第34話 閑話:錬金術師資格について

 セシルさんの言葉に、なんとも言えない温かな気持ちを味わっていると、少しして再び声をかけられた。


「《テンパレーゼ》は問題ない出来栄えでしたけど、これからどうしますか? 別の薬を覚えます?」


「いえ、しばらくは《テンパレーゼ》に集中したいなと思ってます」


 ご加護のパワーで安定した品質にたどり着くことのできる俺だけど、ご加護に頼りっぱなしってのも良くはないと思う。

 というのも、結局は口に含まないと何も見えてこないからだ。何か患っているわけでもないのに、薬を舐めなきゃ良し悪しを判断できないようじゃ、いずれ錬金術師を名乗るのも、ちょっと……って感じだ。

 だから、ご加護による判別を確かな土台とした上で、色や香りに対する判断力も磨いていく。

 そうして、最終的には調合中に舐めることなく、完璧な《テンパレーゼ》を作る……

 というのを当面の目標にしたい。


 現時点での所信を口にすると、セシルさんは嬉しそうに「うんうん」とうなずいて、俺の考えに賛同してくれた。

 ただ、そこからの話の流れは、俺の予想を超えていた。


「そうなると、これからも《テンパレーゼ》がたくさんできますよね?」


「そうなりますね。どうしようかな……自分で消費するにも、限度ありますし」


 じゃあ、仕事の仲間の冒険者に配る――ってのも、きっとセシルさんたち錬金術師には、商売の邪魔になっちゃうだろうし。

 などと考えていると……


「何なら、私が買い取りましょうか?」


 予想外の言葉に、少し驚いた。でも、提案は冗談ではなく、マジのマジらしい。

 セシルさんの提案は、具体的にはこうだ。俺が《テンパレーゼ》を調合できたら、今日みたいにこの店へ持ってくる。試薬を用いた各検査を行い、完全にパスできたなら、それを買い取って店頭に並べる――


「いいんですか? 駆け出しというか、アマチュアの薬なんて売っちゃっても」


「そうですね……ちょうどいいし、ちょっと見てください」


 疑問を胸に問いかける俺に、セシルさんはあくまで落ち着いた様子で、テーブルに置きっぱの《顕証の透板》へと手を伸ばした。

 すると、錬金術師としての身分を示す記述がズラリ。「自慢じゃないですけども」と、困ったように笑って謙遜してらっしゃるけど、実際はやっぱり相当優秀なお人なんだろうなぁ。

 それはさておき、セシルさんはご自分の資格をもとに、錬金術業界のアレコレについて講釈を始めてくれた。


「《奥印インブランド》で認められる公的資格として、錬金術資格があるんですけど……実は、一口に錬金術資格と言っても、何種類もありまして」


 一般に錬金術資格と表現される場合、それは国から承認を受ける国定錬金術師という資格を指すらしい。上は一級で、準一級、二級、三級とある。

 セシルさんは、一級国定錬金術師だ。字面の輝きに、思わずひれ伏しそうになる。


 それはおいといて……この国定資格は、あくまで「どの国が」認めたかを示すものであって、実際には他国に移り住んでも通用する。剥奪されなければ一生物の資格だ。

 で、この国定錬金術師という資格で何が認められるかというと、大きなものは錬金術店の経営権。資格持ちでないと、屋号等で「錬金」という文言を用いることができない。

 そして、資格の階級によって、取り扱うことのできる薬も変わってくる。

 また、顧客に必要な薬が自店舗にない場合、他店舗に向け、必要な薬とその分量について記した書類を出すことがままある。こうした書類に法的な裏付けを認められているのも、権限の一つだ。

 他にも、錬金術師として弟子を持つ権限。顧客に対し、錬金術及びその成果物たる調合薬に関し、専門家としての助言を提供する権限……

 等々が認められているという話だ。しかし――


「作る方の権利とかは、特に認められてないんですか?」


「実はそうなんです」


 なんでも、この辺の権利関係については、色々と事情があるらしい。


 作っちゃイカンというクスリは、実際にはある。何人たりとも許可されない禁忌の薬もあれば、ある程度の経験者でなければ、手を付けるべきではないクスリも。

 ただ、大半の薬については、作る権利自体は広く認められるべきだ。でなきゃ、しっかり認められるまで作る練習行為そのものが否定されてしまう。

 法規制は必要だろう。でも、技術が失伝したド素人たちによる錬金術業界を、誰も望みはしない。


 よって、大半の薬については、「作る権利」が広く認められるべきと議論が進んだ。

 では、「作った薬の存在を認められる権利」はどうか?


 成果物に対して焦点を移しても、色々と議論が生じる。

 まず、権利者が作った調合薬以外、法的に存在を認められないとなると……権利を認められていない弟子や学習者が作った調合薬は、必然的に廃棄することとなる。

 こうなると、弟子を抱える師匠や学校にとっては、金銭的な負担になってしまう。

 だからといって、公金で業界を助成しようにも、じゃあどっから資金を確保するんだという話に。


 で、一番スマートな解決策はというと――


『非権利者による完成品を、店頭に商品として並べるか否か。最終判断を国家資格者に委ね、販売する権利と責任を担わせる』


 というものだった。


 業界と規制側の経済的事情以外にも、色々と問題はあった。

 法規制を実効するとなると、非専門家による調合薬を取り締まる必要が出てくる。

 しかし、特定の調合薬に限った自作での個人的利用というのは、ぶっちゃけよくあることだった。こういうのも取り締まらなきゃいけないとなると、農家や冒険者業界との間に亀裂が入りかねない。


 また、調合薬とその製法法について厳密に規制するならば、原材料の季節性による品質の変化も、取り締まり対象となってしまうのでは……という議論もあったとか。

 で、季節や天候等による品質変化に対し、アレンジを加えてみせるのは、錬金術業界ではごく一般的に行われることだ。

 そういった職人芸にも厳格な法規制の手をかけるとなると、業界全体の技術や進歩に悪影響を及ぼしかねない。


 というわけで、「作る権利」や「作った薬の存在を認められる権利」については、国家資格では何一つ制限をかけないということになった。

 別に、モグリの錬金術師がハイグレードなクスリを作ったって、何の問題はない。

 ただ、一般人が出入りするような店に、正式な調合薬として値札をつけるなら、店の責任者に国家資格が必要になるという話だ。


「いざ取り締まるにしても、どうやってという問題もありますからね。密造酒なんかは、ある程度の規模の施設が必要ですし、仕入れの都合なんかもあって足がつきますけど……」


「錬金術だと、それこそ個人が出先でやれちゃうもんだから……ってことですね」


「そういうことです」


 ただ、国定錬金術師資格が定める諸権利が、実際には錬金術師という存在の一側面、すなわち販売・経営という事業主的な要素に偏っているのは事実。

 そうではなくて、誰がどういった薬を作れるのか。錬金術師としての技量を保証してくれる認定資格も、やっぱり需要はある。


 そこで、国家資格とは別に、国際的な錬金術師の組合が認める資格もある。

 こちらの資格は、調合薬に対する製造技術と知識を保証するものだ。権威があるとはいえ、あくまで民間資格であって、特に何か権利を認めるというわけではないけど……

 実のところ、こうした民間資格を持っていると、国家資格取得時にある程度実績として認められるという側面はあるんだとか。

 それに、"流れ"の錬金術師が、公的に権利を認められている錬金店へ商品を卸すなら、こういった民間資格があると話が早い――

 というか、余程のことがない限りは、業界人として必須だとか。


 そういった諸々を耳にして、俺は改めて《顕証の透板》へと視線を落とした。

 ご加護のこともあるし……セシルさん曰く、「向いている」という話だし、俺も錬金術師への道に進むことになるのかな、とは思う。

 俺がこういうご加護を賜ったのも、元を正せばリーネリアさまに「向いている」と思われたから……というのも、ありえそうな話だし。

 じゃあ、どこまで頑張るのかって話になるんだけど――


 一級の国家資格っていうと、やっぱカッコいいなぁ……

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