第27話 錬金術の第一歩
錬金道具一式を買い揃えた俺は、街の外へと向かった。
薬の調合のため、素材を買っておくというのも手だったけど……あのお姉さんからそういう話が出なかったということは、そういうことだろう。この近辺の植生について、案内する本を買ったことだし。
まずは自力で素材探しからだ。初等錬金術の教本から必要になる素材をメモに書き写し、植生ガイドと照らし合わせて分布を確認。
予想通り、街の北や西側へ行けば一通り手に入るようだ。魔獣が出る東側はというと、土地が痩せている様子だから、素材集めには適さない感じだ。
そういった危険な方にも、特有の植物はあるようだけど今は関係ないか。
今回の調合についていえば、必要な素材は3種類。必要なものが少ない上、調達にも苦労しないあたりも、オススメされた理由の一つなんじゃないかな。
北の山へ向かえば、それだけで一通り素材が揃いそうだし、あちらの渓流にも用事がある。故郷を離れて以来、何度か訪れているあの小山へと、俺は足を向けた。
山のふもとに差し掛かかると、やっぱり登山客らしき人々が幾人も。時間帯的にもお昼時でちょうどいいんだろう。
登山客の連なりから少し離れ、俺は再びカイド本を取り出して素材集めに取り掛かった。
奥の方にある山に比べると低い山ではあるけど、それでも上と下の方とでは植生が若干違うらしい。
実際、意識しながら山を登ってみると、地面に生えている植物に違いが感じられる。同じ種類の植物からなるコロニーが、山の上と下でそれぞれ別になっている様子だ。
こうやってひとまとまりに群生しているおかげで、採取もやりやすいんだろう。
木の葉をまとう色鮮やかな小山へ登り始め、中腹あたりでお目当ての植物1つめが見つかった。細く枯れた木の根本で、木の葉の覆いから顔を出す、白い小さな花。本によれば《ウォミレ》という名前だ。
実際には、この花ではなくて根っこの方に用がある。
これを
仕事上の縄張りとかあるんじゃないか?
故郷じゃ、島全体がみんなの共有財産みたいなもので、別に取り合いなんてなかったんだけど……
街の外にも、それぞれの
それに、採取はあまりやりすぎないようにというお達しも。あんまりやりすぎると動植物のバランスが崩れるからとかで。
偉大なるご先祖様――つまり、島の開拓者からの大切な教えのひとつだ。
場所は違えど、こっちでもそういう"しきたり"はあるのかもしれない。
意気揚々と動き出したのはいいものの、さっそくぶつかった問題を前に腕を組んでいると、ガサッと木の葉が踏みしめられる音がした。
振り向いてみると、後方のだいぶ離れたところに人影が。登山用らしい重ね着をした、少しふくよかな中年の女性が、こちらへ登ってくるところだ。
目を凝らしてみると、腰にはいくつかの小さな編みカゴをベルトで巻き付けていらっしゃる。
このおばさんも採取にやってきたんだろう。たぶん、同業の先達の方だ。
互いに声が届く程度の距離になると、「こんにちは。初めて見る顔だねえ」と、フレンドリーに声をかけていただけた。
新参者に対して悪感情を
「実は、こちらに滞在し始めたばかりで。錬金術を覚えようと、素材集めに来ているところです」
「なるほどねえ……ということは、まずは《テンパレーゼ》の材料集めってとこ?」
言い当てられて俺は少し目を見開いたけど、同業者の先輩には簡単な推理だったらしい。
ここへ来るってことは、《テンパレーゼ》の材料の一つ、《ウォミレ》の根に用があるってことだからだ。
「ま、アタシは採取専門なんだけどねえ」とおばさんが笑う。
ともあれ、この近辺についてベテランなのは間違いなさそうだ。「ちょっと、聞きたいことがあるんですが」と声をかけると、おばさんは「なんだい?」と、快く応じる構えを見せてくださった。
「素材を取りすぎると、色々とマズいんじゃないかと思いまして。そのへんの取り決めやしきたりがあれば、簡単にでも教えていただければ」
「取り決め、ねえ」
今度はおばさんも腕を組んで、枯れ葉の
「これと定まったルールは、特には聞いた覚えがないねぇ。必要な分だけ取っていけっていうのが、暗黙のルールみたいなもんだけど……」
「必要量……っていうと、取引先に頼まれてる分量とかですか?」
「そうなるかねえ」
結局のところ、採取側が張り切り過ぎたとしても、調合側の手が追い付かなければ素材を持て余し、結局は素材をダメにするだけ。
なので、素材を買い付ける側が薬の売れ行きとかを考慮し……結果として、程よいバランスが保たれているのだとか。
「採取する人間が一人増えたとしても、そう大きな問題にはならないとは思うけど。練習用だし、いきなりパーッとやるわけじゃないでしょ?」
「それはもう。最初はチマチマやります」
「だったら、あまり気にすることもないんじゃない? そもそも、アタシらの商売が成り立つのって、採取対象の生育がいいからだし。少し多めに採ったところで、ほっとけばまた生えてくるから」
と、おおらかに笑うおばさんのおかげで、すっかり気が楽になった。
俺から聞きたいのはそんな感じだったけど、おばさんはもののついでにといった感じで、俺が他に集めるべき植物についても色々と教えてくださった。山のどのあたりにあるかに加え、周囲の地形だとか、気を付けるべき動植物とか。
こういった情報は、さすがに植生ガイドだけでは網羅しきれない。山のべテランの知識ということもあって、俺みたいな新参には本当にありがたい情報だ。
「ありがとうございます」と頭を下げる俺に、おばさんは「いいのいいの」と、にこやかに笑う。
思いがけない形で収穫を得た俺は、軽い足取りでその場を離れ――
「あらら、取らなくていいのかい?」
すぐに引き返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます