第73話 親と先達
《昇進の儀》については、俺の両親も把握していたようだ。帰宅後、「明日やることになったから」と伝えても、「やっぱり」という言葉が返ってきた。
「リーネリアさま、どういったお方かしら? 今から楽しみね」と、母さんがにこやかに言うと、親父も楽しそうに口を開く。
「こういう楽しみがあるのも、知られていない神さまだからこそだな」
皮肉とかじゃなくて、本当にそう思っている様子だ。
自分の神さまが知られていないからこそ、俺としては今まで色々と気を揉む部分もあったんだけど……ポジティブな親父の言う通りではあった。
今までリーネリアさまに使徒がいたのかも、いたとしてどうなったのかもわからないけど……
それに、前の儀式の時よりも二人が乗り気で楽しみにしてくれていて、それは何よりだ。
実際、俺が家を出発してから、二人は色々と興味を持つようになったという。夕食の席では、俺から土産話をするものと思いこんでいたけど、二人からも色々と変化を聞くことができた。
「ハルがあっちで真面目に働いているんだと思うと……『ああ、本気だったんだな』って」
「軽い気持ちでの憧れじゃなかったとなりゃ、親としても……なぁ? ちょっとは知っておかんと」
というわけで、俺が今まで読んできた伝承とか神話とか冒険譚とか、そういうのに目を通すようになったらしい。
単に読み物としても面白く楽しめているようで、本の内容で会話が弾むこともしょっちゅうだとか。
俺が目指していく道について、両親からの理解を得られた。それだけでも十分に喜ばしい。しかし……
「どうかした?」と尋ねてくる母さんに、俺は聞き返してみた。
「いやさ。冒険者稼業に興味を持ってもらえたのはいいんだけど……その割に、手紙への返答が淡白だった気がしてさ……」
すると、親父が軽く吹き出し、口を抑えて笑い始めた。「ちょっとぉ」と苦笑いする母さん。少ししてから落ち着いた親父が、「すまんすまん」と苦笑いした。
「しっかしなぁ……家計簿送ってきておいて、『淡白』とか、そりゃあないだろ?」
「そ、それはそうだけど」
痛いところを突かれ、俺は口ごもった。
実のところ、手紙のやり取りで二人が淡白にしていたのも、それぞれ考えがあってのことだ。
「あまり詳しく聞かん方が、帰ってきた時に新鮮かと思ってな。楽しみは取っておいたってこった」
「私は……手紙で優しくすると、逆にホームシックになるんじゃないかってね。それよりは淡白にしておいた方が、あちらでの生活に集中できるかと思ったんだけど」
「はぁ、なるほどね……」
ともあれ、興味を持たれていないというよりはずっと中身のある理由で、手紙のやり取りが淡々としたものになっていたわけだ。
で、親父の言う「お楽しみ」をこちらからまくし立てていくことに。
もっとも、俺が一方的にしゃべって終わりということにはならない。冒険者ってものへの理解を始めた両親だけど、まだ良くわかっていない部分もやっぱり結構あって、ちょくちょく質問が入る。
でも、こうやって聞かれている事自体、二人が本当に興味を持ってくれている証のように感じられて、とても嬉しかった。
いつになく豪勢な食事も、やたら弾む会話の中では、冷めやしないかと少しもったいなく思えるぐらいで……
食後、話が一段落してまた明日というタイミングで、母さんが言った。
「明日の儀式、楽しみね」
「美人の女神さまだといいな」
「……鼻の下伸ばさないでね、あなた」
あまりに正直な親父の頬を、苦笑いしながらムニッとつまむ母さん。そんな、仲睦まじい二人に、俺は乾いた笑いとともに微笑を向けた。
――母さんには悪いけど、俺も親父と同類っていうか……
☆
翌日、朝。
《昇進の儀》を執り行うことについては、昨日の夕方から島役場の皆さんが動いて周知していったらしい。
渦中の本人としては、「そこまでしなくても」と思わないでもないけど……司祭様にとって《昇進の儀》が初めてってことは、もしかするとこのファーランド島開拓以来の出来事なのかもしれない。
そのせいか、ミーハーな島民――俺含む――が沸き立つのも無理はない、一大イベントになっている様子だ。朝っぱらから、町中にそわそわした雰囲気が漂っている。
とはいえ、春先の農作業の忙しさもあり、儀式はそれぞれの仕事が落ち着く夕方に執り行うことに。
それまでの間、俺はというと……農作業を手伝う腹積もりではあったんだけど、「せっかくの帰郷だし、少しは休んどけ」ということで、気を遣われた。
思いがけず暇になった俺は、だったらということで、帰郷したら済ませるつもりだった用事に取り掛かることに。
向かった先は、島唯一の錬金屋だ。
入ってみると、特に他の客はない。相変わらず、年の割にはシャキッとしたジイさんが、来客に気づいているだろうに本を読み
ただ、客が俺だとわかると、「おお」とまともな反応を返してきた。
「久しぶりだな。何か用か」
「ん、ちょっとね」
さっそく俺は、カバンから用件のブツを取り出した。小瓶に入った黄色の粉末。
自家製の《テンパレーゼ》だ。
「実はさ、あっちで調合を覚えて」
「ほーう、《テンパレーゼ》か」
すでにお見通しの様子だけど、別段の驚きはなかった。初心者向け調合、黄色い粉末、ちょっと前まで冬だった――等々の判断材料があれば、経験者ならきっとすぐわかることだからだ。
俺がカウンターに小瓶を置くと、その意図を速くも察したらしい。「どれ」と関心を示したジイさんが、瓶を開けて粉末をごく少量、手に乗せた。指に粉を付着させ、軽く舐めて一言。
「なるほど、ちゃんとできとる」
「いや……そこはもうちょっと、ホラ。何か検査とか」
「それができとるから出したんだろうが」
「それはそうなんだけど……この店にも、検査器具とか」
すると、ジイさんは無表情で首を横に振った。
「あるにはあるが、あまり使いたくはないな。試薬もタダじゃないんでな。せいぜい、海外からの仕入れの時に、納入業者立会でやるぐらいだ」
「ふーん、そういうもんか」
考えてみれば、試薬の仕入れも面倒だろう。となれば、薬を持ち込んだ俺が「ちゃんとしている」ことを信じ、省力化しようというのもうなずける。
まぁ、このジイさんがそもそも、そこまで熱心で精力的ではないというのもあるだろうけど……
それでも、接客態度はこの際置いといて、俺にとっては先輩には違いない。
「ジイさんも、錬金術師の資格とかあるんだろ?」
「なきゃ店なんてやっとらんわ」
「何級?」
すると、ジイさんは軽く鼻で笑い、立ち上がって棚の上から平べったいものを取り出した。額縁に入っている、何らかの書状らしい。
資格認定書か何かかなと思っていたけど、実際のブツはそれ以上のものだった。「ホレ」と無造作に手渡された書状を目にして、俺の目が点になる。
このファーランド島の島民全般の健康管理について、国から委任されたことを示す書状だ。
「すげえ」としか言えない俺に対し、ジイさんが満足いったような、勝ち誇った顔でスッと書状を取り上げる。
「……ま、ハルも大したもんだがな。役場に飾ってあるぞ?」
「は??」
「感謝状貰ったんだろうが」
いや、しかし……ジイさんがこういうってことは、みんなが見えるところに飾ってあるってことか? せいぜい、
みんなに見えるところに飾ってあるってのは、ちょっと恥ずかしいな。
――後で見に行くか。
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