第29話 俺だけのご加護の用法

 さらに過熱を進めると、わずかに黄色差す程度の白い粉末だったものに、薄い茶色の焼き色がついてきた。

 明らかに熱を入れ過ぎの失敗なんだけど、この失敗作にだって、今の俺には意味がある。


 これ以上焼いてみる意味もないし、だいぶ減ってきたということもあって、フライパンを火から取り上げ粉末を小皿へ。

 焦げかけぐらいの粉末を冷まし、再び舌で舐めてみると……

 今度の違いは、少し熱し過ぎたものよりも明らかだった。スケッチブックに書き写してきた星座と同じものもいくつかあるけど、明らかに見慣れない奴が多々ある。何やらでっかい奴もあれば、妙に小さい奴も。

 とりあえず、ペンを走らせて書き写していく。


 その中で、ひとつ気づいたことがあった。

 新しく出てきた巨大な星座は、どうも、それまであった星座が2つくっついてできたように見える。

 また、妙に小さい星座たちをくっつけてみると……それまで、元の素材にはあったはずの星座に、ピタリと合致するようにも。

 熱を入れ過ぎたせいで、中身がくっついたり、逆にバラけたりした……ってことか?


 まぁ、よくよく考えてみると、ありえない話じゃないようにも思う。

 例えば、細切れの肉なんか、熱してると肉同士がくっついて固まることがある。

 逆に、シチューなんかで煮過ぎると、具材が煮崩れしてバラバラになる。

 こうして、目に見えるところでくっついたり、逆にバラバラになったり。加熱による食材の変化が、本来は・・・目に見えないところでも実は起きている……っていうのは、決して不自然じゃないはずだ。

 というか、俺は見えちゃってるんだから、そう解釈しよう。


 ひとつひらめきというか発見を得た一方、ひとつひとつの星座が、それぞれ何なのかは、やっぱりサッパリだ。

 でも、今回の実験では、一つの大きな収穫を得られた。

 錬金術の初歩では、素材の加熱が一番のつまづきポイントになる。

 しかし、俺は素材の色や味だけでなく、その中身らしき何かを見るご加護がある。

 そして……俺の手元には、きちんとした完成品の薬、《テンパレーゼ》も。

 コイツを舐め取って、そこに現れる星座を見てみれば、それぞれの素材が目指すべき「最終形」がわかるはず。


 俺はさっそく、《テンパレーゼ》の小瓶を開けてみた。スッと鼻をつく、独特の匂いがある。たぶん、黄色い塊茎から来ているものだろう。

 かなり細長い小さじを小瓶に差し入れ、本来の分量よりもごく少量をすくい取り、手のひらにとって舐めてみる――


 すると、まぶたの裏には色とりどりの星座がパーッと一気に広がった。

 結構な種類の星座があるけど、書き写せないほどじゃない。集中してスケッチブックへと書き写していく。

 そうしてあらかた作業を終えたところで、俺はさっき過熱していた粉末各段階の記録と、《テンパレーゼ》完成品との記録を見比べてみた。

 早い話、《テンパレーゼ》の方に含まれていない星座があれば、素材としては不良品だ。

 あってしかるべき星座とそうでないものに印をつけていくと……最初に火から取り上げた、まだ白さを保っていた粉末が、素材として問題ないことが確認できた。色合いとしても本の通りだったけど、中身の星座も問題なかった。


 錬金術教本によれば、加熱時の見極めに重要なのは、まず色。

 加えて素材次第ではあるけど、特徴的な香りが出るものは、それも判断材料になる。それと味も。

 これらを判断材料に、うまくできているかを見極める。

 この精度を高めていくのが、錬金術師としての熟達ということなんだけど……


 俺が授かったご加護、【植物のことがよくわかる能力】は、こうした判断材料よりももっとハッキリと、素材の良し悪しを示してくれる。

 ダメになった素材の中で、何かしらの変化が起きていることを示してくれる。

 手元に最終形があれば、素材としての正解がより明白になる。

 このご加護をベースにすれば、素材としての成否判定により自信が持てて……こうした、星座という判断材料での「確信」を土台に、色や味からの判断力を磨いていく事だってできるだろう。


 このご加護の、本来あるべき使い方なんていうのは、まだわからない。

 でも、俺みたいな駆け出し錬金術師にとっては、とてもありがたい先生なんじゃないかな。

 まぁ……植物以外の素材を使うとなると、こういうズルはできなくなっちまうんだけども。


 ご加護と既製品を組み合わせて得た模範解答を元に、俺は残る素材についても熱を加えて粉末化を進めていった。

 初心者にとっては難関となる工程だけど、別に駆け出し錬金術師への嫌がらせとして、こういう加熱作業があるわけじゃない。


 教本によれば、加熱による粉末化のメリットはいくつもある。

 まず、品質の安定化。素材が水を含んでいると、腐ったり傷んだりしやすい。特に、動植物由来の素材なんかは。

 だから、水を加えるのは服用時だけにしておき、それまでは水分という余分なものを飛ばす必要がある。

 それに、水を飛ばして原型を留めない粉末にした方が、それぞれの素材を混ぜ合わせやすい。

 水分を飛ばすことで素材が軽くなり、粉末化することでかさが減るのも、商業的には重要だ。軽い上、コンパクトにまとめやすい粉末という形体であれば、素材そのままよりも輸送上で有利になる。


 ただ、素材と、ひいては最終形となる薬の粉末化は、メリットだけってわけでもない。軽い粉にすることで飛散しやすくなると、野外での服用には向かない。

 それに、手元がおぼつかないお年寄りだと、適量を小さじではかるのも面倒だろう。


『――そのため、薬効に差し支えない材料を加え、丸薬や液体の形で供することもある。こうした加工および完成品を製剤という。個々の薬の、実際の使用場面を念頭に、薬としての適した形体を考慮し工夫すべし』


 今まで薬の世話になった覚えがない身としては、新鮮な話が多い。初心者向けの教本ではあるけど、読みごたえがあってついつい集中してしまう。

 とはいえ、さすがに火元で作業しているということもあって、そちらへの集中は切らさない。

 素材に熱を加え、水分を飛ばして粉末へ近づけ、少量取り分けて舐めてみる。その際、まぶたの裏に浮かぶものと、スケッチブックに書き写しておいた「正解」を見比べ――


 程なくして、素材として申し分ないはずの、3種類の粉末が出来上がった。後はこれらを、きちんと計量して混ぜ合わせればいい。

 計量においては、重量と体積、いずれかで量ることになる。今回は小さじで、体積の方を量っていく。本によれば、天秤を用いた計量が一番精確で、融通も利くらしいけども。

 少しドキドキしながら、それぞれの粉末を計量向けの小さじですくい取り、しっかりとすり切った上で清潔な小瓶の中へ。正しい比率で、3つの粉末を小瓶へ注ぎ入れ――


 小瓶にコルク栓を突っ込み、とりあえず完成。

 はじめて調合できた薬、《テンパレーゼ》だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る