第55話 巨人に挑む小兵
元は救助隊として現場までやってきた皆さんの装備は、余分なものを運ぶゆとりなんてなかったことだろうけど、十分に充実したものでもあった。
そうした装備の中から、俺はいくつかの物品をお借りしている。
まずは、この剛弓と縄付きの矢だ。
初雪に際し、白雪に紛れて動き出す野生動物というのは、いくらか存在している。そうした中には猛獣もあり、要救助者の安全を確保するため、まずは獣を狩る必要に迫られることも。
ただ、この弓矢にはもう少し多目的な意図も込められている。
例えば、遠くに離れた要救助者が、危険な場所に取り残されている場合。矢の尻に
遠地へ縄を飛ばす用途に加え、猛獣退治の可能性も見積もって、借りた剛弓は結構な張力がある。
俺が普段愛用している弓――今日は部屋に置いてきてあるアレと比べると、どっこいどっこいってところか。
作戦会議の時、隊員さんから借りて軽く引いてみた時は、隊員さんに軽く引かれたもんだけど。
良いタイミングをうかがいつつ、俺は弓矢を構える直前の体勢で、雪の斜面を動き続けた。
時折、俺の方にも雪玉が飛んでくるけど、十分な距離がある。替えの効かない役回りということもあって、こんなところで当たっていられない。
緊張に包まれながらも、不思議な高揚感が体を満たす。ここまでの寒く長い行程の疲れも跳ね飛ばすほど、自分の中に気力が溢れているのがわかる。
やがて、火と雪の応酬の中、絶好のタイミングがやってきた。
相手は攻撃に腕を使ったばかりだ。宙に浮かぶ雪の横断幕と火の玉が炸裂した後に、ぼんやりと広がる白い
勝負どころの到来に、一気に身が引き締まる。
迅速に、しかし慌てることなく、体は無駄なく自然と動いていく。
数えきれないくらいに繰り返した、骨身にまで沁みついている動作だ。
借りたばかりの大きな弓も、不思議と手に馴染んでいる。何の違和感も負荷もないまま、
普通の弓の構えとは違う若干一点に、俺は最小限の集中を振り分けた。敵に目掛け、弓を保持して構える右手は、弓のグリップと一緒に別の物品も手にしている。
これも借り物で、細長いスティック状の魔道具だ。棒の先端は番えた矢の先端にあてがわれるような位置関係になっている。
着火用の魔道具に俺の魔力を注ぐと、棒の先端に火花が生じた。鋭い矢じりを中心に、含ませておいた油分が一気に明るい朱色の光熱を放ち――
俺は矢を放った。
縄という荷を背負わされた矢も、剛弓が与えた力の前には
そして、貫通。高熱と速度を与えた飛翔体は、一撃で山神様の胸部を刺し貫いた。
普通の生き物――向こうさんの表現では定命の者――だったら、これで勝負ありの一撃だけど、これで終わるような相手じゃない。
それはもちろん、俺たちの方もわかっていて、何ならこの一撃は単なる足掛かりに過ぎない。
この縄付きの矢の用途に、遠地に括り付け、どうにか到達するための道代わりにするってのがある。
それを今からやろうってわけだ。
着弾を確認した直後、俺はすぐに動き出した。念のため二射目の必要を考慮し、構えた弓は背負い直す。残った手で、飛ばした矢から伸びる縄を手繰り、一気に引き寄せてみると……確かな手ごたえがあった。
「グアッハッハ! 小さき者よ、力比べしようというのか!?」
胸に突き刺さった異物は、あちらもお気づきらしい。まさか、力比べで勝てる相手とも思えず、俺は単にお声がけを鼻で笑って返答とした。
弓を背負い直し、両手で縄の余剰分を手早く巻いていく。すぐに縄のたるみをほとんどなくしたところで、俺は一呼吸をついた後……
景気づけに軽くジャンプした。地面から足が離れ、縄を頼りに体が前方へ吸い込まれていく。
戦場は浅いすり鉢状になっていて、傾斜は割と緩やか。その低い方に山神様がいるんだけど、巨体ゆえにすり鉢から体の半分以上が突き出ている。
そして、俺が撃ったのは山神様の胸のあたりだ。そこから伸びる縄を頼りに、斜面へと飛び込んでみれば……
ギリギリ足が届くかどうかという程度の斜面へと、命綱頼りに一気に駆け込むことになる。
「うっひょおぉぉおお!」
戦闘中だってのに、自然と声が出てしまう。皆さんには悪いなとは思うんだけど……
俺自身が超巨大な振り子の先端部となった今、飛び込んでいく俺の前に、見えない壁が立ちふさがる。ただその場にあろうとするだけの空気が、壁のような向かい風になって打ち付け、これを強引に突破していく。
幸い、前線へと一気に突破していく俺に対し、冷たすぎる空気の抵抗以外に、目だった障害はなかった。山神様の巨体は、人間と比べると圧倒的なリーチがあるけど、動きに機敏さはない。
それに、懐へ攻めよられると弱いってのは、皆さんの経験からも明らかだった。
じゃあ、どうやって接近するか?
俺たちの答えがこれだ。
実際、腕を用いた妨害の手立ては間に合わなさそうだけど、では山神様に応手がまるでないかというと――
「企ては良いが、残念だったな!」
どうやら、何かあるみたいだ。
注意して標的に目を凝らすも、それとわかる変化は何もない。大腕を振り回して妨害しようというのでもない。
最初に変化に気づいたのは、足だった。振り子の先端にある俺の足は、浅いすり鉢状の傾斜に触れるかどうかという位置関係だったけど、気づけば足がつく頻度が増えている。斜面でステップを踏んで加速しつつ、両腕で縄を巻き取っていく。
どうも、縄があまり始めた印象だ。少しずつ、しかし確実に。
これを地形の問題と片付けることはできる。でも、山神様の勝ち誇ったような言葉を思い出した。きっと、何かあるに違いない。
標的へと近づきつつある中、漠然とした不安を胸に、俺は握る命綱の先に注意を集中させた。
――縄の始点が少しずつだけど、のっぺりとした白い巨体をズリ落ちている?
そこで俺は合点がいった。
山神様の胸元辺りを撃ち抜いたからこそ、命綱の始点は十分な高度にある。この高度を活かし、振り子運動で一気に近づきつつ、懐の間で潜り込んだら縄を登るのが、この作戦の核だった。
しかし、貫通させた縄の始点が、雪の巨体の中を少しずつ下へと降下している。これでは、近づくのに結局足が必要になるし、転ばないように気をつけて懐までたどり着いても、登るのが一苦労になってしまう。
このままでは、山神様の巨体を完全に下へと通り抜け、命綱が抜け出てしまう。ただ――
「誰かお忘れでは?」
山神様を挟んで向こう側から、聞き覚えのある声が通ってきた。
いざという時、俺が高度を稼いで急襲するための算段はある。
「ハル君!」
「はい!」
応答とともに、俺はズリ落ちつつある命綱を急いで巻き上げ、両脚を曲げて力を溜め込んだ。
直後、これしかないという絶妙のタイミングで、足に何かがせり上がってくる感触を覚え――
全身を浮遊感が包み込んだ。
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