第68話 人の世の神の在り方
カルヴェーナさまに促され、俺は港の桟橋の方へと進んでいった。
先に「二人で」と仰った通り、アシュレイ様は港の入り口の方で待たれる様子。ただ待つだけでなく、港の守衛さんとなにやら言葉を交わしておられるけど。
カルヴェーナさまが人払いを求められるのは、これで二回目だ。神を顕現なさった勇者でありながら、アシュレイ様は今回も会話から弾かれる格好だけど……俺はともかく、このお二方は気に留めた様子がない。
こういうのも、人と神の間にある信頼関係なんだろう。
さすがに、女神さまが顕現なされたとあって、気づいた方からは視線を向けられる。かと言って、話を盗み聞くには畏れと遠慮が勝る。
大いに関心を惹きながらも、それとない控えめさに留めるような空気感の中、俺たちは
「さて」とカルヴェーナさまが口になされるも、後に続くお言葉がない。こうした場を望まれたものの、言葉には迷っておいでのようだ。
「済まないな。付き合わせておいてこれでは。そなたの時間の都合もあるというのに」
「いえ、時間の方はまだまだ大丈夫ですから」
「そうか」
そういってお見せになるお顔には、安堵と一緒になった、慎ましげなしおらしさが感じられる。
他の皆さんの前では、きっとクールな美形の女神さまで通っておいでのことだろう。でも、俺は――色々と特殊な立場にある。
今回のお話も、やっぱり、そういう俺の立場に起因するものだった。
「話というのはいくつかあるが……そうだな。再三になって申し訳ないが、そなたが《昇進の儀》を果たし、リーネリアの勇者となるのが楽しみだというのが一つ」
「はい。実を言うと、儀式の後には御前まで、すっ飛んでいきたいぐらいには思ってるんですけど……」
少し前にこちらの教会で試しに測っていただいたところ、俺が勇者への昇進を果たすに十分な《
もちろん、今すぐにでも儀式を執り行い、リーネリアさまにお会いしたいって気持ちはある。
ただ……前々から決めていたことだけど、儀式は故郷でやりたかった。コレといった信念があってのことじゃなくて、なんとなくでしかないんだけど。
この、なんとなくのこだわりのために、カルヴェーナさまには少しお待ちいただくことになる。それが、俺としては少し心苦しくもある。
というのも、リーネリアさまの事を一番案じておられるのは、このカルヴェーナさまだからだ。おそらく、使徒たる俺以上に、気をかけておられるようにも思う。
実際に、お二方がどういった間柄なのかは、遠慮する気持ちがあって確かめられないでいるけど……
なんであれ、
カルヴェーナさまとの「再会」を改めて約すと、「ありがとう」と柔らかな微笑を向けられた。
この女神さまの、こういったお顔を拝見できるのも、なんだか俺だけの特権って気がしてくる。
――仮に
ただ、実のところ、カルヴェーナさまが漂わせておられるシリアスな空気は、芝居によるものなんかではなかった。「ここだけの話にしてもらいたいのだが……」と、やや声のトーンを落とされる。
「そなたら人の子が神の使徒や勇者を目指すにあたり、戦いは切っても切れない関係にある。なぜなら、魔獣を打ち倒して《源素》を集めなければならないからだ」
冒険者どころか、世間一般も同じ認識だろう。あえて口にする必要もない一般常識が改まって神の口から出たことに思わず身構えてしまう。
「つまるところ……戦いという大前提の存在故に、そなたらに導きを授ける神の間でも……」
そこでカルヴェーナさまは、言葉を詰まらせられた。何を言わんとなさっておいでか、話の先はなんとなく読める。
だけど、勝手に言葉を継いでしまうのも不敬に思え、俺はただ神妙に黙っておいた。
ややあって、言葉探しに苦慮されたカルヴェーナさまが、少し寂しそうなお顔で続けられる。
「我々、神々の間に格の違いが無くとも、人の世から見た場合の優劣は生じる。《源素》を仲立ちする諸々のプロセスのために、戦いに役立てる神は優れた存在となる。逆もまた然りだ」
人と神の関わりの現実について、神の一柱として端的なお言葉を告げられた。
人の子のひとりに過ぎない俺には、何の反論もできない。
これが、
俺たち人間は、きっと、「戦い」という窓を通して神を見る事が一番多い。神話でも、何かしらの戦いが大きく取り上げられる事が多いし、そこから生じた憧れが信仰に結びつく。
俺も、そういうよくあるガキンチョのひとりだった。
戦いそのものは、現実のごく小さな一側面でしかない。他にも大切なことはいくらでもある。
でも……《源素》という要素で、人と神が
カルヴェーナさまご自身についても、戦いという人間本位のごく狭い観点で、その評価が二転三転したというお方だ。こうした現実に色々と思うところおありで当然だろう。
でも、俺たち人間を責めることは決してなかった。
「そもそも、《源素》を集める事自体、武器を持たない民草から危険を遠ざける善行だ。その奉公は報いられるべきだろう。より戦いに適した神を、ご加護をと、求める気持ちを責められようか」
ただ――ちょうどここに、戦いに向いているとは思えない神さまと、そのご加護を賜った使徒がいる。
きっと、他の人には見せないであろう複雑な表情をお見せになって、カルヴェーナさまは続けられた。
「こうした関わり合いの形を、『歪み』だの『偏り』などとは言うまい。ただ……」
お言葉を重ねるほどに、次のお言葉に迷っていくカルヴェーナさま。そうしたご様子にあまり威厳はなかったけど、誠意は強く感じられる。
そうしたあり方が、むしろ俺の心に響いてきて、次のお言葉に耳を傾けさせた。
しばらくして、神には似つかわしくないほどの殊勝さをお見せになりながら、カルヴェーナさまが仰った。
「ハッキリ言うが、リーネリアは現在の人の世において、かなり不利な立場にある。あの子に付き合うことで、そなたも……本来手に取りえたものを、気づかない内に手放してしまうかもしれない。そういった不利に巻き込まれる可能性は否めない。しかし……」
少し腰を曲げ、俺の両手を取るようにカルヴェーナさまが動かれた。淡く光る手に包まれた両手に、人の肌ほどの温度は感じなかったけど、手が温まる不思議な感じはあった。
「そなたを面倒事に巻き込むばかりで申し訳ないが……どうか、そなたの器が許す限り、あの子と仲良くしてもらえないだろうか?」
実を言うと、俺は……カルヴェーナさまが仰った、このままを続けることによる「不利益」について、考えが及んでいないわけじゃなかった。
もっといい生き方があるんじゃないかとか、そーゆーのだ。でも――
少なくとも、俺は今の自分のことが好きだ。
リーネリアさまがどんな感じの方なのかは、かなり気になっている。
で、こうして頼み込んでこられるカルヴェーナさまに誠実さを感じてもいるし……だからこそリーネリアさまも、間違いないお方のように思える。
だったら、「今」を切り捨ててまで目指す「上」なんてものがあったとしても、俺にはなんだか色あせて見える。
まだお会いしてもいないお方に、ちょっと入れ込んでいしまっているようで、我ながら変な感じではあるんだけど。
心は決まった――というか、もとから決まっているようなものだけど、カルヴェーナさまに返すお言葉には、ちょっと迷った。「もちろん」みたいな二つ返事だと、あまり考えていないように思われそうだし。
かといって変に悩むのも、俺が負担に感じているように見せつけるみたいになってしまうし……
結局、俺は返答の代わりに、ひとつ問いかけることにした。
「リーネリアさまが、よっぽどアレな方じゃなければ、きっと仲良くさせていただけると思うますけど……そこんとこ、どうなんでしょうか」
「う~ん、あまり先入観は与えたくないのだが……世の在り方だとか、そういった面倒事さえなければ、そなたとも普通に仲良くなれるとは思うが」
「だったら、それで十分です。色々と面倒があっても、どうにかしますよ……たぶん」
「そうか……選ばれたのがそなたで、本当に良かった」
しっとりした笑みを向け、軽くうつむき加減になるカルヴェーナさま。
――これはこれで、良くないな。なんというか、勘違いするっていうか。
「嫉妬されませんか?」
あえて「誰に」とは言わず指摘を入れると、「それもそうか」とのお返事。思っていたよりもずっとサッパリしたものだけど、お心の中でつっかえていたものが解消されたからこそ、かもしれない。
「長話になって済まなかった。そろそろ戻ろうか」と、何事もなかったかのように仰るカルヴェーナさまにうなづき、俺たちは桟橋から歩きだした。
港の入口の方では、今もアシュレイ様が港の守衛の方と話しておられる。
「ハル」
「何でしょう」
「顔が少し赤いな」
そうさせたのはご自身だろうに、その自覚もあありだろうに、意地悪くつっついてくる。
でもまぁ、普段通りに戻られたってことでいいのかな。
「そうやってイジられたってことにしておきますよ」と返すと、クスリと笑われた。「賢いな」とのお褒めの言葉も。
それから少しして、桟橋の端に差し掛かるところで、カルヴェーナさまは小声で仰った。
「ハル、感謝の気持ちは本当だぞ」
それは言われるまでもなかった。
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