第54話 戦場に舞い散る赤と白

 白い大地へ叩きつけられる、真っ白な激流。巻き込まれれば――想像すら避けたくなる攻撃に対し、アシュレイ様の回避は一切の乱れを見せない。

 こうして囮の役割を果たされている間に、俺たち別働部隊は標的を回り込むように、浅い傾斜の斜面を進んでいった。

 今のところ、向こうの攻撃の範囲外ではあるらしい。超常の存在とはいえ、手から雪を出すという形式を崩せないのは、皆さん方のこれまでの経験からも明らかだとか。

 で、俺たちに注意が向けばアシュレイ様からの反攻がより強まる。


 そういった懸念は、向こうも当然のようにいだいていることだろう。

 さすがに、戦場全体を見渡せるほどの巨体だけあり、俺たちの動きにはお気づきだ。回り込もうという動きを牽制するかのように、山神様からのお声がかかる。


「ほほ~う! 余人を遣わし、挟み込もうというのだな? 高貴な生まれにありながら、自ら囮を買って出る……その心胆には敬意を表すぞ、アシュレイ・コードウェル!」


「敬意」と表現する割に、語調はどことなく愉悦にまみれていて響いた。上から見下ろすような言葉の端々が癇に障ってくる。

 俺でも、こんだけ苛立つんだ。皆さんの心中はいかばかりか。


 この戦いを楽しんでいるようにしか感じられない山神様とは対照的に、俺たちは黙してひたすらに戦場を進んでいって……

 特に何か仕掛けられることもなく、俺たちは山神様の後背に回り込んだ。浅く広いすり鉢状の戦場で、俺たちは斜面になりかける縁の方、標的はここからだいぶ下っていった底部近くにいる。


 正面切って対峙するアシュレイ様はいまだ健在。恐ろしい雪の物量攻撃も、あの方を捕えるには至っていない。

 それでも、山神様からは焦りのようなものが感じられない。俺たちが後ろに回り込んだっていうのに。たぶん、互いにまだ距離があるからこそ、注意を払われていないんだろう。


「よし、行こう」


 アシュレイ様に代わり、こちらの一団を率いる隊長さんが、相手に気取られないように小さな声を発した。

 とはいえ、声を潜めたのは特に意識してのものではなく、自然な流れとしてのことだったと思う。俺たちの動きは、今までも向こうにはお見通しだったんだから。

 実際、俺たちが接近を始めてからすぐに、山神様が反応を示した。


「寡兵ながら、中々果敢に動くではないか! いやあ、感心感心」


 相変わらずの上から目線で物を言った後――

 のっぺりした巨体に、もう一本腕が生えてきた。


 アシュレイ様の方に向けたのが正面ということなんだろうけど、こうなってくると、ある程度人の形を模しているだけでしかないように思えてくる。

 ただ、こういう対応を取ってくることは、事前の作戦会議で聞いていた。向こうは雪の体を変形させ、腕を追加で生やしてくる。こういうのは、よくあることだそうだ。

 しかし、本来の腕や身体の正面側に、より多くの力が注がれているのは間違いないらしい。追加の腕の力は、本来備わっている物よりも弱い。

 それに、わざわざ腕を生やさなければならないというのは、人体に生える腕の本数にはこだわらずとも、腕や手を介して力を発揮するという形式には囚われている――と推察されるんだとか。

 逆に言えば、これでようやく、俺たちを敵と認めて臨戦態勢に入ったってわけだ。


 正規の両腕よりは弱くとも、アシュレイ様ほどの機動力がない俺たちにとっては、やはり脅威となる。いずれもが自ずと固唾を呑んで構える中、背面に生えた腕が、ぐりんぐりんと気持ち悪く振り回され始めた。

 そして――腕から切り離された拳が、特大の雪玉になって襲い掛かってくる。


「散れ!」


 隊長さんの号令とともに、俺たちは雪の上を駆けて散開した。それと同時に、迫る大雪玉へ皆さんが杖を構え、魔法の火の玉を投射。

 突然の攻撃に対しても、狙いの方は精密だ。雪玉に対し、それぞれの角度から殺到する火球は、一つも外れることがない。

 そして、着弾。戦場の空に、火と雪のつぶてが踊り、すぐに溶け合って白い霧が立ち込める。


 そうした霧の奥から、大きな雪玉の第二射が迫る。失った拳をすぐに再生成できるという、便利なお体をしてやがる。

 初撃を受けた段階では散開しきれていなかっただけに、こちらとしては直撃をもらうリスクが高かった。

 しかし、互いの距離を十分に取れた今となっては、それぞれが避けるのに仲間の存在が邪魔にならない。飛んでくる雪玉を相殺する必要はなく、狙われた隊員さんが機敏に駆けて攻撃を回避。

 今回標的になったのは大柄な隊員さんだったけど、飛ばされた雪玉の方が大きく見えるほどだ。こんなの食らったら……即死はしないだろうけど、要救助者になってしまうのは間違いない。

 一発もらえば一気に流れを持っていかれかねない中、隊員さんたちは果敢に動いていく。


「射程内だ、かかれッ!」


 あちらからの攻撃が届くだけではなく、こちらからの攻撃が届く距離でもある。雪玉をもらわないように細心の注意を払いながらも、隊員さんたちが杖を構え、火の玉を敵へと飛ばし始めた。

 狙いは相手の腰あたりだ。相手の腕の動きを見ることが回避につながっている現状、狙いを上にしてしまえば、互いの攻撃が相殺されることによる視界の悪化は死活問題となる。

 だからこそ、腰あたりに狙いを定めているというわけなんだけど……

 隊員さんも向こうも、お互いに何度もやりあった仲だ。こちらの意図は、相手も読めている。


「狙いは良いが、人手不足は否めんなァ!」


 例年の初戦時よりは弱いとの見立てだけど、こちらの人手が少ないのも確か。腰部へと迫る火の玉を前に、山神様は、まだ届かない球を払いのけるように腕を動かした。

 宙に腕が通ると、その後に白い雪の幕が現れ、一時的に向こうへの視界が通らなくなる。

 この、白い幕へと火の玉が殺到し、着弾。結構な密度がある雪のカーテンに絡め取られ、火の玉は奥まで届かない。


 それでも構わず、隊員さんたちは攻撃を加えていった。視界を塞ぎすぎないよう、自分たちがやられてしまわないよう――味方の手を煩わせてしまわないよう、細心の注意を払いながら。

 それはアシュレイ様も同様だった。カルヴェーナさまが授けられたご加護で水の刃を放ち、ごく浅くではあるけども、山神様の体の表面を薄く切り刻み、剥落させていく。

 一見すると膠着こうちゃく状態だ。山神様の方は、少しずつ削れてはいるものの、まだまだ余力は十分すぎるように映る。

 方や皆さんの方はというと、攻勢を継続できている一方、どこかで一手間違えれば、一気に崩されかねない状況にあった。

 そんな中、俺だけが攻撃に加わることなく、状況を観察している。


 でも、別に看的のためにやってきたわけじゃない。

 俺には俺の仕事がある。

 俺の身体能力とかを買われ、アシュレイ様に――だいぶ迷われながらも――託された仕事が。


 ひとりだけ攻撃には加わらないおかげで、状況の注視だけは誰よりも冷静にできていたと思う。

 やがて、俺の攻め時が近づいてきた。飛来する巨大な雪玉を避けながらも、視線は遠方の標的に。背負った得物に手を伸ばしていく。


 かなり大きな作りの剛弓だ。

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