第33話 先達からのお墨付き

 短い言葉を耳にして、ホッと胸を撫でおろす。これでどこか間違ってたら――それはそれで勉強になるけども、恥ずかしいのは間違いない。


 できれば自分の手で、薬の良し悪しを「検査」してみたいという気持ちもあるけど、それは遠い未来の話になりそうだ。検査では何をやっているか、俺が錬金術始めたてということもあって、見ていてもサッパリだった。

 けど、それは無理もないことらしい。というのも、「試薬」とやらを用いて薬の検査をするのは、初心者がやることじゃないからだ。


「普通は指導役に任せるものですね。誰かに師事していなければ、錬金術を教える学校なんかに通ったりして、上の人に完成品の良し悪しを見てもらうわけです」


「なるほど……」


「それにしても、初日からここまできちんと仕上げてくるなんて……ビックリですね」


 と、ニコニコ笑顔で褒めてくださるお姉さんだけど……

 さすがに、このまま黙ってたんじゃ、何か悪いな。

 完全に「俺の才能」だけでやりましたっていうんじゃ、このお姉さんをだましてるみたいだし……

 ご加護を授けてくださったリーネリアさまにも悪い気がする。


 変に思われるかもしれないけど、そのときはそのとき。割り切って腹をくくり、俺は本当のところを打ち明けることにした。

「実は、《選徒の儀》を受けてまして」と切り出すと、お姉さんは目を白黒させて「あら~」と応じた。

 冒険者業界とも関わりが深いお仕事だけに、こういう話題にもすぐについていける感じだ。


「《選徒の儀》を受けたということは、使徒の方? それとも、もう勇者の方だったり?」


 やっぱり、自前の魔力で神を顕現させることのできる勇者は、その前段階である使徒とは扱いが違うらしい。

「使徒の方です」と答えると、お姉さんは「だったら」と腰を上げ……苦笑いした。


「今までお名前聞いてませんでしたね。セシル・ルブランです」


 会って初日だというのに、なんとなく今更感を覚えつつ、俺も苦笑いで名前を口にした。


「ハルベール・マッキノンです」


「ハルベールさんですね」


 いきなりそっちの名前で呼ばれ、少し驚いたものの、冒険者相手の仕事ではよくあることらしい。

 なんでも、家名を隠して仕事をする人が良くいるそうで。そういうところで区別するのも……ってわけだ。

 せっかくだから、他のみなさんみたいに「ハルでいいですよ」と言うと、セシルさんは「ハル君ですね」と微笑んだ。


「そこで少し待っててくださいね」


 それから、建物の奥へと魔道具らしきランタン片手に歩いていき……程なくして戻ってきた。手にしているものには見覚えがある。

 冒険者ギルドでも身分照会に使った、《顕証の透板》だ。

 ただ、それよりは少し小さいような。


「コレ、個人用の品なんですよ。《奥印インブランド》はできませんけど、照会だけはできるという程度の」


「へぇ~」


 難しい客なんかは、店を構える錬金術師が「どれぐらいのモノか」を結構気にするらしい。それでいて、自分でそれを確かめるだけの見識がないとなると……

 こういう魔道具に語ってもらうしかない、というわけだ。

「ここ、いい街ですし、数えるぐらいしか使いませんけど」との話ではある。

「でも、今日が一番のレアケースかな」とも。


 にこやかに笑うセシルさんに促され、俺は板の上に手をかざした。ギルドでの照会と同じように、板の上で光の粒が舞って、俺が何者であるかを文字に起こしていく。

「なるほど、確かに」と口にするセシルさんだけど、次第に不思議そうな顔に。

 俺が《選徒の儀》を経た神の使徒であるだけというではなく、その先の記述が目に入ったんだろう。

 つまり、俺がリーネリアさまの使徒だというのと、授かったご加護、【植物のことがよくわかる能力】についての記述が。


 魔道具に証言してもらったところで、俺は自分の口で事の流れを明かしていった。

――植物の中にある何か・・が見える力で、薬の中にあるものを認識し、初めての錬金術に役立てた、と。


 言ってる内に、かなりズルしてる気がしてきて緊張したものの、セシルさんの顔に非難っぽい感情は見えない。ただ、静かに何かを考え込んでいる様子だ。

 ひとしきり、駆け出し錬金術師としての自己紹介を改めて済ませ、部屋の中に静寂の一時が訪れた。

 俺がなんとなく気まずく覚える一方、セシルさんはまだ静かに考え込んでいる。顎で軽く指を当て、視線は俺の《テンパレーゼ》の小瓶へ。


「ちょっと、いいですか?」


「は、はい!」


 不意に声をかけられ、俺は驚いて背筋を伸ばした。先生に悪事を叱られる子どもみたいな気分だ。

 もっとも、セシルさんにはまったく、そういう考えはないようだけども。俺が驚いたこと自体に驚いた感じすらあって、軽く目を見開いた後に苦笑された。


「ハル君は、リーネリアさまの使徒ということですけど……」


「はい」


「……う~ん、気を悪くしないでほしいんですけど、ちょっと失礼なことを聞きますね」


 ご加護というズルに気が引けていた俺にしてみれば、気を悪くするのも何かアレだ。セシルさんから余程のことを言われるとも思えず、「どうぞ」と応じた。


「では聞きますね。ハル君にご加護をくださったというリーネリア様について、何か知っていた人って、今までに誰かいましたか?」


「いえ、誰も」


 それから俺は、「儀式を担われた司祭様も、ご存知ではありませんでした」と続けた。

 こんな事を言うのは、司祭様には悪い気がしたけど……セシルさんにとっては、少しばかり助かる言質にはなるんじゃないかとは思う。


「続けての質問です。ハル君は現在使徒ということですし、リーネリア様に直接会ったことはありませんよね?」


「ええまぁ……儀式の時、リーネリアさまのお姿らしきシルエットが、チラ見できたぐらいです」


「実際に、リーネリアさまのお声を聞いたことも、今はまだ特にないですよね?」


「はい」


 実のところ、お声を聞いたことがないからこそ、早くお会いしてみたい気持ちがある。誰も知らない神さまということもあるし。

 そこで、リーネリアさま顕現には、使徒から一段上の勇者への昇格を果たす必要がある。そのためには《源素プリマス》が必要で、冒険者稼業をやっているのは、俺でもできる資金稼ぎという以外にそういう事情もある。


 さて、質問は一段落した様子だ。ややあって、セシルさんが再び口を開く。


「私もまだ若輩者ですが……錬金術師としては、相応のものだとは思っています。でも、【植物のことがよくわかる能力】というご加護は、初めて聞きます。錬金業界的にも、前例はないんじゃないでしょうか」


「う~ん……先駆者がいた方が、色々と心強いんですけど」


 何の気無しに口にすると、「そう、それなんです!」とセシルさんが、若干食い気味に応じてきた。


「ご加護の使い方について、リーネリア様からのご啓示があったわけじゃないですよね? 錬金術の品質検査に用いるというのは、ハル君自身で閃いたんじゃないかと思いますけど、違いますか?」


「そうですけど……」


 思い返せば、このご加護そのものについて、誰かに相談したことはほとんどないような。

 まぁ、故郷のみんなに助けを求めるわけにもいかなかったし、当たり前の流れか。

 それで……初めて本格的に相談したところ、錬金術の先輩が少し興奮気味になっている。


「ハル君が何を目にしたか、専門家としてはあまり適当なことは言えませんけど……このご加護と錬金術を結びつけて考えられるあたり、きっと錬金術師としての才能がありますよ!」


「そ、そうですか? 邪道もいいとこなんじゃ……」


「まぁ……それはそうですけど」


 セシルさんによれば、良い錬金術師の条件というのは、一般的には・・・・・「きちんとやる」の一言に尽きるという。


 教えられたことを、教えられた通り、きちんとやる。

 過不足なく、きちんとやる。

 余計なことはしない。


 なぜなら、定められた通りの調合をこなすのが、皆が求める錬金術というものだから。

 しかし――


「確かに、『言われた通り』に忠実な錬金術師は、良い錬金術師です。でも、そもそもどうして『言われた通り』を守るべきかというと、人がきちんと飲める薬にしなければならないからです」


 そうしてセシルさんは、ニッコリと微笑んだ。


「そういう意味では、正しい品質のためにあるものを活かそうというハル君の姿勢は……『言われた通り』ではないとしても、十分『きちん』とした錬金術師のものだと思いますよ」


 セシルさんから――この道の先輩から、認めてもらえる言葉を聞けて、俺は温かな気持ちとともに、体から不要な強張こわばりが抜けていくのを感じた。


 あのご加護について、きっと正しい使い方をできたんだと思う。

 決して、無意味なご加護じゃない。俺がご加護に、意味を与えることができた。

 あるいは、その価値に気づくことができた。


 色々と迷うこともあったけど、なんだか救われて楽な気分だ。その感謝にと、俺は無言で小さく頭を下げた。

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