第64話 雪とともにある日常

 例年にないほど早期の山神様降臨と、突然の初雪がもたらした混乱や災難は、結局のところ深刻化することもなくすぐに終息した。

 で、後に残ったのは季節の前倒しだ。秋は一気に冬を迎え、枯れ葉の彩りは、真っ白な装いに取って代わられた。


 今年は少し急激な気温と天候の変化があったものの、このアゼットの港町に住む人々にとっては、こういうのは慣れっこらしい。

 しばしば降ってくる雪の中でも、街の活気は失われることはない。往来を妨げる雪をどかそうと、雪かきに住民の方々が駆り出されるんだけど、そうして外で同じ住民と顔を合わせることもまた、多くにとっては大切なコミュニケーションのようにも映る。


 俺たち冒険者に対しても、雪関係で仕事が舞い込むことが多々あった。街中は一般人に任せておくとしても、街から出ての街道となると、ちょっと難しい。

 そこで、街の衛兵さんたちと協力し、冒険者が出張して街道整備に向かうわけだ。

 魔法で火を操って雪を解かす人もそれなりにいるけど、おおむねスコップ等での手作業で雪をかき分けていく事になる。

 これは結構な重労働で、さすがに街道全域を除雪するってのは、降雪量次第では人手が追い付かない。


 そのため、街道上の要所に絞って雪を取り除き、利用者が道に迷わないようにしていく。

 除雪対象としているのは主に平野部。馬車や荷車の行き来を助けるためのものだ。

 もともと、豪雪に見舞われる地域を開拓したからだろう。あらかじめ、「そういう配慮」があったのは間違いなさそうで、街道には起伏がほとんどない。ちょっとした丘なんかは、突き抜けたりはせずに回り込む。そんな箇所もいくらかある。

 おかげで、雪の中で荷馬車が斜面を前に立ち往生、みたいなことにはなりにくい。

 街道上の除雪整備も、実際には交通の手助けと、事が深刻化する前の予防。降雪の勢いが増した際に備え、対応の下準備みたいな側面が強い感じだ。


 こういう用心深さ、先回りして対応していく姿勢が、街の上から下まで行き渡っているのは、山神様に鍛えられた・・・・・証拠なんだろうと思う。

 実のところ、あの勝手気ままな神さまが、この近隣の安全に貢献している面もいくらかある。


 街から東へ向かったところにある森は、普段は魔獣が出現する、冒険者にとっては主要な仕事場の一つなんだけど……

 雪の存在が状況を一変させる。

 今ほど防衛体制が整っていない頃には、森から溢れた魔獣が平野に溢れ出し、街を背に防衛戦を――なんてこともあったそうだ。

 でも、冬季にはそういう事態にならなかったという。平野に積もる雪に阻まれ、森林一帯が陸の孤島になったからだ。

 それでも森から出てくる魔獣は、いてもごく小規模な群れ。待ち構える側にとっては、雪の足止めもあって御しやすい相手だ。


 防衛戦での利便もさることながら、そもそも雪と寒さが魔獣たちの間での力関係を変化させてもいる。冬に対応できるタイプの魔獣が幅を利かせ、これまで我が物顔でいた連中に牙を剥くように。

 一方、それまでの多数派も黙っていられず、魔獣同士の縄張り争いが激化するのだとか。

 そうやって、最終的に冬向けの連中が勢いに乗ったとしても……春になると、また力を失っておとなしくなり、また勢力を失う。

 こうした勢力の移り変わりのおかげで、冬の到来は、魔獣にとって人間どころの騒ぎではなくなる。

 となれば、港町アゼットとしては、熟練者を偵察に遣わして魔獣の勢力の動向を調査すれば、それで充分。

 結果、春から秋までは魔獣退治に向かわせていた人材が浮くわけで、その分を街道整備に回しているわけでもある。


 それともう一つ――山神様討伐にも。


 シーズン中に何度も顕現するって話だったけど、実際、あの初戦から一ヶ月経つかどうかというタイミングで、再び降雪が強まった。

 その頃には雪への対処に本腰を入れていて、すぐに状況が悪くなるようなことにはならない。

 山神様への対処も、「これ以上降雪が深刻化して困らされないように」という、予防的側面が強い様子だった。


 で、突然の初雪とその対応に追われたシーズン当初と比べれば、二戦目以降はこちらの準備も心構えも整っている。一戦目とは大違いの充実した戦力で、山神様討伐へ向かうことに。

 衛兵隊と冒険者ギルドから、主戦力としてのべテランに加え、経験を積ませるための中堅やルーキーまで加えた大所帯だ。

 そうした一行の中に、お呼ばれされて俺も加わった。


 関係者には俺のことが色々と――尾ひれもついて――伝わっている感じだ。

 いざとなればで期待される部分もあったことだろうけど……どちらかというと、「使わずに済むであろう秘密兵器」、あるいは「幸運のお守り」的な立ち位置だったと思う。

 俺はあくまで、よそからやってきたばかりの新人冒険者だ。それが大手柄を打ち立てたとあって、冒険者の先輩方は発奮するところも大いにあったことだろう。

 そういうわけで、一歩引いたところから、皆さんの本来の戦いぶりを見学させてもらう運びとなった。

 俺としては、後学のためと言うこともあって、好都合だった。あまりしゃしゃり出るのもなぁ……って思いはあったし。


 実際、俺が差し出がましいことをする必要もなく、山神様との再戦は無事に終わった。

 さすがに人手が増えると不都合が出るところもあって、雪玉の攻撃を受けた負傷者も出たけど……そう深刻な痛手には至らなかった。

 あと、人手が多いから分け前として《源素プリマス》も減る。

 とはいえ、これに不平を漏らす人はいない。相手の規模は段違いになるんだけど、冒険者の先輩方にしてみれば、普段の魔獣退治が山神様討伐に置き換わったぐらいの感覚だそうだ。

 それに、よほど熱心に神の使徒や勇者を目指すのでもなければ、《源素》はちょっとした滋養強壮って感じにしか受け止められていない。


 加えて、参戦者の査定と昇進についても、人手が増えた分だけ重みは減っているようだ。

 俺の、あの初戦が、色々とものすごいイレギュラーなんだと思う。

 ただ――みなさんにとってのご褒美は、コレだけでは終わらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る