第52話 今年の山神様

 雪のとばりの奥に山神様の影を認め、俺は自然と身構えた。カルヴェーナさまとはまた違った形での威容に驚かされる。

 では、隊の皆さんの反応はというと、緊張感は確かにあるもののアッサリした感じもある。


「やはりといいますか、平素よりは小さいですな」


「仕掛けを早めるためにと、無理して力を投じているのでは?」


「いや、そういうブラフかもしれん」


「そうか? できることなら大きく見せてこその神だと思うが」


 と、超常の存在を目にしてもなお、落ち着いて議論を交わすだけの余裕がある。そのおかげで、俺もあまり戸惑わずに済んだ。

 現状、ハッキリしているのは、山神様が普段よりは小さく「見える」ということ。

 それでも、成人男性を上に数人並べたような体高なんだけど……


 この見た目が、こちらを油断させるためのものかどうかについては、意見が分かれるところだった。アシュレイ様の見立てでは、おそらく「ブラフではない」とのこと。


「いきなり気温が落ち込み、余計に寒く感じている部分はあると思う。実際の冷気は、例年の初戦と比べると、まだ弱い」


「となると、時期を早めるために力を使っていると?」


「ああ。この上で温存しているなどとは、考えたくもないしね」


 希望的観測であることをほのめかしつつ苦笑いなさるアシュレイ様だけど、この見解には隊の皆さん方も納得いったようだ。

 では、冬の到来を早めるため、多くの力を投じているのが正解だとして――

 問題は、現状の戦力で退治できるかどうか。

 もとより、そういった展開も考慮しての偵察ではあったのだけど……経験豊富な皆さんから見て、行けるかどうかは微妙なところだとか。


「例年の初戦よりはマシだろうとは思っていましたが、季節終わりの出涸らし程に弱くはなさそうですな」


「実はあれぐらいのを期待してたんですが」


「俺も」


 山神様は、シーズン中に何度も出現するって話だ。で、冬の終わりには弱っちくなっていて……それぐらいであれば、この戦力でも余裕ということだったんだろう。

 ひとまずの観察は十分と、アシュレイ様が地面を隆起させ、吹雪から俺たち全員を守る土の盾を作られた。

 なんでもないことのように力を操っておられるけど、少し羨ましいというか……憧れはあるな、やっぱり。


「さて、引き返すかどうか、だけど……」


 雪避けの脇を通り抜ける吹雪の音が響く中、アシュレイ様は言葉を続けられた。


 実のところ、討伐隊の頭数を増やせばいいのかというと、そう単純な話じゃない。

 というのも、例年と比べて早すぎる初雪への対処に、付近一帯の各所へと人員を広く展開しているからだ。こちらへかき集めて集合を待つだけでも、それなりの時間と手間がかかる。

 それに、広く展開した人員を集結させれば、元の持ち場の負担が強まる。

 だったら、ここで仕掛けて雪を終わらせることができれば――他の場所での救助や支援等も円滑になることだろう。


 やれるものならそうしたいのはもちろんとして、では自分たちの戦力でそれができるか。

 大きな選択を前に判断を迫られる形となり、皆さんが自然と押し黙った。

 口を閉ざす俺たちの間の静寂に、すぐそばを通り抜ける吹雪の音が、脅しや挑発のような悪意を帯びているように響いてくる。


 そんな中、俺はここまでの話を振り返ってみた。

 今までの経験から考えて、今回の山神様は、この戦力で討伐できるかどうか微妙なところだという。


――で、こうした戦力の見立ての中に、俺は含まれているんだろうか?

 ここまでの話は、あくまで皆さんの経験則に基づくもので、俺の存在はきっとイレギュラーっぽいんだけど。

 その点を指摘してみると、俺のことはあくまで頭数とカウントしていて、ヒラの隊員相当で考えていたという感じの方がほとんど。

 じゃあ、ヒラ隊員よりも俺の方が、こういう局面でやれる・・・かというと……

 場の視線が自然とアシュレイ様の方へ向く。静かな緊張感の中、「実を言うと」と、アシュレイ様が申し訳なさそうに口を開かれた。


「今回君を連れてきたくなかった理由が、もうひとつあって」


「何でしょうか?」


「連れてきたら、きっと実力を見たくなってしまうだろうな、と」


 つまり、それだけの関心を寄せられているって話だ。

 それからすぐ、表情を引き締められたアシュレイ様が、話を続けられる。


「冒険者ギルドでの彼の働きぶりや各種報告を見る限り、肉体的な強度や生存力、戦闘の技量などは、私と比べて何ら見劣りしない。むしろ上回る部分もあるように考えている。少なくとも、この場では重要な戦力だ」


「……ということは」


 年配の隊員さんが先を促すと、アシュレイ様が小さくうなずかれた。吹雪の中だけど、皆さんが生唾を呑み込む音が不思議と大きく響く。


「リスクがあるのは承知の上、ここで仕掛けたい。もちろん、それには同意が必要なんだけど……頼めるだろうか?」


 気さくな感じではなく、かなり改まっての問いに、俺は少し身構えた。

 手助けをしたいのはやまやまだけど、実際、俺がどういう役に立てるんだろう? 安請け合いも良くないし……

 万一、俺の身に何か起きれば、皆さんの方だって大変だろう。

 快諾したい気持ちを抑え、俺は緊張しながら答えた。


「何かしら作戦があれば、まずはそちらを先にお伺いできればと……」


 この要望は、至極妥当なものと認められた。

 というより、先に言うべきだったとお考えなのかもしれず、アシュレイ様はフッと顔の力を抜いて苦笑いなさった。


「済まない、順番が悪かった」


「『話は先に聞いておけ』と、冒険者の先輩方に教わりましたので」


 実のところ、いつもの仕事であれば、先に話を聞いてから決めるのが当然だ。しかし、今回は貴族家のご子息がお相手だ。我ながら口答えのように感じる部分は、少なからずあった。とがめられる気配はなくて一安心だ。

 で、話は作戦の説明に。アシュレイ様は、雪避けに造られた土の盾へと顔を向けられた。合わせて隊の皆さんも、同様に盾の方へ。暗い茶色の面に、幾人もの視線が向き……俺は察した。


「では、説明しよう」


 そう仰ると、アシュレイ様が軽く指を宙に遊ばされた。その動きに合わせて、茶色の土に線が刻み込まれていく。

 雪を避けるための盾は、今や黒板になった。見る見るうちに刻まれていく、妙に手慣れ感のある絵図を前に、アシュレイ様が作戦を語られていった――

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