第32話 品質検査

 その日の晩、定食屋で食事を済ませた俺は、自作の《テンパレーゼ》を携えてあの店へと向かった。この時間帯なら、他にお客さんは少ないはずだ。

 町へ帰ったのは夕方で、試しに店へ近ついてみると、冒険者の先輩らしき人がチラホラと、あの店へ向かうのが見えていたものだけど……


 時間を改めた甲斐あってか、店の周囲は静かなものだった。

 でも、まだ閉店はしていない。ドアのプレートは開店中のままだし、店先には魔道具らしきランプの明かりがいくつか灯っている。

 日光を避けるようなたたずまいのこの店が、陽が沈んでからは周囲よりもほんのり明るいってのも、なんか変な感じはある。


 店に入ると、カウンターには例のお姉さんがいて、ちょうど本を読んでいるところだった。暇つぶしだったのかもしれない。

 ドアベルが鳴ったことで来客に気づいたお姉さんだけど、慌てた様子はない。まったりした所作で本を閉じ、こちらへ顔を向けて「いらっしゃいませ~」と声をかけてくる。

 あまり肩肘張らないのが、この店の雰囲気なんだろうなぁ~。


 そんな事を思った俺だけど、お姉さんの方はというと、客が俺とは思ってなかった様子だ。最初の挨拶に続き、「あらっ!」と一言。目を見開いて背が伸びる。

「お久しぶりです」と、ニコリともせずに冗談を言い放つ俺に、お姉さんは含み笑いを漏らした。


「思っていたよりも早かったですね~……何か、買い足りないものとか?」


「いえ、おかげさまでバッチリでした」


 この「バッチリ」という表現に、お察しいただけたらしい。それが予想外でもあったようで、再びお姉さんが目を白黒させる。


「『バッチリ』というと……もしかして?」


「その『もしかして』……だとイイんですけど」


 この道のプロを前に、いざ「できました~」と言い張るとなると、さすがに緊張するものがある。カウンターへ歩を寄せ、ドキドキしながら手をカバンへ。

 驚きと期待のこもった視線を感じながら、俺は完成品の第一号をカウンターに置いた。


「とりあえず、できました」


「あら~、スッゴい! まさか、初日から仕上げてくるなんて!」


 喜色満面のお姉さんを前に、少しむず痒いものを感じる。

「店で買った完成品を、移し替えたワケじゃないですよ」と付け足すと、「まさか」とにこやかに笑われた。


「ただ、うまくできてるかどうか……自分で試して大丈夫だったんで、たぶんいいだろうとは思うんですけど、確かめる手段ってあります?」


 気になる疑問を口にすると、「ありますよ」と即答。

 それから、お姉さんは上着の胸ポケットから、片手に収まる程度の円形の何かを取り出した。「ちょうどいい時間だし……」とつぶやいたあたり、たぶん時計だろう。

 時計をしまって立ち上がり、お姉さんが店の外へ。入口あたりで何かした後、閉じたドアに鍵をかけて戻ってきた。


「せっかくですし、検査しましょう」


 と、嬉しそうな笑みを浮かて俺の両肩を軽くつかみ、店の奥へとやんわり押してくる。


「店はいいんですか?」


「『準備中』にしましたから、大丈夫。『それでも』って人は、外から大声で呼んできますし……」


 つまり、そういう目に遭ったこともある……ってことだろう。

 そこまでしてくるような客の方が、余程な目に遭ってもいるんだろうけど。


 案内されたカウンターの裏側の空間は、最初は真っ暗だった。店舗側のささやかな明かりが差し込む程度。

 部屋の入口で、お姉さんはまず、壁沿いにある物体に手をかざした。片手大程度の小さく透明な玉だ。

 すると、お姉さんから玉へと青白い光が伝わった。きっと魔力だろう。その光が、今度は玉から部屋中へと、細く長い管を伝って走っていき――

 瞬く間に、部屋中が明るくなった。店側よりもずっと明るい、白い光に満ちている中、今日ここで買ったような道具から、見たこともない器具までずらり。

 いかにもって感じの作業場だ。


 錬金術用の機材どころか、明かり程度のものだって、俺には新鮮さがあった。しばしの間、口が開きかけるくらいに圧倒され、立ち尽くしてしまう。

 そんな俺に、「ふふっ」と柔らかな声が向けられ、ふと我に返る。田舎もん丸出しで恥ずかしくなりながら、お姉さんに合わせ、作業台で対面するように着席した。

 なんとなく、バツの悪い思いをしてしまう俺だけど、「スカして可愛げない初心者よりは」と微笑まれた。

 だったら、まぁいっか。


 気を取り直した俺の前で、さっそくお姉さんが本題に入っていく。にわかに真剣な表情になり、俺が作った《テンパレーゼ》の小瓶を開封。

 広々とゆとりある作業台には、色々なものが据え付けられている。

 その中の一つ、背が低い円筒形の何かにお姉さんが手をかざした。その上に三脚台とフラスコを置き、ボトルに入った水を軽く注ぎ入れる。

 たぶん、円筒形の何かは、熱を発生させる魔道具だろう。よく見ると、フラスコは完全なガラス製じゃなくて、底面にはよくわからない金属板がついている。


 そちらに目を奪われている間もなく、お姉さんは別方向へ手を伸ばした。細長い円柱が4本、若干の傾斜がついて四隅に立つ中、小皿が何枚も重なっている。

 小皿単体で重ねたんじゃ危ないから、4本の柱で支える収納器具ってわけだ。

 この小皿の山から数枚取り上げ、作業台の上に並べていく。それぞれに、俺が作った《テンパレーゼ》をごく少量、小さじですくって広げ――


 お姉さんは後ろに振り向いた。そちらにある収納棚は、数段ごとにガラス戸が割り当てられていて、中に何が入っているのか一目瞭然となっている。

 で、たぶんお姉さんが手を伸ばした棚が、一番良く使うんだろう。迷いない動きで棚を開け、いくつかの小瓶を、器用に片手でそれぞれの首をつかんでいく。

 それら小瓶を作業台に置き、まずひとつ目。開けた小瓶の粉末を、先に用意しておいた《テンパレーゼ》粉末の上にかぶせ、小瓶を閉める。二種類の粉末を混ぜ合わせ――


 変わらない真顔のお姉さんの手さばきを、俺は目で追い続けた。何かあれば、きっと顔に出るはず。今のところ、きっと問題ないだろう。

 それからも、お姉さんは《テンパレーゼ》に別の粉を混ぜ合わせていった。


 やがて、先に用意しておいたフラスコから、ふつふつと音が聞こえてきた。そちらへ目を向けると、音だけじゃなく小さな泡が立っている。

 どこをどう見ても火を使っていないんだけど、しっかりと熱は出ているらしい。その熱源と思われる、背が低い円筒形の品へ、お姉さんは手を伸ばしてフラスコの下からどかした。

 それから、沸かした湯へ、小皿に取っておいた《テンパレーゼ》と別の粉末の混合物を投入。白い金属製の細い棒で、液をかき混ぜていく。


 この、お湯へ溶かしてみる工程で、ひととおりの検査は終わったらしい。身構える俺に、お姉さんはニコリと笑みを向けた。


「きちんとできてますよ」

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