第56話 勝ち名乗り
急激な地面の盛り上がりに加え、これまでの前進の勢いが、俺の体を前方の宙へと大きく持ち上げた。
縄の起点は今も動いている。そのうち山神様の体から、アンカー代わりの矢が抜け落ちてしまうことだろう。
その前に、この大ジャンプがどうにか間に合った。宙に投げ出されながらも、体勢を整えようと奮闘し……
俺は山神様の胴体に
お体に取りついた虫のような俺の動きを、当然、山神様が感知しないはすはない。
「
と、やはり楽しそうに大声を放ってくる。
そして、迎撃も。もしかしたら温存し、待機状態にしていたのかも知れない大腕が、風を切って俺の方へと迫ってくる。
これは、考えようによっては好都合だった。
突き刺した矢がズリ落ちつつある今、命綱頼りというのも危なっかしい。
そんな中、逆利用できるものをわざわざ差し出してもらえたんだから。
俺は左手で縄を保持したまま、右手で腰のショートソードを抜き放った。急いで剣を両手で構えなおし、迫りくる大腕に突き刺さんとして切っ先を向ける。
直後、大きな衝撃が俺を襲った。
でも、体に直撃をもらうよりはずっといい。突き刺した刃の刃渡りと、剣を構える両腕をクッションに、どうにか衝撃を和らげる。おかげで、直撃をもらうようなことにはならなかった。
結果、山神様の体から腕へと乗り移りを果たした俺は、円運動をする新たな足場に運ばれて、これまでよりも高くへと持ち上げられていく。
足場に押さえつけられる、強力な重圧。圧縮された冷気の中を突き進む中、俺は山神様に声を張り上げた。
「ヘイ! 高さをくれてやってよかったんですかねえ!?」
この挑発に返答はない。初対面の相手だけど、声をかけられれば、よほどのことがなければ応じてくるお方だろうとは思う。
で、言い返してこないってことは、相手方も「マズった」という意識はあるのだろう。
大腕の振り子に連れられて、俺は山神様の体高を超えた高度にまで振り上げられた。
十分な高度と勢いを得られたことを確認し、俺は下肢に力を入れて踏ん張り、足場にした大腕から剣を引き抜ぬく。
やがて、下へ押さえつけられる圧迫感がフッと消え失せ、不思議な浮遊感に転じ始める瞬間がやってきた。
その機を逃すまいと、精神を集中させていた俺は、これまでにない高度から戦場を見渡し――
ここまで持ち上げてきてくれた足場から、勢いよくジャンプした。
アシュレイ様の回避行動を見ていてわかったのは、高度は力だってことた。
いや、力の貯えっていう方が正確かな。
高さを留めておくための、何らかの支えを失えば、高度はすぐに速度に変換される。山神様からの
「うっひょおぉおぉぉ!」
宙に飛び立った俺の体は、すぐに地面へと引かれて加速を始め……握りしめた命綱の導きで、運動方向が制御される。
この命綱はまだ健在だ。山神様の体から、アンカーとなっている矢が完全に抜き取られるその前に、ここで一手を施す。
一度は山神様の頭上まで大きく振り上げられた大腕から飛び立った俺は、風を切って進んで、山神様の股下を通過。
勢いはまだ止まらず、股に引っ掛けて食い込ませた縄が新たな支点となり、俺の体を今度は上方へと持ち上げる。
山神様の体に巻き付けていく事で、縄が徐々に短くなるけど、余りはある。股下への通過後、再び宙へと投げ出された俺は、両手で巻いていた縄をいくらかリリースした。
一時的にたわんだ縄も、俺の全身に与えられた勢いに引かれ、すぐにピンと張ることになるだろう。
瞬く間に再び宙へ飛び上がった俺は、まだ振り上げっ放しになっている山神様の大腕に目をつけた。手繰った縄で自分の動きをコントロール。ちょうどいい体勢で大腕に向かい――
大腕をかすめて接触するタイミングで、蹴りつけるように跳躍した。
落下を始めつつある体に新たな進行方向を与え、俺の体は大きく横へ。縄を山神様の頭部に引っ掛け、そこを支点に大回転。落下の勢いはらせん状に変換され、山神様の体の下半身へ向かい、縄がどんどん巻き付いていく。
俺の速度が不足すれば、今度は命綱を頼りに山神様の体を横方向へ駆け抜けていって――
結果、山神様の体に、縄が幾重にも巻き付く格好になった。
貫通した矢を一本、体を通過させて抜き取るのとはわけが違う。ここまで張り巡らされた縄をどうこうしようとすれば……
実際、どうなるんだろう?
山神様にも打開の手立てがあったのかもしれないけど、相手の体に取りつき続けるにはこれがいいというのが、俺の思い付きだった。
幸いなことに、ここからどうすればいいのか、向こうには見当もつかないらしい。そういえば、風を切ってお体の周りを飛び回っている間にも、なんだか困惑しているような呻きは聞こえたような。
何か閃かれる前に勝負をつける必要がある。俺は巻き付けた縄を頼りに、山神様の体を上へと昇っていた。縦向きの縄をよじ登り、横向きの縄は足場にして。
この間、俺を振り払おうという動き自体はあったけど、申し訳程度の抵抗という感じだった。腕の振り落としは緩慢としたもの。「また上に上がられては」という意識がおありだったのかもしれない。
ただ――せめてもの抵抗らしき腕の振り払いが、なんとも控えめな速度だったのは好都合だった。ちょうどいい坂道ができたとばかり、駆け上がっていけるショートカットにしかならなかったからだ。
こうした俺の対応もまた、抵抗の気を削ぐものだったのかもしれない。
懐に飛び込んだ羽虫に対しては、本当に対抗策が限定的で、かといって遠間にいる余人を相手にする意味も、もはやない。ご自身の歓楽のままに戦うようにしか見えなかった山神様だけど、状況は良く見えておいでのようだった。
山神様から周囲への攻撃が途絶え、逆に皆さんからの攻撃も、俺への誤射を避けるべく随分前から止んでいる。
にわかにやってきた静寂の中、吹き付ける寂しげな音だけが俺たちの戦場を満たし……
ひたすら黙々とよじ登って、俺はついに山神様の頭部に到達した。念のため、巻き付けておいた縄に足を引っかけ、確かな足掛かりとする。
と、そこへ山神様からのお声がかかった。
「グアッハッハ! 前にも我が体を登り詰めた阿呆はおったが、今日のは一段とイカレておるな!」
「そりゃ~どーも!」
確かに、皆さんにはドン引きされてるかもだけど……まあ、効率的な攻めだったとは思う。
さて、一見すると弱点なんてなさそうな、一様なお体の山神様だけど、実際には頭部付近に力の核となるものがあるらしい。
そこを破壊すれば、この超常の力を留めおく結束力を喪失。再構成まで山は静かになるんだとか。
後はトドメを刺すだけという段になり、俺は再び剣を抜き放って構えた。
頭の上に乗っている俺の動きは、やっぱり見えているんだろう。山神様は「そこの愚者よ」と、なんとも親しそうに呼びかけてきた。
「お前は今までにない種類の猛者だな。いったい、何者だ? 名は何という?」
問われて俺は……ちょっと戸惑った。
この状況で名乗りを上げれば、それってこの戦闘全体の勝ち名乗りになるんじゃないか。我ながらここまでやっておいて、今更というのはあるけど……
それでも、だいぶ差し出がましいんじゃないかとは思う。
そこで俺は、アシュレイ様に判断を委ねた。
「お答えして差し上げても、構いませんか?」
すると、俺を見上げるアシュレイ様のお顔に、ちょっと困ったような微笑が浮かんた。
「君の権利だ、思いのままに!」
お声には張りがあって、快く俺に任せようというご意向なんだとわかった。そこで改め、俺は眼下にいる土着神に目を向け――
この場の皆さんだけじゃなくか、未だに戦場を取り巻く雪の渦の向こうにまで届かせようと、大声を張り上げた。
「我が名はハルべール・マッキノン! 女神リーネリア様の忠実な使徒だ!」
この名乗りに対し……返答には少し間があった。
「リーネリア? 知らぬ名の神だが、聞き間違いか?
「失礼だな、もう!」
曲がりなりにも神と称される存在の上に立ち、その御頭を股にかけている俺も、相当アレなんだろうけど……ともあれ、俺は気を取り直して叫んだ。
「これで、忘れられない名になるでしょうよ!」
言葉とともに、両腕で構えたショートソードで、山神様の頭部をてっぺんから刺し貫く。腕の力に全身の重量も預け、固まった雪の奥へ奥へと、刃を侵攻させ――
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