第25話 異郷の錬金店
ハーシェルさんの弟さんの彼女さんがやってらっしゃる錬金屋について、紹介してもらった後、俺はひとつ気になったことを尋ねた。
「一般的に、錬金屋っていつ頃が暇ですか?」
「それは……夜が一番暇かな。後、今ぐらいのお昼時も」
話によれば、錬金屋の一番の顧客は、やっぱり冒険者らしい。よく売れるのは傷薬や解毒剤などだ。
で、冒険者が錬金屋へ良く行く時間帯が、朝方か夕方。朝方は、その日の仕事の準備に。夕方へ店に行くのは、その日の仕事で使った分の補充――
あるいは、その日やらかした後始末に、その時まさに必要になっているものを買うため。
一方、昼はそもそも冒険者が街の外へ出払っているか、街の中にいるとすれば休日という傾向が強い。わざわざ錬金屋へ顔を出すのは、あまりないという話だ。
錬金屋へ行ったら、色々と尋ねてみたいことがある。少し暇な今のお昼時という時間帯は、ちょうどいい。他にお客さんが大勢いたら、さすがに迷惑だろうし。
そういう意味では、あまり繁盛していない、故郷のあの錬金屋は――ダベり場にはちょうど良かったんだろう。今思い返せば、腰痛向けの薬を買うのにかこつけて、お年寄りが長話しているのもしばしばだった。
ハーシェルさんへの相談事は、それほど長くならないとは思っていたけど、結局は茶菓子では持たない程度に話し込むことになった。
「今日は
レジカウンターを前にして「ごちそうさまでした」と頭を下げると、例のウェイトレスさんがクスリと笑った。
「カッコつけたいだけですよ」
「そうは言うけど、イイお客さんだろぉ?」
「ええ、もちろん。またいらしてくださいね」
二人とも気が置けない仲のようで、付かず離れずサッパリした感じだ。
会計が終わり、フレンドリーに小さく手を振ってくるウェイトレスさんに、俺も手を振って返した。
店を出て、俺はハーシェルさんに改めて礼を言った後、さっそく例の錬金屋へと歩を向けた。
紹介してもらった店は、商店街から少し路地へ入り込んだところにあるらしい。街全体としては、冒険者ギルドと港の中間あたりか。
この街には、未だに見慣れない品々を扱う店が数多い。ついつい視線を吸われながらも、目的地へと歩いていく。
そうして俺は、目的の店の前についた。店構えは、故郷の錬金屋と似たような感じがある。古くからやっているお店って感じだ。
また、お昼時ということもあって、路地にもしっかりと日光が入り込んでくるけど、店の中にまでは入らない。心なしか、他の店よりも窓が少なく、小さいように見える。その上、厚手のカーテンが中への視線を閉ざしている。
と、窓のあたりに目を向けると、よそよそしいというか陰気というか……オープンな感じではない。
ただ、店の方も、「そういう風に見られているのでは」みたいな自覚があるようだ。一見すると拒絶感ある店の外観を中和するためか、デカデカとした看板が掲げられている。
――ハーニッシュ錬金店。
看板の字体は大きく、少し丸みを帯びている。砕けすぎない程度にフレンドリーな印象だ。ここまでやってれば、カーテン閉めっぱなしでも、何の店が営業中なのかは余裕でわかる。
そして、比較的小さく見える窓とは対象的に、ドアは他店と比べてもしっかりとした作りで大きい。立派なドアにかけられたプレートに、これまた見やすい大きさで「開店中!」との表記。
加えて、メガネをかけた妙齢の女性の、可愛らしい絵も描かれている。
親しみを感じさせる装飾ではあるんだけど……初めて入る店の中が見えないというのは、少しばかり不安にさせられるところが、やっぱりないわけじゃない。
でもまぁ、変なことにはならないだろう。俺はあまり深く考えずにドアを開けた。
店に入ると、だいぶ薄暗かった。日光に
そこで俺は、開けたドアを、意識して早く閉じた。外見からなんとなく察していたけど、やはり外の光を入れたくない店のように思える。
改めて店内に向き直り、少しずつ歩を進めて視線を巡らしていく。
まず、カウンターにいらっしゃるのは、眼鏡をかけたショートカットの若い女性だ。目元はキリッとして知的な印象だけど、全体的に柔らかな雰囲気もある。
実際、店主さんは落ち着いた微笑で「いらっしゃいませ」と、優しく声をかけてきた。たぶん、このお姉さんが、ドアプレートの似顔絵の正体だろう。
挨拶に軽く会釈で返し、俺は店内の観察を再開した。
外見からのイメージよりも、天井が高く感じられる店だ。吊るされたランプから、ほんのりと白い光が放たれている。
棚や壁にもランプが点在していて、全体として薄暗くはあるのだけど、行動の支障になる暗さじゃない。棚に並んでいるものが何なのかも、識別には困らない。
置かれている商品は、やっぱりこういう店らしく様々だ。錬金素材らしい、一見すると正体不明のブツもあれば、瓶に入った完成品らしいものも。
商品を並べる棚そのものも、少し興味を引くところがあった。何の変哲もない、強いて言えば背が高い棚が多い中、ガラス戸でしっかり閉じた棚もある。
ガラス戸で閉じた中にある商品は、完成品前の素材ばかりだ。値札を見ても、突出して値が張るというわけじゃない。
よく見てみれば、一種類の商品に対してガラス戸が一つ割り当てられている。たぶん、防犯目的ってわけじゃなくて、匂いが出るから隔離しているか……
あるいはその逆で、匂いが移りやすいから隔離しているんじゃないか。
故郷の錬金屋とはまた違う、さらに品揃えのいい店内に、好奇心をくすぐられながらも、俺は当初の目的を果たすことに。
まずは魔力薬だ。薬瓶の棚はわかりやすいところにあって、少し傾斜があって奥側に倒れている棚に、几帳面にびっしりと細長い薬瓶が整列している。
その中に、おそらくは目的であろう品が。魔力薬にもいくつかグレードがあるらしいけど、その中でもスタンダードっぽい……一番安いやつに、手を伸ばす。
――ハーシェルさんのアドバイスどおり、値札には確かに結構いいお値段が記されている。この街の普通の定食屋で、いい感じの夕食を三回分ぐらいか。
田舎上がりということもあって、まだまだ金銭感覚が身についてないけど、この魔力薬がそこそこ値が張るものだということは理解できる。
それでも、今後を考えて必要な経験と割り切り、俺は魔力薬の瓶を手に取った。
商品を手に、カウンターへ。金のやり取りもあるからか、店内でも少し明るめになっている一角だ。
カウンターに商品をソッと置くと、にこやかな店主さんが「魔力薬お一つですね」と、柔らかな声で会計を進めていく。
特に何事もなく支払いを終え、買った品を――宿代を除けば、人生で一番高価な買い物を、大切にカバンへしまい込んだ。
で、どうしよう。
用件の一つを済ませた俺は、店の入口へ目を向けた。カーテンがかかっているから外の様子はわからないけど、俺の他に客はいない。
少し精神を研ぎ澄ませてみても、他の客が増えるような気配はない。
ここでいくらか話し込んでも、邪魔になることはなさそうだけど……どっから切り出したものか。
店主さんへ再び顔を向けると、人の良さそうな笑みを浮かべながらも、少し不思議そうにしている。
まぁ、世間話からでいいか。邪険にされそうな感じはないし。
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