第74話 儀式前のひととき
錬金屋の後、俺は島役場へ向かい……年上の職員さんたちに絡まれ、だいぶ照れくさい気持ちを味わった後、逃げ込むように教会へ向かった。
実際に用があったのは、教会に併設されている学校というか……託児所みたいになっている方だ。
「おっすおっす~」と部屋に入ると、チビっこたちがワ~ッと駆け寄ってくる。
俺も小さい頃は――実家が工房だし、放っておくと危なっかしい子だからと、ここの託児所の世話になったもんだ。
その縁もあったし、小さい頃から割りと本を読む方だったということもあって、気づけば託児所で教わる側から教える側に回っていた。
ここの教師役は、暇してる若いのが持ち回りするという程度のユルさ。俺がいなくても問題なく回っていたことだろうけど……
それはそれとして、俺が久々にやってきたことを喜んでもらえている。土産話への期待もあるだろう。
今日ここへやってきたのは、まさにその土産話のためだ。《昇進の儀》は教会でやるから、適当にブラつくよりは、ここにいた方がちょうどいい……ってのもある。
あと、前の儀式もそこまで厳粛なものじゃなかったけど、さすがにまだ分別ついてない幼い子を教会に入れて儀式に立ち会わせるってのは――親御さんの方が遠慮するだろう。
とはいえ、チビっこたちの方は、やっぱり儀式に興味はある様子。締め出してかわいそうって気持ちはある。
だから、その埋め合わせみたいなものというわけで、俺の土産話で今日のところは満足してもらおうってわけだ。
みんなの前で、教壇代わりのイスについて、視線を巡らせる。俺がやってきた時は騒がしかった子たちも、いよいよ話が始まるという雰囲気の中では口を閉ざした。
こういうところは、司祭様を始めとする聖職者の方々による教育の賜物ってところだろう。
ただ、口よりもずっと雄弁ないくつもの目が、ランランした輝きを放って話を促してくる。
――もしかすると、この子たちの中の何人かも、俺に憧れて巣立つのかも。
そんな事を思いながら、俺は旅先での話を始めていった。
チビっこたちは、それぞれ興味関心を
かと思えば、話の流れには全く関係ない質問を、思い出したように投げかけてくる子も。
小さい子たちにわかりやすく噛み砕こうと気を遣ったということもあり、土産話は思っていた以上の長さになった。
気づけば、窓の外からオレンジ色の光が差し込んでいる。託児所的にも、そろそろお開きの時間だろう。
実際、少しすると部屋のドアがノックされた。廊下側の窓へ目を向ければ、仕事が終わった帰りらしい親御さんの姿が。
「そろそろお開きにしましょうね~」と、間延びした口調のシスターさんが部屋の中へ。俺よりも少し上のお姉さんで、同じ教師役でもある。
やや名残惜しそうにする子がいないこともないけど、みんな聞き分けは良かった。親御さんが来ているからってのもあるだろう。
ただ、一点に関しては、大人たちの思い通りにならない部分も。
「ね~センセ~、私も儀式っていうの、見てみたい~」
甘えた口調で女の子のひとりが言うと、同調する声が続いた。シスターさんが俺にチラリと
「みんなには早いかな~」
「え~、なんで~?」
「ん~……神さまってね、ちょっと厳しくて~。聞き分けの悪い子や騒がしい子が紛れ込んでると、お機嫌を損ねちゃうの~」
実のところ、リーネリアさまに関しては、そういった事実はない――というか、何であれ事実がほしいぐらいだ――けども。
ただ……何かの弾みで小さい子たちが騒がしくし始めた時、リーネリアさま的に困るんじゃないかという漠然とした予感はある。
さて、シスターさんの言い分は、小さい子向けには申し分ないように聞こえた。これを受け入れる、もともと聞き分けの良い子も少なくないけど、納得してない子もいる。言葉じゃなくて、頬を膨れさせる抗議に可愛らしさを覚えつつ、俺は言った。
「まぁまぁ。リーネリアさまに会いたい?」
「うん!」
屈託のない返答は、俺にとって嬉しいものだった。リーネリアさまにとっても、そうであってほしいと思いつつ、言葉を続けていく。
「じゃ、明日みんなに会っていただけるよう、俺からもお願いしておくから。それでいいだろ~」
「ん~……」
「いい子にしてると、色々とお話聞けるかもよ? 儀式なんて、出ても良くわからないだろうし……それよりは、こっちでお話してもらった方が、ずっと面白いと思うけどな~」
儀式か、それともこっちでのお話か。いつの間にか択一のものにしている話の流れを、我ながら少しズルく感じないでもない。
――そもそも、リーネリアさまのお許しやご理解を得たわけでもないし。
いやまぁ、お話を聞けると明言したわけじゃないけど……この話の流れだと、ここの子たち的には、引き下がるのとセットだよなぁ。
ともあれ、俺が提示した条件は、チビっこたちにとって呑めるものだったらしい。「それなら、まぁいっか」と納得してもらえた。
このやり取りを聞いていた親御さんたちから、「ハル君、ごめんねぇ」と声をかけていただき、俺は苦笑いで返した。
「まぁ、気持ちはわかりますし、もし逆の立場だったら……」
「だったら?」
興味ありそうな目を向けてくるチビたちに、俺は軽く鼻で笑ってみせた。
「真似しそうだから言わない」
「え~」
「いい子にしてろっつったろ……まったく」
そう言って、半ば話を切り上げるため、軽く頭を撫でてはみんなの背を親御さんの方へポンと押していく。
「また明日な」と声をかけると、「うん」と返し、親子が自分たちの家へと帰っていく。そうした中……
「センセ」
「ん?」
「リーネリアさまさ、美人の女神さまだといいな~」
親父も同じようなことを言ってたよな……
正直過ぎる発言に、同世代の女の子が呆れたような目を向けている。
この視線が、俺にも流れ弾になるようだった。
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