第62話 報いのあり方

 アシュレイ様の着席を待ち、市長様が口を開かれた。会議の始まりだ。

 とは言っても、緊急性のあるものではない。単に、それぞれの時間が開いている内に済ませてしまおうと、朝っぱらからやっているというだけの話で。


 会議はまず、状況の確認から始まった。

 この場に臨む者たちの、功績の再確認でもある。


 山神様の討伐以降も、近隣一帯ではお役人の方から衛兵の方が状況の対応に動いていた。

 民間の方では、冒険者ギルドも協力態勢を構築していたし、街の外でも動く商人の方々も同様だった。

 そうした官民双方の協力も手伝って、例年にないほど早い初雪を迎えながらも、主だった被害は出ていないという。


「外出中の不明者及び死者は、出ておりません」


 知らせがないのは良い知らせ――なんて言うけど、こういう形で明確に吉報を聞けるのは、やっぱり皆様方にとっても格別のものがあるんだろう。取りまとめ役の方のお言葉に、真剣な場の空気も歓喜のどよめきで少し緩む。


「近隣の山中および街道上においては、若干の負傷者が発生している模様です。しかしながら、後遺症が残るほどの重傷者は、未発生です」


「かつてない早さの初雪でしたが、まずは第一波を乗り切った……といったところですな」


 ただ、第一波は終息しつつあると考えて良いものの、今はまだ冬の到来を迎えただけでしかない――というのも事実だ。

 そこで、第二波以降・・・・・、つまり山神様の再顕現を見越した動きと備えも必要になってくる。そうした対応については、また別の場で検討するとして……


 本会議一番の議題が、俎上そじょうに上がった。

 突発的な初雪にもかかわらず被害を抑える事ができたのは、当然のことながら、官民一体となった対応力のおかげでもある。

 ただ、もっと根本的な要因で言えば――そもそも、雪を止めさせたことの方が大きい。

 つまり、山神様の討伐こそが第一であると、少なくともこの場の皆様方はお考えだ。


 例の戦いに大いに関わり、トドメの一発まで入れた俺としては、もちろん光栄な話だ。

 しかし、それはそれで問題というか……討議すべき事項がないわけじゃない。

 市長様にとっても、あまり気が進まない議題というか話ではあるご様子。若干のためらいのようなものを見せた後、俺に真剣な眼差しを向けてこられた。


「まず、最初に申し上げるべき点として、雪への対処は地域住民全員の仕事であるという認識が、我々を含むこの地の領民には根付いております。手を取り合って立ち向かうのは当然であり、各々が自身の務めを果たすべきである、と」


「立派な心がけだと思います」


 実際、市長様が語られたことは、アシュレイ様にも話していただいた。この状況への対処は領民の仕事である、と。

 そこへカルヴェーナさまのお言葉があって、俺に援護要請なさる運びとなったわけだけど。

 問題は、こうした貢献に対する報酬のあり方にあった。


 山神様の討伐に関わる主な組織は、アシュレイ様のコードウェル伯爵家を除けば、冒険者ギルドと街の衛兵隊。いずれも構成員が戦闘等の功績によって昇進していくものだ。

 この昇進の査定に、山神様討伐への関与が大きく影響する。長期的に効いてくる報酬ってわけだ。


 一方、一時的な金銭報酬のたぐいは、あまり一般的ではないという。

 というのも、大昔にこの近隣一帯を開発するにあたり、特に冬場は街全体が資金繰りに苦しむほどの状況にあった。そこへ、山神様討伐の報酬を払うというのは……まぁ、色々とアレだった。

 とはいえ、払わずに済ませるのは、それはそれで十分にアレなわけで……当時の責任ある方々が、功労者に頭を下げた。「ちょっと待って欲しい」と。

 さて、昔から官民一体となって街を立ち上げてきた面があり、領主様ご一家や行政に対し、民間からも十分な理解はあった。

 そこで、一時的な支払いに代えて別の形での報酬を――ということで、所属組織内での昇進で報いるようになった一面もあるのだとか。

 こうした慣習により、冬に立ち向かうための連帯意識や帰属意識が強化されているものの……


 ご先祖から代々伝わってきた慣習の美点を認めつつも、市長様は申し訳無さそうな顔で仰った。


「功労者に対し、長期的には報いていると言えるものの、実際にはツケでの払いを認めてもらっている状況にあります。甘えてしまっている、と申しましょうか」


 で、問題は……俺への報酬をどうするか、だ。

 もちろん、先例に従って俺に長期的な視点での利益――つまり、冒険者としての昇進を与えることはできる。これは、臨席するギルドの責任者の方も明言してくださった。

 しかし、俺が短期間の滞在予定で、この街にいるということはギルド側も認識している。となると……

 ギルド側代表である、精悍な顔つきの中年男性が再び口を開いた。


「『昇進』が報酬と言えば聞こえは良いが、実質的に貴殿を我々ギルド管掌下に留め置くための、交渉材料になりかねない。それでも報酬には違いなかろうが、従来どおりの報酬が、貴殿への正当な報いとは考えにくいようにも思われる……というのが、我々ギルドとしての率直な見解だ」


 と、言いづらいであろうことを、本当に率直に口にされた。

 冒険者は、一般的にはパーティーを組んで動くものだけど、自分らしさを損なうような生き方を嫌う傾向にある。

 そんな個人主義者たちを束ねる組織として、こちらのギルドの方は、とても誠実でいらっしゃるように感じた。


 実際……ここの冒険者ギルドで昇進できるとしても、手放しに喜べないものはある。

 なにしろ、まだまだ入ったばかりの新人だ。やれることはあるけど、仕事の経験は不足している自覚がある。それでいきなり、上の方へ上がっても……ってのはある。

 それに――もっと、世界を広く見て回りたい。

 この街は十分に魅力的ではある。故郷とは違った形での、居心地の良さがある。

 だけど、人生をかけて腰を据えて……


 ここがそういう場所だと決めるのは、今の俺には、まだ早すぎるんじゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る