第75話 俺の女神さま

 チビたちを送り出すと、シスターさんが「お疲れ様~」とねぎらいの言葉をかけてきた。

「ここから、また一仕事みたいな感じだけど~」とも。


 実際、儀式の中心人物になるわけで、いよいよと意識すると身が引き締まる物はある。

 それに――このシスターさんが意図して発言したわけではないだろうけど、思いがけないことが起きて、本当に「一仕事」になる可能性もある。


 託児所でのお仕事を終えてから少しすると、教会の準備が整った。助祭のお兄さんに呼ばれ、みんなが待つ方へと足を向ける。

 教会の中は、前に行った《選徒の儀》と同じぐらい、大勢の人でごった返していた。

「せっかくだから」ぐらいの感覚で来ている人もそれなりにいるだろうけど、期待や興奮を隠せないでいる人も多く、かなりの関心を寄せられているのが空気からわかる。


 ますます緊張してくる。


 教会に並ぶ長ベンチ最前列には、まず俺の両親。それから、幼なじみ連中。両親は、ソワソワというよりは、単に楽しみといった感じで、他のみんなよりも落ち着いて見える。

 いい意味で、超マイペースというか。

 一方、幼なじみたちは、いつもよりも落ち着かない様子で――

 もしかすると、前の儀式のことを思い出しているのかもしれない。


 そうした中、俺たちのリーダーのライナスが、チョイチョイと手招きしてきた。


「ハル、しっかりな」


「しっかりって言われてもなぁ……」


 そう返答したものの、ライナスの言いたいことはわからないでもない。

 なんていうか……俺は多分、神の使徒や勇者たちの中でも、結構特殊なポジションにある。

 その自覚を新たに、俺は軽く深呼吸をして、教会中央の祭壇に向き直った。


 儀式的には一段階進むというだけで、前に行った《選徒の儀》と大きな違いはない。

 祭壇に置かれた水晶球に手をかざし、神さまを呼ぶだけだ。


 もうここまで来たなら、後は前に進むだけだ。腹をくくり、親友に言われた通りしっかりと。教会に満ちていたざわつきも、一気に波が引いて静まり返っていく。

 声が去り、ただ視線だけが吸い寄せられてくる中、俺は司祭様に視線を向けた。誰よりも落ち着いて見える司祭様の、ゆったりとした首肯を受け、ゆっくりと両手を水晶球に――


 すると、手に温かな感触を覚え、それが徐々に熱感に変わっていった。耐えられないほどの熱ではなく、むしろ不思議な心地よさすらある。

 手に感じた、この力の流れが水晶球へ。淡い光に満ちた珠の中、より鮮烈な光が点になり、線になって図形になって――瞬く間に現れた幾重もの魔法陣、その絡み合いの中心に魔力の光集中する。

 そして、教会全体を照らすような強い輝きが生じた。それと同時に、何らかの存在が、突如としてこの場に現れた感覚も。


 強い光が去った後、ドキドキしながら横を見てみると……

 さっきまではいなかったお方が確かに、そこにおられた。白く淡い光を身にまとう女神さまが。


 前の儀式で見えていたのは、ほんのシルエット程度だった。確か、ロングヘアで、ゆったりとした服をお召しで……見えていたのはそれぐらいだ。

 しかし、実際に顕現なさったリーネリアさまは、思っていた感じとは少し違っていらした。亜麻色の髪がロングなのは前回のシルエット通りだけど、上には小さなつばのある帽子を被っておられる。

 それから、前はゆったりとした服をお召しに見えていた。なんとなく、ワンピースのような装いを想像していたんだけど……

 実際には外套を羽織っておられるだけだった。外套の内側は、ややポケット多めに見える旅装束と言えるもので、ぶっちゃけると俺たち冒険者と変わりない。

 足元まで目を向けると、くるぶしの上までしっかり覆う、ちょっと長めでいかにも丈夫そうなブーツ。

 神さま相手にこういうのも不遜に感じないでもないけど、なんだか親近感が湧く装いだ。


 前回の儀式で見たお姿から、なんとなく大人しそうなお方をイメージしていた。

 でも、実際に現れたお姿は、どこをどう見てもアウトドアの装いだ。おとなしいというより、活発・積極という言葉がよく似合う。


 ただひとつ――その姿勢を除けば。


 神さまからしてみれば、取るに足らない群衆を前にして、リーネリアさまはどことなくうつむき加減でおられる。

 ご尊顔に目を向ければ……俺たち男どもの願い通りというべきか、整った美貌であらせられる。

 だけど、戸惑いと逡巡しゅんじゅんの感じも。どことなく漂う居たたまれなさには、くだらない邪念を恥じずにはいられない。

 そうして、誰もが口を利けない静寂の中、時間だけが流れていって……


 ややあって、リーネリアさまが、少し曲げておいでの腰をまっすぐになされた。スラッとした長身で胸を張り、両手は――恭しくへその前に合わせて。

 場に集う面々に正対し、俺の女神さまは、開口一番――


「も、申し訳ありませんでした!」


 俺たち人間相手に謝罪なさった。勢いよく腰から曲げて上半身を倒した姿勢のまま、お言葉を続けられる。


「ハルベールさんほどの才気ある若者に対し、私のような無名の神が充てがわれてしまっている事実について、誠に申し訳なく、赤面の至りに存じます!」


 迷いを見せられていたものの、口を開かれれば流れるようだった。やけにハキハキした、透き通って心地よくさえあるお声が、虚を突かれた聴衆の間を滑っていく。

 不意打ちのように感じていたのは俺もそうだった。突然の謝罪に頭が白くなって……

 でも、立ち直るのは思っていたよりも早かった。


 たぶん、カルヴェーナさまにお会いし、このこと・・・・を託されたからだろう。

 ヒトなんぞを相手に頭を下げておられるリーネリアさまが、今どのようなお気持ちでおられるかなんて、憶測を働かせることしかできない。

 でも、カルヴェーナさまに「よろしく」と頼まれた意味が、自然と腹に落ちる思いもある。

 親友から向けられた「しっかり」という言葉が、心の中で再び響いてくる。


 責任感とは違う、使命感ともつかない、なんとも言えない気持ちが、胸の奥底から湧いてくる。

 まったくもって、色々と予想や期待を外されてばかりだけど、こちらのお方は俺の女神さまには違いない。


 だから、俺が支えていかないと。





~第1章 完~

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