第57話 戦利品と分け前
俺の刃は、きっと山神様の核に到達したのだと思う。不思議な感覚が体を包み込み、視界が一気に白くなる。
山神様の体は、音もなく崩壊しているようだ。そこまであった強大な存在が消え失せ、巨体を構成していた押し固まった雪が解かる。淡雪らしききらめきも、白い空に溶け込んで果てていく。
足場を失った俺の体は、徐々に下に引かれていくようだった。普通に落ちるよりもずっと遅い。それが、不可思議な浮力を与えられているからなのか、時の流れが遅くなっているからなのかはわからない。そのどちらもあり得るような感覚があった。
そうした神秘的な体験の
程なくして、たぶん後者だろうと俺は察した。
『中々楽しかったぞ、リーネリアとやらの使徒よ』
今度は耳にではなく、直接心に響き渡ってくる声。続いて『また来るのだぞ!』とかなんとか。
……まぁ、出てこられたら、お手伝いすることになるのかな……
最後の最後で、ゲンナリする思いを
やがて、足に何か触れる感覚を得、地面に立ったのだと認識した。雪上でも足が沈み込まないようにする魔法の効力は健在で、未だに不確かな感じはあるけども。
それからすぐ、辺りを染めるような白さが去っていって、視界にはそれまでの光景が戻ってきた。
違うのは、あの巨体がいないってことだ。
でも、完全にすべてが消え失せたわけじゃないのはわかる。目に見えない、強大なものが、すぐそこにある。見えずともそれが何であるか、俺にはよくわかった。
山神様の体を構成していた、《
戦いが終わった歓喜に浸る暇もなく、状況が静かに、しかし素早く動いていく。
《源素》はその場に滞留していたようだけど、新たな宿主をすぐに見つけ出したらしい。勝利者である俺たちの方へと、透明な力の風が流れ込んでくる、あの慣れた感覚があった。
ただ、直接的に手を下した俺が現場に一番近い。他の皆さんにも、《源素》の風が向かわないわけではないけど、このままでは俺の取り分が一番になってしまうだろう。
それでいいんだろうか?
「アシュレイ様! 《源素》が来てます!」
「ああ、いつも通り……いや、例年よりはいくらか少ないかな」
声をかけるも返答は実に落ち着いたものだ。《源素》がいつもより少ないってのは、山神様が初雪を早めるのに力を費やし、本体は例年よりも弱かったから、だろうけど。
「このままじゃ、俺の取り分が多くなりすぎるんじゃないですか?」
言わんとするところがわからないお方でもないだろうけど、こうしている間にも《源素》がどんどん流れ込んでくる。それ自体は、むしろ……望むところではあるんだけど、俺ばっかりというのも悪い。
だからこそ、声に発して問いかけたんだけど、アシュレイ様はあくまで鷹揚な感じであらせられた。
「君に頼んだ時点で、そのつもりではあったからね。遠慮なく持っていってほしい」
「う~ん……ヨソもんが力を持っていくってのも、あまり良くない気がするんですが。山神様から奪った力も、結局は対抗するための力になるわけですし……」
すると、アシュレイ様はやや目を見開き、「鋭いね」と仰った。
「とはいえ……これはあくまで、一戦の戦果でしかない。長期的に響くものでもないし、助けを請うた客人への支払いを渋るという方が、余程問題だよ。それに……」
アシュレイ様は少し不敵な感じの笑みを浮かべ、続けられた。
「君抜きでも毎年戦ってきた我々が、信用できないかな?」
さすがに、そこまでは。
たぶん、俺がいたことで早期解決に
ただ、俺がいなくても時を改め、兵力を備えて挑み、きっと勝利したことだろう。ひとり矢面に立たれて囮を買って出られたアシュレイ様も、魔法の火球で応戦していた隊員さんたちも、危なげのない戦いぶりだった。魔法使いの人手が十分だったなら、火勢で押し切れるだろう。
今更、皆さんの手腕にケチをつけるつもりはない。
「では、遠慮なく!」
俺は素直に贈り物をいただくことにした。声をかけると、アシュレイ様が満足そうに微笑まれた。
改めて、俺に流れ込んでくる力の風に意識を向ける。
生半可な魔獣では及びもつかないほどの《源素》だ。故郷で倒してきた
思えば、あの翼竜は、俺たちにとってちょうどいい戦場にやってきてくれた。いつ頃来るのか、だいぶハッキリと予想できて、皆で待ち伏せもできた。
……相手がカワイソウになるくらいの、ハメ殺しみたいな戦法も。
比べてみると、今回の山神様の方が、脅威としては上回るように思う。単純に、冬の到来を早めるというスケール感だけでも、段違いの大物だし。
それに、本体も大きかった。例年よりは弱かったって話だから、普段はアレ以上ってことなんだろう。
そんな大物も、どうにか倒せてしまったんだから……運が良かったと言うしかない。
流れ込んでくる力の風が止むと、急に辺りが明るくなったような感覚に襲われた。
実際、ハッと気づいて見上げてみると、空模様が変化している。空を覆う雪雲が途切れ途切れになったり、厚みが薄くなったり。
久しぶりに見る晴れ間から陽の光が差し込んで、雪に覆われたこのすり鉢状の戦場を照らし出し、きらめく光が辺りを満たす。
――キレイはキレイだけど、ちょっと目に悪いかな。
目を刺すような眩しさはあるけど、それでも勝利者の祝福のようではある。
「じゃ、帰ろうか」
気負いのないアシュレイ様のお言葉に、俺は「はい」と返してうなずいた。
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