第28話 目の付けどころ

 親切なおばさんのアドバイスもあり、何事もなく素材を集めることができた。最初に採取したのは《ウォミレ》という花の根っこ。続いて、小さな黄色い塊茎、最後にこれまた小さな木の実ってところだ。


 材料が揃ったところで、山を下りていって渓流の方へ。市場で買った果物や野菜の味比べの際、口直しの水のために利用しているところだ。

 登山客にはあまり人気がないスポットのようで、やっぱり今日も誰もいない。俺には好都合な話で、いつもの要領で枯れ枝や木の葉を集め、火打石で火をつけて……とやっていく。

 しかし、火起こしは毎度毎度のことで、慣れていてもちょっと面倒ではある。

 ひとまず、まとまった資金が必要な買い物は済ませたことだし、今度は火をつける魔道具の購入を念頭に入れて仕事するのがいいかもしれない。

 ハーシェルさんの話では、魔道具を使いこんで魔力を鍛えるのも、魔法を覚える前のトレーニングとしては有意義だということだし。


 そういったことはさておき、今日の本題に取り掛かる。

 初めての錬金術だ。


 集めてきた3種の素材は、最終的には粉末になる。

 そこで、最初にそれぞれの素材を粉状に加工していくところから。錬金術の初心者向け教本を開き、目で追いつつ作業を始めていく。

 まずは花の根っこを切り落とし、乳鉢と乳棒ですり潰す。小さな花に対して、意外と長く大きな根っこは柔らかで、すり潰すのに時間はかからない。ただ、結構水分があるおかげで乳鉢にまとわりつきやすい。

 あらかたすり潰せたところで、出来上がったものは別の取り皿に避けておく。


 一方の乳鉢は、このままでは後の作業に差し支えるということで洗い流す必要がある。

 幸い、ここは清流に近いから簡単なことだ。水洗いしてからきれいな布でふき取ってよく乾燥させる。


 次は黄色い塊茎だ。親指ぐらいの大きさがある小さな塊に、まずはナイフを入れて皮をはいでいく。皮には用がなくて、使うのは固い中身の方だ。

 皮を少し切り取っただけで、中に閉じ込められていたツンとする匂いが鼻を突いてきた。若干、目に染みるものを感じながらも、さらに刃を入れて皮を削ぎ落す。

 どの角度から見てもまっ黄色な物体になったら、これを適当な大きさへ切り分け、乳鉢に突っ込んでまたすり潰していく。すり潰すほどに、匂いもどんどん強まっていく感じだ。そんなにイイ匂いじゃない。

 一方、鼻の奥が少しムズムズする感覚とともに、ジワっと熱を帯びる感じもある。これが、体を温める《テンパレーゼ》の効能につながってるんだろうか?


 で、コイツからも水分が結構出るので、乳鉢にまとわりつく。これを水で洗い流して乾かし……

 いちいち洗うのは面倒に感じられるけど、重要な工程だというのはわかる。本にもきちんと、そう書いてある。

『後始末を面倒に思った場合、素材ごとに乳鉢と乳棒を買い揃えておき、後でまとめて洗うべし』とも。

 自分の部屋でやるならそれでいいんだろうけど、あいにくと俺は野外活動もセットだから、少ない荷物でやりくりするわけだ。

 今回は素材が3つで少ない方だから、まだマシかな。


 最後に残った小さな木の実についても同様、外皮を取り除いた後、中身の白い部分を乳鉢に入れてすり潰す。

 先に手を付けた2種類の素材と違い、こういう木の実は水分じゃなくて油分を蓄えていることが多い。洗い流すのは少しひと手間だ。

 だから、乳鉢や乳棒を使い回すなら、まずは水っぽい奴から手を付けて、最後に油っぽい奴をやっていくのがいいらしい。


 こうして、それぞれの素材をすり潰し、小皿3つに取り分けたところで、工程は第二段階へ。しっとり感が残るそれぞれの素材に対し、熱を加えて粉状にしていく。

 ここで要注意なのが火の入れ具合だ。やりすぎると、必要な成分が「変性」してしまうことがあるのだとか。一応、教本には見本になる色が乗っていて……

 錬金屋のお姉さんから、専用の色見本も買ってある。様々な色できれいに染まっている何十枚もの厚紙が、金属の輪でひとまとめになった品だ。

 この見本を片手に、素材を加熱していく事となる。


 焚き火にかけたかなり小ぶりのフライパンへ、最初の素材を投入し、小べラで焦がさないようにかき混ぜていく。

 本によれば、この加熱工程が、初心者にとって一番のつまづきポイントなんだとか。

 まあ、それはそうだろうと思う。すり潰すのは念入りにやれば済む話だけど、加熱は念入りにやりすぎてはならない。ちょうどいいところで止める必要があって……

 足りないならまだしも、ちょうどいいところを通り過ぎればやり直せない。

 だから、最初の内はすり潰した素材を一気に投入せず、チマチマ使って練習せよとある。


 本の勧めに従い、若干の素材を残した上で加熱を始め、いくらか経った。

 最初は小ベラにまとわりつく感のあった素材が、今はサラサラになってきている。

 そこで、空いている小皿に、熱した素材の一部を取り分けた。少し考えがあり、残りはまだまだ熱を加えていく。

 取り分けた方は、ごくわずかに黄色が入った白色ってところ。見た感じ本の案内通りの色だ。空いている別の小皿を手に取り、この粉末を軽くあおって熱を冷ましていく。

 ほんのり温かい程度になったところで、小さな匙でほんの少量すくい取り、手のひらに移して舐め取ってみると……わずかに苦みや甘みのようなものを感じたけど、おおむね無味な感じだ。


 でも、目を閉じたときに現れる星座っぽいものは、今回もきちんと見える。

――というか、今まで食ってきたどの植物よりも、よほど色合いが濃くてハッキリしているくらいだ。

 これら星座に注意を向けつつ、スケッチブックへと書き写していく。


 傍らでは、すり潰した根っこの残りを火にかけたままだけど、これはこのまま放っておいていい。何回かに分けて粉末を舐め取っては、書き写す作業を進めていった。

 味が薄い……というか、ほとんど無味な割に、目に現れるものがハッキリしていることには驚かされた。

 でも、少し考えてみると、理解できない状況ってわけでもないか。

 これまでの体験から、水を含んだ植物の場合は、見えるものが薄まる傾向にあった。水で薄まるということは、味も薄くなるわけで……味の濃淡と目にする星座の濃淡に関係があるものと、自然に思い込んでいた。

 とはいえ、水分が飛んで濃くなったとしても、もともと味が感じられないモノだって普通にあるだろう。そうしたモノの中にある何かを、【植物のことがよくわかる能力】が感じ取っている――

 っていうのが、今の状況なんじゃなかろうか。


 とりあえず、かつてないくらいハッキリ見える星座のおかげで、書き写すのは簡単だった。

 作業が終わり、フライパンへと目を向けてみると、第一陣の粉末よりもさらに色づいていて、黄色みが強まっている。

 こいつも、一部を別の小皿に移し取り、冷まして再び舐め取ってみる。

 見たところ、星座の方はあまり変化がないようだけど……ごく一部の星座に、何か変化があるような。

 目を開けたり閉じたりしながら、スケッチブックと見比べてみると、ごく一部の星座に尻尾が生えたというか、毛が生えたというかなんというか。余分な何かがくっついているように見える。

 舐めた感じの味はというと、意識してみればかすかに香ばしい感じがないこともない。


 見た目も味も変わっていて、星座の方も変わって見える。これは、一つの発見だった。

 元は完全に同じ素材でも、火の入れ具合だけで確かに変わる。

 そうした変化を、微妙な色の違い以上にハッキリした形で認識できる。俺が授かった――客観的に見ても、きっと微妙であろうご加護――


 【植物のことがよくわかる能力】ならね。

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