第53話 渦巻く雪のコロッセオ
「――では、今回はこれでいこう」
話をまとめるアシュレイ様の言葉に続き、俺たちは静かにうなずいた。
結局、作戦についての話し合いの流れの中、俺は自然と参戦することになった。作戦について尋ねたり自分の意見を言っている内に、この場の一員としての士気が芽生えてきて……
自分から言い出したというわけだ。
作戦会議が終わり、いよいよ後は実戦――
の前に、ちょっとした苦労が一つ。
「これから雪避けを消すから、みんな身構えるように」
事前の通告から少しすると、黒板にもなっていた土の盾が、シュッと大した音もなく地面へ引っ込んだ。それまで迂回させられていた吹雪が、こちらに叩きつけてくる。
とはいえ、最初からそのつもりだっただけマシだろう。それに、いつまでも続くようなものでもない。
実体というほど確かな構造を持たないくせに、雪と風は確かな圧を与えてくる。自然を借りた、超自然の防壁を前に、俺たちは壁を押しのけるように力を込め、一歩一歩進んでいく。
視界を埋め尽くす、白い帳の連続をかき分けていき――
急に視界が晴れ渡った。
かなり浅く広いすり鉢状になった雪の皿の中心に、前々から見えていた真っ白な巨人が立ちはだかっている。
そして、俺たちがくぐり抜けてきた風雪の壁が、この窪地一帯を取り囲むように流れている。上を見上げれば曇天。これまでと打って変わって、雪は降ってこない。
白い吹雪の渦に囲まれたここは、いかにもそれらしい決戦地のように映る。
お相手さんも、そういうつもりなのだろうか。ゆったりとした動きで、巨人がこちらに向き直る。
いや、顔も何もなくて、全身真っ白な雪の塊でしかないんだけど、顔がハッキリとこちらに向いたと感じられた。
そして、「ガハハ!」と大声が放たれた。あの巨人が放ったらしい声が、白い渦が取り囲む戦場に反響する。一方で、不思議と心の内に響き渡る感覚も。
「いつになく早いご到着! 結構結構!」
客人に対し、上から目線での応対。これに続いて、隊員の皆さん方から、息の合った舌打ち。
俺は遠慮したけど、アシュレイ様も舌打ちしたようだった。
イラッとしているのがそれとわかるけど、皆さんは冷静でもあった。「では、手筈通りに」とアシュレイ様が声をかけ、それぞれが動き出していく。
遮蔽物と呼べるものは特にないこの戦場、彼我の距離はまだまだあって、互いに攻撃は届かない。そこで、まずは距離を詰めていくことに。
もっとも、普通に歩いたのでは足が雪に埋まって戦いにならない。そのための対策の用意が、こちらにはあった。
隊員の何人かが長い杖を軽くかざすと、俺も含めた隊員に青白い魔力の光が行き渡り、フワっとした浮遊感を覚えた。
この魔法は、冒険者になってからの初仕事で、ハーシェルさんが使ったものに近い。対象を魔力の泡で包んで宙に浮かび上がらせるのではなく、水や雪などの上を歩けるように、浮力を調整したものだとか。
実際、雪に埋もれていたはずの足が、取り囲む冷気から開放された。白い地面に足をおいてみると、雪とは思えないほどに地面の確かさを感じられ、足はごくわずかにしか沈まない。
道中はこの魔法を使わず、この決戦用にと魔力を温存してきたわけだ。雪中を歩くのと段違いの――つまり普通の速力で、俺たちは山神様へと回り込むように距離を詰めていく。
俺たちがこうして雪の上を歩いていく一方、アシュレイ様はひとりで動かれる。
前もって作戦を聞いていたとはいえ、さすがに心配になって目を向けてみると――
「グァッハッハッハ! 相変わらずの手前!」
楽しそうな声が上から響く。白い巨人が前に構えた両手からは、天に渡した架け橋のような、白い怒涛が
『食らっても即死はしない』とのことだったけど、あんなものを受ければ、上から注がれる大量の雪とともに地面に埋もれてしまう。しかし――
白雪の激流が、アシュレイ様を捉えることはなかった。
現在の装備として、アシュレイ様は一本の細長い板に乗り、両足を板に固定されている。立ち乗りのソリみたいな感じで、こちらではスキーとかいうらしい。
で、重心を巧みに操ることで、空から迫る柱状の雪崩を見事に回避。戦場の傾斜を活かしてスピードをつけ、追いすがる攻撃を切り抜けられていく。
囮役を買って出られたアシュレイ様の奮闘ぶりを目に、作戦通り先へ急ぎながらも、俺は標的の観察に集中した。
一番厄介なのが、今もやっている攻撃だ。雪の大質量を投射する、ただそれだけのシンプルな攻撃だけど、俺たち人間にとっては十分脅威となる。
こちらからも魔法を使って対抗――というのも難しい。相手の方が射程がある上、よほどの戦力をかき集めなければ、一斉に放った魔法の火の玉も、雪の激流にかき消されてしまうのだとか。
ただ、向こうの動きに機敏さはない。それでも、威圧感のある白い濁流に追われては、生きた心地がしないだろうけど……
アシュレイ様の回避に、崩れる様子は一切ない。
山神様の方も、こういうのはいつもどおりなんだろう。翻弄されているようでいて、焦りはまったくない。戦場に注ぎ込む白い奔流は、相当の距離を隔ててなお、ドドド……と強い存在感を持って天地を騒がせている。
すり鉢状の戦場の外縁部を、なるべく水平方向に長く進み、ある程度行ったら急旋回。そうやって徐々に、アシュレイ様のスキーが低地に近づいていく。
最初の高度が速度の源泉であって、すり鉢の底部に到着すれば、満足に身動きは取れなくなってしまう――
という心配は無用だ。山神様の方だって、その程度で終わる相手とは思っていなかっただろう。
戦場の底部へ差し掛かりかけたところで、アシュレイ様のスキーがグイッと不自然に宙へと持ち上げられた。
その離陸地点では、地面が盛り上がっている。
カルヴェーナさまのご加護により、地面を隆起させ、斜面を降りて得た速度を高度に転換したというわけだ。
「いつ見ても大した腕前だ! どれ、楽しかろう!?」
「やかましいッ!」
心底うんざりしておいでなのか、アシュレイ様の口からは聞いたことのない言葉がピシャリ。
もしかすると、挑発のための言葉だったのかもしれない。しかし、アシュレイ様の技を鈍らせることはなかった。先程の飛び上がりから見事、雪の斜面に着地。再び速度を乗せ、激流とのレースが始まった。
そして……アシュレイ様自身、少し場に慣れておいでなのかもしれない。あるいは、囮の役割のためか。
事前の作戦案にもあったことだけど、アシュレイ様が敵へと近づかれていく。回避はよりシビアになる一方、繊細な重心操作でスキーを操り、戦場を縫うように駆けられる。
俺たちの方も、徐々に敵に近づきつつあるとはいえ、目にする物の方がずっとスリリングだった。
やがて、距離を詰められたアシュレイ様が、スキーで滑走しつつ右腕を前に構えられた。その手から放たれる一筋の軌跡が、山神様の体に触れ――
少しすると、山神様の右肩から、わずかにではあるけど薄く切り取られた欠片が剥離、地面に落ちていく。
カルヴェーナさまのご加護には、水を操る力もある。今の一撃は、凝集した水を放って対象を刻むものだと聞いている。
それにしても、「大地の彫刻者」との異名を持つお方のご加護に、地面だけでなく水も関わっているというのは、少し妙に思ったものだけど……
今になってスッと腑に落ちた。
カルヴェーナさまとアシュレイ様にとって、水は彫刻刀みたいなものなんだ。
上方より襲いかかる雪の圧をかいくぐり、スキーを操りながらも、水の刃で敵を切りつけていく。
しかし、これだけで勝てる相手ではない。例年よりも弱そうだとはいえ、それでも、だ。アシュレイ様の攻勢も、結局は敵の注意を引き付けるところに意味がある。
肝心なのは、ここからの攻撃――
俺の役目だ。
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