第31話 これまでにない薬

 魔力薬を口にして、見えている星座らしきものがなんなのか。まるでサッパリなのは相変わらずだ。

 だけど、今回の星座は今までにないくらいハッキリと、色鮮やかな青白い輝きを放っている。


――そして、いま見えている星座は、その一種類だけ。

 今までに口にしてきた植物は、何であれいくつかの種類の星座が見えてたというのに。


 まったく新しいタイプの何かを目にしている事実に、好奇心と興奮があおられる。ドキドキしながら、閉じた目をよくよく凝らしてみると……

 どうも、星座が完全に一種類ってわけじゃないようだ。他の種類の星座が、かなり奥まったところでひっそりと縮こまっている。


 星座が一種類しか見えないからこその興奮に、水をぶっかけられるような発見ではある。

 でも、少し冷静になって考えてみると、この魔力薬の特別さに水を差すわけでもないんじゃないか。この、うっすらと超控えめにしている星座は、単に「混ざってしまった」だけのように思える。


 ひそやかなその他を背景に、くっきりはっきり自己主張してくる主役の星座。この青白い星の連なりを取り込むために、魔力薬があるに違いない。

 ただ、それはそれとして、疑問は残る。


 俺のご加護では、肉や魚を食べても反応しない。塩もそうだ。

 でも、俺では星座が見えない食料だって、植物みたいに何かしらのモノは含まれているはず。

 となると、この魔力薬にも、何かしら俺には見えないモノが含まれていても別におかしくはない。

 いま見えている、この青白い星座が主要な働きをしているのは間違いないだろう。けど、これ単体で機能していると判断するのはまだ早いんじゃないか……ってことだ。


 別の疑問もある。

 俺のご加護で見えているってことは、この星座は何らかの植物が原料になっているはず。

 で、今まで口にして試してきた植物では、どれも何種類かの星座が見えていた。

 ってことは、魔力薬の原料の一つになっている主要な――もしかすると、単一の――植物素材は、俺が口にしても星座ひとつしか見えない特殊なヤツなんだろうか。

 あるいは、他に含まれていたであろう星座が、どういうわけか消えてなくなったか、それとも見えなくなったか……


 元からそうだった、つまり俺のご加護でも星座一種類しか見えない素材だったとすれば、話は単純だ。その場合は、かなり特殊な素材っぽいけど……

 なんとなく、それはないんじゃないかと思う。単に直感でしかないけども。

 かといって、それまで含まれていたはずの何かが消えたっていうのは、果たしてあり得るんだろうか――


 新たな疑問にぶち当たったものの、今日の調合を振り返れば、あり得ない話ではないように思えてくる。

《テンパレーゼ》を調合した際、それぞれの素材から必要な部分だけを用いて粉末にした。要らない部分まで混せちゃダメってことだ。

 この魔力薬も同じことで、必要な部分だけを用いるか、あるいは要らない何かを取り除くエ程があるのかもしれない。

 それこそ、俺みたいな錬金術始めたてではできないような、何かテクい技とか。


 思い返せば、親父が仕切る工房だって、鉱石から要らないモノを除去する精錬とやらで質のいい材料を用意していた。

 たぶん、錬金術でも似たようなことはするんじゃないかな。


――と、魔力薬の本来の目的そっちのけで推測を始めてしまった。

 ふと我に返って、体の反応に大急ぎで注意を傾けてみる。

 どうやら、魔力薬は効き目が出るのが早いらしく、俺みたいな素人でもすぐに、なんとなく効果を実感できた。気力や体力とはまた違う、慣れない力が、体の芯からフワッと沸き起こる感じがある。

 目を凝らしてみると、自分を中心にしてほんのりと、空気が青白く染まっているように見える。

 さっき目にした星座と同じ色だし、何か関係はありそうだ。


 うっすらとした青白さにも、ある程度の濃淡はある。指先が一番、力が濃い目に集まっているようだ。

 ハーシェルさんの話では、この魔力をコントロールする感覚を養うってことだった。

 試しにそれっぽく念じてみると……いくらか念じ続けた後、指先がジワっと温かくなり、他よりも青白い光が増したように見える。

 なるほど、こーゆーことかと、俺はひとりうなずいた。


 魔力薬のおかげで、今は身に余る力を感じている――

 いや、逆で、力が身に余っているのを感じているってところなのか?

 で、こぼれてしまっている分が見えていて、少しコントロールできればそれがわかる。


 俺のご加護もそうだけど、見えていなかったものが見えているっていうのは、結構すごいことだと改めて思う。

 見えているからこそ、わからないことが増えるってのもあるけど。


 しばらく、魔力を操るトレーニングをすると、次第に光が収まっていった。

 結局のところ、魔力薬で得た分は、俺の器をあふれた分でしかない。放っておくと勝手に消えてしまうということらしく、意識して光を集めた指先から、うっすらと青白い湯気のようになって逃げていく。

 自主トレとしては結構金がかかりそうだけど、資金に余裕が出てきたら、気が向いたタイミングで続けてみよう。


 そこで俺は、魔力薬を一気に飲み干さず、ある程度残しておいたことを思い出した。

 一気に飲んでた方が、もっとハッキリ見えてたんじゃないか。

 でも逆に、微妙にしか見えないぐらいで留めておいた方が、知覚したりコントロールする力が養われるかも?

 などと思いつつ、俺はスケッチブックを取り出した。

 せっかくだし、魔力薬の星座も書き写しておかないと。



 魔力薬を完全に消費し、二回目の魔力体験も終えた俺は、街への帰路についた。

 すっかりいい時間になっていて、登山客の人々が何人も街道へ歩を向けている。

 そうした、途切れ途切れな人の列に混ざり、俺はこれからのことや今日の発見について考えを巡らせていった。


 改めて、魔力薬を思い返してみると、中々面白い。

《テンパレーゼ》を服用した感じでは、いくつもの星座が存在していた。薬として機能するためには、あの構成やバランスが必要なんだろう。そのために加熱具合に注意を向ける必要がある。


 かたや魔力薬は、俺の目に見える星座がほぼ一種類と言って良かった。

 見えていない何かが存在して、そいつが重要な働きをしているという可能性は否定できないけど……

 そうじゃなくて、あの星座単体で薬として機能するというのなら、《テンパレーゼ》と対照的だ。


 その辺、実際はどうなってるんだろう?

 あの魔力薬が、本当に、他に何も入っていない方が、なんとなく面白い・・・とは思うけども……

 錬金屋のお姉さんに聞けば済む話か。

 《テンパレーゼ》らしきものも作れたことだし、さっそく顔を出すことにしよう。


 初日からいきなりできたとなると、さすがに変に思われるかもしれないけど。

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