第30話 飲めばわかる
錬金術師として、これが第一歩になる。粉末を収めた小瓶を軽く掲げ、俺は角度を変えて眺めてみた。頬が勝手に緩むのがわかる
初歩の初歩の調合ということだけど、それでも結構な達成感があるなあ~。
簡単な調合の割に、そこそこ時間がかかった自覚はあるけど……回数を重ねれば、もっとサクサクできるようになるだろ、たぶん。
こまごまとした作業が続いたせいか、それが終わったと思うと自然に体が伸びる。
しかし、開放感と達成感を味わうには、まだ早い。
きっとうまくいっているんだろうけど、これがきちんと薬として機能するかどうか、確かめてみないと。
ひとまず、俺の《テンパレーゼ》をごく少量、手に取って舐めてみる。
スケッチブックと照らし合わせてみたところ、星座らしきものは問題なさそうだ。見えちゃいけないものが見えているということはないし、あるべきものはしっかりとあって、過不足はない。
それぞれの星座の割合も、商品の方と違いはないように見える。
素材の加工はきちんとできていて、それら粉末化したものが、きちんと混ざり合っている……と思う。
ただし、俺のご加護で、薬の中の全てが見えているかというと……その保証はないんじゃないかとも思う。
たぶん大丈夫だろうという気持ちはあるけど、薬としてのデキを確かめるには、実際に服用してみるしかない。
そこで、まずはちゃんとした商品の方から試すことに。説明書きと教本を一緒に読み、適量を口に含み、事前に少し冷ましておいた
味の方は、独特の渋みや、舌を刺す若干の辛味・刺激感などがある。お世辞にもおいしいとは言えない。白湯で薄まってる分、まだマシなんだろうけど。
さて、後は効果が出てくるのを待つだけだ。すぐに効き目が表れるというものでもなく、暇つぶしに教本をペラペラと
しばらくすると、じんわりと体の奥から温まってくる感じがあった。
お~、これがそうなのか。なんか、少し感動してしまう。
薬についていた説明はごく簡単なもので、教本の方が詳しい事が書いてある。
《テンパレーゼ》の効能は、単純に体を温めるだけ。体を冷やしてしまった後、あるいは冷やす前の予防的に服用する。
また、体の中に蓄えられているエネルギーを消費・活性化させて、体を温めているのだとか。
『――そのため、体力が落ちている際に服用した場合、さらに体力を消耗する恐れがある。体力に懸念がある者においては、消化の良い食事を摂った後、加減しながら服用するか、本薬よりも効能が穏やかな薬を用いるべし』
なるほど。寒くなってきたらいくらでも売れる薬という話だったけど、気を付けるべきこともあるわけだ。
さらに読み進める内に、じっとり汗ばむくらい体が温まってきた。体力を使い過ぎているって感じはない。
上着を脱いでみると、涼しい風を前にしても温かさの眉に包まれているようで、心地よい涼しさと温かさの両方を感じているような、不思議な感覚だった。
教本によれば、この状態はだいぶ長持ちするらしい。だいたい4時間ぐらいとかなんとか。
――4時間って言われても、時計なんて持ってないけど。島にだって、島役場ぐらいにしか置いてない代物だったし。
魔道具屋に置いてあるとは聞いていたから、後で顔を出してみるか。
色々と要るものが増えてきて、仕事の方も頑張らないとなぁ。
さて、薬の効き目が切れるまで、川べりで読書を続けるというのもいいけど、せっかくだから山を散策してみよう。暇つぶしついでに、植生を見ておきたいというのもある。
そうと決めた俺は、調合に使った諸々を片付けていった。一式をしまい、上着は脱いだまま小脇に抱え、山の中へと歩を進めていく。
木々は結構な密度で立ち並んでいるけど、さすがに枯れた木が多く、視界は良く通る。
注意しなくても、この近辺にヤバい獣や猛禽は出ないらしいけども。
そうした、安全な動植物の生息状況に加え、山自体がなだらかな形状ということもあって、この小山は幅広い年齢層の人々にハイキング目的でも親しまれている。
実際、道中に老若男女さまざまな人と出くわした。
とはいえ、俺みたいな軽い服装の人はいなかったけど。
さすがに肌着ではないけど、その上が半そで一枚というのは、やっぱり傍目に見ても少し変らしい。
とはいえ、《テンパレーゼ》を服用したおかげで、これぐらいがちょうどいい体温になっているのも事実で……
道行く人に、たまに「どうかしたの?」と尋ねられることも。
そこで《テンパレーゼ》の事を口にすると、みなさん「ああ、なるほどね」的な態度で、すぐに納得してくれた。
登山客の皆さんにも馴染みある、確かな効能の《テンパレーゼ》も、次第に効果が収まってきた。体を包み込む温かさの幕が薄くなって、徐々に涼しさに押し込まれていくのを感じる。
それでもまだまだ、快適な体感温度を保てているあたり、冬場の野外作業で愛用されるというだけの事はある。
やがて「涼しい」が徐々に強まって、「寒め」と認められる頃になって、俺は上着を羽織った。
……けど、どうせまたすぐ、脱ぐことになる
山の中、ちょうどいい切り株に腰を落ち着け、俺は薬の小瓶を取り出した。
俺が作った方の、きっと《テンパレーゼ》になっている奴を。
少しドキドキしながら瓶のフタを開けて、きちんと適量を手に取り、口に含む。携帯している水筒には、渓流の水を一度煮沸したものを入れておいた。それで薬を飲み下していく。
後は、効果が出てくるまで待つだけだ。
急に体が温まるわけじゃないけど、とりあえず口に含んだ時の味と、目に見える星座的何かは、きちんとした製品と何ら変わりなかった……と思う。
「うまくいっているといいなぁ」という、大きな期待と、「うまくいってなかったらヤバいんじゃねーの」という、かすかな不安を胸に、ひとり山中を歩いていく。
とはいっても、体の中で起こるであろうことに気を取られるばかりで、目に映る鮮やかな景色も、今はそこまで気をそそられるものでもない。
そうして、まだかまだかと気が
じわっと体の中が温まり始める感覚に、俺は思わず軽くガッツポーズを取った。
一度温まり始めると、後は早いものだ。ドンドン体の熱が増していき、染み入る秋の冷涼さを跳ねのけていく。もうそろそろ日が傾くという時分だけど、普段の日中よりもずっと温かく感じられるぐらいだ。
俺の薬も、きちんと機能している。
その一方で、体力を無駄に遣っているかというと、そういう感じはない。言ってしまえば、特にその必要もなく、日に2度もムダに服用しちゃったんだけど。
俺の場合、普段どおりの体調であれば、飲んでからすぐに疲れすぎてしまうというようなことはなさそうだ。
もしかすると、明日の朝、目覚めた時の感触がまた違ってくるかもしれない。その辺は、少し意識しておいた方がいいかな。
山で暇つぶしをする理由もなくなったし、そろそろいい時間ということで、山を下って街へ向かうことに。
再び体が熱くなってきたから、人が少なめのルートを通りつつ、上着を脱いで身軽に。
単体で言えば、今日一番の買い物。魔力薬だ。
体に魔力を
そう言われて手を出した品だけど、すっかり忘れていた。日を改めて試すのもいいけど……どうしようか。
これから色々と必要になりそうな感じだし、明日からは冒険者家業にも力を入れたい。
となると、トレーニングなんかは気が向いた今日の内にやっておこうとも思う。
ものはついでということで、俺は渓流の方へ足を向け、せせらぎの脇にある小岩に腰を落ち着けた。
魔力薬の瓶を開けてみると、ほんのりと酒っぽい匂いが漂ってくる。水で溶かしてるんじゃなくて、薬酒ってヤツか……島の錬金屋でも見たことがある。
「子供は買うな」的な張り紙があって、逆にみんなの興味を惹いていた覚えが。飲んじゃうような悪い子はいなかったけども。
故郷の事を懐かしく思う一方、漂う匂いにあまりおいしそうな感じはしない。
まぁ、うまい薬なんてあったら、それはそれでアレか。
俺は気を取り直し、「高い買い物だったんだから」と集中した。念のため、一気に飲み干さず、いくらか残して後の備えにするよう意識しておいて――
俺は魔力薬を、ひとくち口に含んだ。
――目にしたものは、今までにないくらい衝撃的だった。
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