いてなさそうだということだ。

 俺としても、そういった選択をした人々を責めようとは思わない。やっぱり、それぞれに事情があったことだろうし――

 少なくとも初日は、俺だってガッカリしたのも事実だ。故郷を出て少し旅をするという選択をしたのも、儀式のせい・・と言えないこともない。


 だとしても、再抽選という形で使徒に去られたリーネリアさまが、彼らを責めようとなさらないのは――

 ただ単に寛容で人間社会に理解があるというだけ・・じゃなくて、ご自身に対するネガティブなお考えがあるからのように感じられる。


 リーネリアさまが口を閉ざされ、重苦しい沈黙が場を支配した。

 俺の両親も、事の流れは把握してくれたようだ。うなだれておられるリーネリアさまに、普段は見せないような悲痛な目を向けている。


 そんな中、俺の中では……もう少し別の疑問が湧いていた。

 どうして、今になって、こんなことを知らされているんだろう?

 もっと前に知らされていても、おかしくなかったんじゃないか?


 早い話、再抽選について知っていてもおかしくない方々が、俺に対しては情報を伏せていたように思えるんだけど……

 ちょっと考えてみれば、「そうなるよな」と言えるものだった。


 まずは司祭様。最初の儀式から次にお会いするまでいくらか時間はあったけど、面と向かって話し合う頃には、俺は授かったご加護について割りと前向きな意志を持っていたと思う。

 司祭様からすれば、水を差すのもどうか……ってところだったんじゃないか。一度授かったご加護を捨てる選択について、俺が心苦しく思うのではとお考えになっても不思議ではないし。


 次に、アシュレイ様とカルヴェーナさま。お二方とも、再抽選については知っておいででもおかしくはないところだけど……

 確か、初対面の時から、俺がリーネリアさまの使徒だってことはご存じだったはず。で、カルヴェーナさまが再抽選について話題になさるはずがないし、アシュレイ様に対し何らかの「相談」があったとしても不思議じゃない。


 これまで出会った方々に、再抽選について知らされなかったことについて、だまされたとかそういう気持ちは起きなかった。

 それぞれの方にしてみれば、言う必要なんてなかっただろう。こちらとしても、聞かされてなくて良かったという気持ちさえある。ただ――


 今になってこんな話題を、あろうことかリーネリアさまに話させてしまったのは、事の流れとはいえ、とても申し訳なく感じた。

 決してご自身の口から話したい事柄なんかじゃないだろうに。


 そして……薄々感じていたことではあるけど、今日こうして直接お話してわかったことがある。

 これまでリーネリアさまの使徒になった人ってのは――おそらく、相当少ないながらも――存在はしていた。

 でも、リーネリアさまを顕現させられる勇者となると……多分、良く言って相当久しぶり。

 実際には、俺が初めてなんじゃないかと思う。

 勇者を介して人前に顕現したのも、きっと今日の儀式が初めてなんじゃないか。


 ややあって、リーネリアさまが俺の方にお顔を向けてこられた。弱々しさが少し去り、キリッと意志のこもった目を向けてこられる。


「やはり、今からでも再抽選していただくべきかと……」


 これまで自信なさげだった女神さまが、初めてご自分の意志を強めに示されている。

 その内容が別れ話っていうのは、なんとも切なくてならなかった。


 別に、俺が嫌われているとか、俺に不満があるとか、そういうわけじゃない。ご自身から再抽選を勧めておられるとはいえ、目と目が合うと、決意の奥に揺れ動くものも感じられる。

 やっぱり、名残惜しいんだ。


 リーネリアさまから切り出された話題ではあるけど、コレを受け入れてしまうというのは……この女神さまの境遇について、ある程度察するものがあって、それでもなお見捨てるって選択を選ぶのは――

 鬼畜とは言わないまでも、だいぶ逃げ腰で甲斐性なしに思える。

 だから俺は、ハッキリと言った。


 たぶん、リーネリアさまも期待していなかったであろう言葉を。

 おそらく、両親は想像していただろう言葉を。


「再抽選なんてしませんよ?」

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