第65話 戦いの後のお楽しみ
山神様を討伐して状況の安定を確認するなり、負傷者の手当等その場でできる処置に入っていった。
戦いには参加しなかった俺だけど、こういうお手伝いぐらいはするべきだろう。誰かに何か言われるでもなく、率先して負傷者の方の運搬や介抱を手伝いに向かった。
巨大な雪玉を食らってグロッキーになっている方もいるけど、深刻なことにはなっていない。
他の方についても、負傷は雪による
応急処置の後は点呼。自力で答えられないほど消耗している者は一人もなく、無事に切り抜けられたことを確認し、一行を率いるアシュレイ様が安堵なさった。
実際、負傷者は出ているんだけど、今すぐにでも搬送して帰さないといけないってほどの方は出ていない。
戦いを見ていただけの立場がこういうのもアレだけど……相手の規模を踏まえれば、この結果は無事の
そうこうしている間に、《
……と思っていたんだけど、様子がどうもおかしい。ここから立ち去るでもなく、かといって一箇所に集まろうとするでもない。すり鉢状の戦場の脇へ置かれた荷物の方へ、参戦者の大半が――どことなく高揚した面持ちでいそいそと向かう。
そして、みなさんが手に取ったのは、細長い板切れ二本と、先に小さな円盤がついた杖二本。
何をするのかまったくわからないでいる俺の前で、みなさんが板切れに自身のブーツを固定していく。やけに手慣れていて、先を急ぐような感も。
やがて、最初に終わった方が「お先!」と陽気な声を上げ、両足に板切れをくくりつけたまま雪の斜面へと躍り出た。
細長い板切れは、雪の上に接地しても沈み込むことはない。斜面と体重が前進の力に変換され、雪の上を軽快に滑っていく。両手に持った杖でバランスを取りながら、踊るようにスイスイとすり鉢の底へ。
あー、なるほど。アシュレイ様もやってらした、スキーってやつか。
ただ、今やっているのは戦闘用の機動術ではなく、単にお楽しみらしい。
そうこうしている間にも、一人、また一人と準備が整い、雪の斜面を滑り下りていく。
なんていうか――山神様の討伐にも本腰だったんだろうけど、こっちの余興も、十分楽しみにしていたんじゃないかっていうノリだ。
故郷でも、自然の中で色々と遊んできたものだけど、こういうのは初めてだ。ウズウズするものを感じながらも、どうしたものかと戸惑っていると、「ハ~ル~」と聞き覚えのある声が。
声の方へ振り向くと、そこにはエルザとアランの二人が。俺にとっては、はじめてできた冒険者の先輩……というか、この地での友人だ。
どうも、俺がこういうのは初めてだってことを見抜かれている。見るからにまごまごしている俺に、エルザが微笑を浮かべながら近寄ってきた。
「やっぱ、こういうの初めて?」
「まぁ、ソリの経験ぐらいしかないかな……」
「それにしたって、喜び勇んで挑戦しそうなものだけど」
言われてみれば、そういうイメージは持たれてるんだろう。俺が少し消極的にしていることを、二人だけではなく、周囲の冒険者の先輩方も不思議そうに見ている。
さて……本当のことを言うのも、恥ずかしくはあるんだけど、黙ってたって始まらないか。
「いやさ、見られてる前でコケると、恥ずかしいじゃん」
「え~?」
そうかなと言いたげに首を傾げるエルザだけど、俺の内面を察してくれるのは早かった。ニコニコしながら更に近寄り、耳打ちするような距離へ。
「そっか、すっかり有名人だもんね」
つまり、そういうことだ。結構、見られてるっていうか、気にかけられている自覚はあって、客観的にも間違いない。エルザも認めるぐらいだから。
そうした衆人環視下で――「もしかしたら」と期待されてるかもしれない俺が、盛大にズッコケたらと思うと、やっぱり恥ずかしい。
いや、まぁ、自意識過剰ってのはわかってるんだけど。
そういう――我ながら割りとどうでもいい――葛藤に「うんうん」とうなづいた上で、エルザは今の俺よりももう少し建設的だった。
「でもさ、見てるだけってのも、ちょっともったいないよ?」
「それはそうなんだよな……」
「試しにやってみたら? みんな、最初は当たり前にズッコケルって」
「まぁ、そうか……」
「アシュレイ様だって、きっとそうだっただろうし」
割りと失礼な事を言っている気がする。幸い、俺たちの会話に気を取られている人はほとんどいなくて、誰かに聞かれた様子はない。
実のところ……アシュレイ様もやっぱり、最初はうまくいかなかったんだろうか。
そう思うと、最初からカッコつけようって考えが、身の程知らずに思えてくる。恥かくのが嫌だからって、まごまごしているのももったいない。
結局、友人の勧めに従い、俺も皆さんとご一緒することに。
「最初は付けてあげるから、よく見ててね」と、エルザが俺の足に板切れを装着させてくれた。この板切れで雪の上を滑走、両手に持つ杖っぽい物体はストックというらしく、これでバランスを取るんだとか。
「ま、最初はうまくいかないだろう。危ないと思ったら、スピードが乗る前に、腰を斜め後ろに動かして尻から接地するんだ。なるべくスピードを殺せるように」
「わかった」
アランからのアドバイスも受け、ものすごくぎこちない動きで、雪の上を歩いていく。みなさんは板切れがついた足でも、あまり苦もなく歩いているけど、俺はそうもいかない。
これでうまく滑ろうだなんて、もうスッパリ諦めたほうがいいな。
都合のいい「もしかしたら」を心の中で握り潰すと、気持ちがずっと楽になった。
ま、コケるのは前提として、今考えるべきは危なくならないようにするってことだ。
いよいよ滑り降りる段になり、俺は雪の斜面を前に立ち尽くした。山神様との初戦では、さほどの勾配に感じなかったけど、今は十分なスリルを感じる。
足が思うように動かせないってだけで、こうも違うもんか。
――あのときの戦いの方が、よっぽど危なっかしいことをしていた気もするけども。
なんとなく、色々なところから視線を注がれているのを感じつつ、俺は意を決し、目の前の傾斜へと体重を預けた。
すると、普段よりもずっと時の流れが早く感じられる中、体の動きも加速していく。ほっといても自分の体が前に進み、冷たい空気をかき分ける。
下半身は、先へ先へ進もうとしている。一方で、上半身は自然と怖気づいたみたいに、足に引っ張られるような姿勢になってしまう。
少しずつ乗っていくスピードを、他の皆さんみたいに御しきれるわけもなく、俺はなんかヤバい予感に素直に従うことにした。アランの助言に従い、尻もちつくようにして雪の中へ。ストックを握った腕でバンザイする格好になって――
まぁ、カッコいいもんじゃないのはわかる。
でも、慣れない感覚ながら、「もう一回」と思わせるだけの何かを感じてもいた。
このままじゃダサい。うまく滑れるようになりたいっていう負けず嫌いな感情もある。
それとは別に……うまく言い表せられないけど、ただ単に心地よい感じも。
尻を雪に埋めた俺のところへ、スイスイ~っと滑ってエルザがやってきた。勝ち誇るような感じはなく、ニコニコと笑顔で話しかけてくる。
「どう? うまく滑れなくっても、なんだか楽しいでしょ?」
「まあね」
彼女が差し出してくれた手を取り、俺はスッと立ち上がった。雪の上でバランスをとるのも少し難儀だけど。
それにしても……俺は、当たり前に滑っている他の皆さんに目を向けた。
「どうかした?」
「いや……こういう遊び、最初に誰が始めたんだろうって。エルザは知ってる?」
「私も知らないけど、実際だれなんだろうね?」
そこで、ふと思い至ったのは――案外、アシュレイ様なんじゃないかってことだ。なんせ、実戦の場でも危なげなく、自分の足となさっておいでだったし。第一人者って感じはある。
さらに、もう少し付け加えると……カルヴェーナさまとのやり取りをみる限り、遊び心というか、茶目っ気もあるお方のように思えるし。
事実はどうあれ、「そうだったらいいな」程度に俺は思った。
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