第82話 リーネリアさまの昔話
目では好奇心をアリアリと示しつつも、いつになく静かに待ちわびるおチビたち。場がすっかり静かになってから少しして、リーネリアさまがついに口を開かれた。
「ええっと……実はね、みんなが食べてるお野菜とか果物って、最初からこの島にあったわけじゃないの」
自己紹介をお願いしたはずが、妙なところから話が始まった。
とはいえ、不平の声は特に無い。チビたちは「え~!」とか、「ホント~に?」とか、思い思いの言葉で疑問を投げかけ、話の続きを求めている。
神さま相手とは思えない態度だけど、この場はこれでいいんだろう。
というか、リーネリアさまには、むしろこれぐらいがちょうどいいのかもしれない。大変リラックスなさった様子で話を続けられる。
「大半のお野菜や果物、それに動物さんたちは、みんなのご先祖様が連れてきたんだよ」
「へ~!」
「そうなんだ!」
「気になったら、島の偉い方……
自然な流れで宿題ができ、「は~い!」と素直な返事。
――神さまの口から「島長さま」とか「司祭さま」とか、そういう敬称が出てきたのは……教育的なものだと思っておこう。
それはさておいて、リーネリアさまのお話は続く。
「この島の外には、大陸っていうとても大きな土地があってね。みんなのご先祖様は、もともと住んでいたところ……大陸にある港町から、この島へ移り住んできたの。その時に、もともと育てていたお野菜とか、お世話していた動物さんたちを一緒に連れてきたんだよ」
入植とか開拓とか、そういう話をチビたち向けにすると、こうなる。
「うんうん」と聞き入る小さな聴衆たちに微笑むリーネリアさまは、「でもね」と続け、みんなの注意を引き出された。
「ご先祖様がもともと住んでいた、大陸の方の港町や村にも、お野菜や動物さんが最初から全部そろってたわけじゃないんだ。実際には、もともとあったのはごく少数なんじゃないかな?」
「そうなの?」
次々に上がってくる疑問の声に、「そうなの」とにこやかに仰るリーネリアさま。
自信なさそうにしておられるお姿が印象強いせいか、こうまでハッキリと言いきられると、違和感を覚えないでもない。
ともあれ、リーネリアさんの語り口はあくまで滑らかに、先へと続いていく。
「港町からこの島へ連れてきたお野菜や動物さんたちも、実は港町に最初っからいたわけじゃなくて……じゃあ、どこにいたのって話になるよね?」
「うんうん」
「それを探すための、冒険、探検だったの。動物の担当は他にいて、私は植物専門でね」
話が佳境に入ってきた。チビたちもその辺の察しがよく、自然と場が静かになっていく。
「誰も行ったことがないような遠くの土地や、危険な場所へ冒険に行って、珍しい植物を見つけてくるの。おいしくて、体に良くて……ちゃんと育てられるものをね。そういうのを見つけて持ち帰って、畑に植えて育てて……わざわざ遠くへ行かなくても、みんながおいしいものを安心して食べていけるようにする。それが、私のお役目だったの」
聞き入るチビたち同様、俺もお話に集中していた。
冒険家然としたお姿と今のお話、それに俺が賜ったご加護を照らし合わせれば、「なるほど」とうなずけるものがある。
神々から授けられるご加護は、神々ご自身で奮われるお力の、ほんの切れ端でしかない。
それで、俺が賜ったご加護は【植物のことがよくわかる能力】だ。この力は、リーネリアさまご自身にとっては、旅先で発見した植物について評価するためのお力だった――
というのが、今ある情報でたどり着ける妥当な推測だと思う。
ま~、直接聞けば確実だし早いんだけど……リーネリアさまとしては言い出しづらい部分も結構ありそうな勘があって、ちょっとなあ。
今しがたしていただいた話に関して言えば、決して嘘をつかれただなんて思わない。
子ども向けの語り口こそ柔らかなものだったけど、新鮮味を感じるほどに胸を張って堂々と過去を語られた姿に、疑いなんて持てない。
一方で、意図的に隠されたり伏せられたり、そういう情報はあるんじゃないかと思う。
とはいえ、これ以上の踏み入った話については、自分から聞き出そうって気はしない。ご自身からお話ししていただける時を待つか……
あるいは、こういう機会に推理するか。
さて、リーネリアさまのお話に、理解が追い付いている子もいれば、そうでない子もいる。
実際、俺としても……いつも当たり前に食べてる食物が、もともとは別のところから取り入れたものだっていうのは、意識なんてしていなかった。まずはそこから理解する必要がある子もいるだろう。
とはいえ、わかってなさそうな子も、リーネリアさまが懇切丁寧にかみ砕いてくださったおかげで、どうにか理解が追い付いた。
つまるところ、リーネリアさまのお役目というのは、まだ誰にも知られていない植物――特に食用の「有望株」を発見し、それを持ち帰って、栽培できる作物に加え入れること。
俺たちが普段、何気なく食べている野菜や果物だって、さかのぼって考えてみれば、リーネリアさまみたいな先駆者の発見と活動によって、この世のどこかからもたらされたわけだ。
「つまり、仲間たちとの食卓を豊かにするために、私は冒険とか探検をしてきたの……わかってもらえたかな?」
「は~い!」
たぶん、みんなが冒険と聞いて想像していたような、血沸き肉躍る話ではなかったけど、わかってくれたみたいで何よりだった。
チビたちもチビたちで、話し相手としては手ごわいところもある。この子たち相手にうまくお話できたことで、リーネリアさまもこの後の自信がついた……と思う。
話が一段落し、俺は心の中で話しかけた。
『お疲れさまでした』
『ありがとうございます……やればできるものですね』
『俺はあまり心配してませんでしたけどね』
割と心にもないことをサラッと心の声にすると……何度か軽く瞬きなさった後、柔らかに微笑まれた。
『では、そういうことにしておきましょうか』
どうも、見抜かれてるっぽいな。でも、余裕ありそうで何よりだ。
『次も頑張りましょうね』と念じると、少ししてからお返事があった。
『……はい!』
――神さま相手に不敬は承知だし、直にお会いしたばかりではあるんだけど……
可愛らしいところのある女神さまだとは、つくづく思う。
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