第63話 今ほしいもの

 山神様討伐の見返りとしての昇進話。これは実際、相当に光栄なことなのだろうとは思う。

 でも、自分のこの先に対する漠然とした思いとは、少し相容れない部分があるのも事実だった。そういった思いがあって、昇進話についてはあまり……なんというか、ちょっと……みたいな感じがあった。

 とはいえ、それを口にするのもすごく失礼に思う。功労者とはいえ、相手への礼を失するべきではないし……

 幸か不幸か、ギルドの代表の方は、こうした状況の経験も十分に豊富なお方のようだ。煩悶する俺の心中を手に取ったかのように、いかめしい顔を少し柔らかくし、口を開いた。


「やはり、慰留条件に代わる、正当な報酬を提示しなくてはな」


「そうですな」


 真っ先に同意なさった市長様を皮切りに、他の方々もうなずいて賛意を示していく。

 もっとも、ちゃんとした報酬をどうすべきか、悩みどころではあった。山神様の討伐に際し、金銭的な報酬で報いた事例は少ない。俺が外部の者だという事実もまた、問題を少し複雑にした。

 そこで、アシュレイ様が、軽く手を挙げられた。


「彼が今欲しいものをベースに、報酬を組み立てては?」


 それは実にシンプルなご提案だったけど……俺の口から、今欲しいものを言ってしまうってのも……いいんだろうか?

 いや、まぁ……それでいいのか。皆様方にとっても、そっちの方が話が早いだろうし。

 ご提案をいただき、俺は少し考えた。


「今欲しいものは……時計ですね」


「ああ、そういえば言っていたっけ」


 冒険者ギルドから、仕事帰りに魔道具屋へ足を運んだものだけど、散財するわけにはいかないと自制していた。

 そうした、「いつかは」と目をつけていた商品のひとつに時計がある。

 故郷のファーランド島じゃ、島役場ぐらいにしか置いてなかった。それで困ることもほとんどなかったんだけど……

 こちらの都会だと、時計がずっとありふれた品になっている。人と細かく時間を合わせて動くことも多い。そういうスタイルが、都会人らしいステータスのようにも感じられて、ちょっと憧れてもいる。

 まぁ……魔道具の中でも結構する商品だから、なかなか手が伸びなかったけども。


 この、時計が欲しいというお願いは――だいぶ「謙虚」なものとして受け止められた。

「他にはよろしいのですかな?」と、どことなく拍子抜けしたような市長様からの問いかけ。

 一方、俺に話題を振ってこられたアシュレイ様は、腑に落ちたようなお顔をしておられる。市長様への問いに悩んでいる間に、アシュレイ様が口を開かれた。


「記念の贈答品として、時計というチョイスは的確に思います。まずは一品ということで、よろしいのでは?」


「それはもちろんですが……過去の事例に照らしても、昇進の引き換えとしては、まだ安価に過ぎるのではないかと」


 望めばまだ下さるお考えのご様子だけど……困ったな。一品でまとまった金額が必要になるのは時計ぐらいのもので、後は雑多な要求になってしまう。

 いや――魔力薬一年分とか、貰えればありがたいけどさ。さすがに、そういう記念品じゃ味気ないというかマズいというか。

 次がなかなか思いつかないでいると、アシュレイ様が仰った。


「時計だけで十分満足かな?」


「はい」


「とはいえ、こちらのメンツもある。一品だけというのもね。追加の品は我々のセンスで選ぶとするよ」


 ぶっちゃけ、こういう贈答品については、品を求める側にもセンスが必要だろう。そういう点では全然な自覚がある俺としては、任せっきりの方がずっと都合がいい。

「お願いします」と皆様方に視線を送った後、俺は頭を下げ――

 ハッとして、一つ思いついた。


「何か思いついたかな?」と、優しく尋ねてこられるアシュレイ様。他の方々も、興味深そうに視線を送ってこられる。

 実際……頼まなくても貰えるのが当たり前かもしれないけど、思っていた通り物にならないかもしれない。対象物の性質を思うと、口で請求することに図々しさを感じながらも、俺は割り切って口を開いた。


「何か、書状のようなものをいただけたら、と」


「書状というと、感謝状のようなものでしょうか?」


「そういうのとも、少し違うかもしれませんが……故郷のファーランド島に向けて、今回の功績を表彰するものをいただければ、嬉しく思います」


 そもそも、俺が島を出た理由は……色々とあるんだけど、その一つに「外で何か成し遂げる」ってものがあった。

 この状況は、まさにそれだ。

 俺自身に宛てた感謝状じゃなくて、故郷のみんなに向けた――見せびらかすような表彰状が欲しい。

 この要望は、もとから感謝状を発行しようというご意向があった市長様にしてみれば、お安い御用だった。「もちろん、喜んで」とのご快諾。


「ありがとうございます。実は、故郷を離れるにあたって、島長しまおさからは私の素行を案じられていたもので……」


 これに「まさか」といった顔をされる参席者の方々。皆様方の反応を見る限り、今の俺は「しっかり」できているらしい。

 たったそれだけのことに安堵し……ホッとすると、また一つ思いつきが。度々の要求を、我ながら少し厚かましく思いつつ、俺は思い切って口を開いた。


「表彰状の文面に口出しするのも、さすがに不躾とは思うのですが……」


「いえ、伺いましょう。逆に興味がありますからな」


 と、お言葉通り、柔和な顔で耳を傾けてこられる市長様。


「故郷を離れて、こちらへ渡って参りましたのは、神の使徒としての研鑽のためでもありまして……そういった側面についても、何かしらの言及がありましたら、と」


 この要望については、俺の先を行く先輩も思うところがおありだったようだ。アシュレイ様が小さくうなずかれ、「市長」と口を開かれた。


「彼は実際、神をいただく者として恥じない行いをしていた。彼とリーネリア様の名誉のためにも、これは言及に値する事項と思う」


「承知いたしました。具体的な文面は、各種報告書を元に起草いたしましょう」


「書状づくりは私も手伝おう。共闘したひとりではあるけど、彼には助けられたひとりでもある」


 なんだか押し込んでしまった感があるけど、拒否感なく受け止められて何よりだ。

 その上、アシュレイ様もご一緒に書状を仕上げてくださる。俺の意図するところも、きっと察していただけることだろう。これで一安心だ。


 別に、リーネリアさまのお力でどうこうした事件ってわけじゃない。

 でも、俺があの時あの場に居合わせたのは……リーネリアさまから授かったものがあるからだ。

 こういうのも「お導き」、「思し召し」ってものだと思う。

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