第26話 初期投資は気前よく

 まずは共通の話題からだ。「実は、ハーシェルさんから紹介されまして」と言うと、店主のお姉さんは少し目を見開いた。それからすぐ、ちょっと砕けた感じで声が返ってくる。


「冒険者さんかな、とは思ってましたけど、お義兄さんと知り合いだったんですね」


「おにいさん」って聞こえたけど……つまり、そーゆーことか?

 いや、会ったばかりでその辺に踏み込むのも、だいぶアレか。

「ハーシェルさんには、つい先日世話になったばかりで」と当たり障りない言葉を選ぶと、店主さんは「ふふっ」と笑みを浮かべた。


「結構、いい加減な人でしょう?」


 安全な話題と思ったら、コレだ。

 正直、否定するのも肯定するのも、なんだかなぁ~ってカンジだ。

 ただ、ハーシェルさんの交友関係を、ここ数日間で見た限り、みなさんそういう認識でいらっしゃるのは間違いなくて……

「親しみやすい方ですね」と返すと、店主さんはまたも楽しそうに含み笑いを漏らした。

 ハーシェルさんには少し悪い気がしないでもないけど、話題に出したおかげで打ち解けた空気にはなった気がする。


「実家の近くにも錬金屋があって、そちらは年配の方がやってる店だったんですけど……こちらは、お姉さんが店主を?」


「ええ。先代から引き継いだお店なんです」


 店主さん曰く、錬金術師は開業している人を師として弟子入りする人が結構いるらしい。そうすれば、錬金術以外についても色々と学べるからだ。


「――実際、調合以外のところ、例えば調達とか経営、そこに関わる関係者や近所との付き合い方は、店を構えている人じゃないとわかりませんしね」


「なるほど。単に薬を作って、それでオシマイってわけじゃないですもんね」


 そう思うと、故郷のあのジイさんも、結構いい加減なところはあるけど、一つの店を構えるだけの人物だってことだ。

――ってことは、若くして店を切り盛りするこのお姉さんは、さらにスゲ~ってことでは?


「若いのに、こういう店を任されるって、相当スゴいんじゃないですか?」


 素直な感想を口にすると、これを世辞とか口説き文句的なものとは捉えられなかったようだ。「あら~、お上手」と軽く返しながらも、店主のお姉さんは話を流さず答えてくれた。


「ひとまず一人前と認められはしたけど、まだまだ学ぶことは多いですね。というか、お師匠はさっさと楽隠居したいからって、この店を私に押し付けてきた感がありますし~」


 と、言葉だけは不満のように聞こえなくもないけど、声の調子や表情から察するに、お師匠さんとは今も円満な間柄のように感じられる。

 それから俺は――このお姉さんに弟子入りするわけじゃないけど、もう少し踏み込んだ話を持ちかけた。


「実は、錬金術に興味がありまして」


「あら」


 意外な話の流れだったらしく、お姉さんは少し目を大きくした後、それとなく居住まいを正した。

 もちろん、簡単に修められるものではないというのはわかっている。きちんと習得するつもりなら、まとまった時間が必要だろう。

 それでも、今なにかできればとも思う。


「いずれ、まとまった時間できちんと覚えようと思うんですが……その前に、材料の調達とか簡単な調合とか、初歩の初歩でも独学でできればと思いまして」


「なるほど……懐かしいですね。私にもそういう時期がありました」


 目を細めてニコリと笑った後、お姉さんは立ち上がって棚に手を伸ばした。

 どうも、書籍類はカウンター側に置くのが一般的らしい。故郷のあの店同様、こちらの店でもそういう配置になっていて、お姉さんが本を二冊ほど取り出した。


「売り物でよければ」


「もちろん、大丈夫です」


「ふふ、お買い上げありがとうございます」


 置かれた本は、このあたりの植生に関するもの、つまり調達関係のものが一冊。それと、初等の錬金術を収めた一冊だ。

 ちょうど求める本が出てきて……こうなってくると、調合用の物品も必要だな。

「調合道具一式も買いたいんですけど」と言うと、「ちょっと待っててくださいね」と、お姉さんがにこやかに立ち上がった。

 さすがに自分の店だけあって、足運びや手つきに迷いはない。薄暗い店内でも全てが見えているようで、流れるように品々を買い物かごに取っていく。

 少しして、手際よく品々を集めたお姉さんが、カウンターの上に一式を並べていった。乳鉢、乳棒、フラスコ、様々な大きさの小瓶と小皿、加熱用の台座等々なんやらかんやら……


「とりあえずの最小限となると、こんな感じですね」


 一式まとめて買うと、やっぱりそれなりの値段にはなる。魔力薬に加え、本も買って、この店だけで結構なお買い物だ。

 でも、散財ではあるかもしれないけど、ムダ遣いじゃない。

 ああ、いや、ムダ遣いにしないためには、これから頑張らないといけないんだけども。


 初心者ながら、結構なお買い物をする事となった俺に、お姉さんが「端数は負けますよ」と、笑顔でサービスしてくれた。

 ハーシェルさんは、サービスしてもらった試しがないって話だったけど……まぁ、今持ち出すことでもないか。

 ご厚意に感謝し、頭を下げた俺は……もののついでにと、ひとつ問いかけた。


「最初に覚えるとして、どの薬の調合がオススメですか?」


「そうですね~」


 とは言ったものの、俺の質問は読めていたっぽい。優しい笑みを浮かべるお姉さんからの解答は早かった。


「これから寒くなる一方ですし、体温を上げて温める薬がいいですね。《テンパレーゼ》なんかは、素材の調達も容易ですし、需要もあっていくらでも売れます。野外活動でも役立つでしょうし……」


「自分で使う薬だと、覚える意味も大きいですね」


「そういうことです。自分で効果を実感できる方が、身につきやすいですから」


 このお姉さんも、その《テンパレーゼ》ってところから始めたのかも。

 最初に手を付けるべき薬を定めた俺は……ふと思いついたことがあって、お姉さんに声をかけた。


「《テンパレーゼ》も売ってますよね?」


「えっ? ええ、それはもちろん」


「買います。どんな感じか、参考にしたいですし」


 初日から結構買い込むことになったけど、これが熱意の表れと思ってもらえたのかもしれない。

 追加注文を受けた直後、少し真顔になっていたお姉さんは、「そういうことなら」と棚からお目当ての商品を取り出した。片手にすっぽり収まる程度の小瓶の中に、鮮やかな黄色の粉末が入っている。


「これが《テンパレーゼ》です。そう強いお薬ではないですけど、参考だからといって、あまり飲み過ぎないようにしてくださいね」


「気を付けます」


 実際、薬の効能を確かめる以外にも、きちんとした商品を買っておく意図はあるけど、そうたくさん消費するような使い方じゃない。たぶん、心配されるような事態にはならないだろう。

 会計を済ませ、品々をしまっていく。一式をまとめて収納できる、間仕切りの付いた布製の袋に、それぞれの道具をあるべき配置へ。

 こういうのに道具一式をまとめて入れると、なんだか「いかにも」って感じで、新たな一歩を踏み出した感じがより一層強くなる。


「ありがとうございました。またいずれおじゃまします」


 弾む心持ちを胸に頭を下げると、お姉さんは同業の新人ができたことが喜ばしかったようで、「楽しみにしてますね」と温かな笑顔で見送ってくれた。

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